第23話

 引っ越しに転校と、心機一転して始めた生活もあっという間に一ヶ月が経ち、新たな月が目の前まで迫っている。


 ふと、そんなことを考えながら閉店後の後始末をしていた時だった。


「ねぇ柊真くん、今週末って空いてる?」

「デートならもうしませんよ」

「そ、そんなぁ……、って違ーう!そういうんじゃないのよ!」

「今週末と言わず、週末は基本暇ですが」

「それならちょうどいいわね。実は、喫茶ラニに出張販売の依頼をいただいたんだけど、柊真くんが来れないなら断ろうと思っていたの」

「俺がいなくても、この店の料理が美味しいのは変わらないと思いますが」

「それがそうもいかないのよね〜。場所がこの前私たちが遊びに行ったデパートなんだけど、あそこって若い人が多いじゃない?」

「それで、若い女性ウケを狙ってアルマを……というわけですか」

「そういうこと!だから当日はこのお店にも足を運んでもらえるように、どんどん神対応しちゃって!」

「俺は別にアイドル売りしてるつもりはないんですが……」


 というか最近では、王子様対応に羞恥心すら覚えている。バイトを始めた当初の純粋な気持ちが随分と懐かしい。


「まあそういうわけだから、今週末はよろしくね!」

「はぁ。わかりました……」

「ボーナスも出すから、張り切っていこ?」


 正直一人暮らしとは言っても、生活費にしか金を使わない俺は金に困っていないため、金で釣られることはない。


 しかし気持ちは半分社会人とも言える俺には、嫌な仕事だからと断ることもできないのだ。面倒くさがりなのに変なところで真面目なものだから、つくづく自分は難儀な性格をしていると思う。


 今日が火曜日だから、週末まではあと四日か。明日からうちの学校がその話題で持ちきりにならないことを祈るばかりだ。



**



 翌朝、俺はできる限り周囲の会話に耳を傾けないようにしながら登校した。


「おはよう、存瀬くん」

「ああ、おはよう」


 いつものように、俺より先に席に着いていた和泉が話しかけてきた。


「どうかしたのかい?今日はまた、随分と浮かない顔をしているみたいだけど」

「問題ない。いつも通りだ」

「そっか。……あ、そういえば今日は朝から女子たちが何やら盛り上がってるみたいなんだけどどうかしたのかな?」

「さぁな。俺がわかるはずないだろ。それより、和泉がこういう話を知らないのは珍しいな」

「僕だって、なんでもは知らないさ」

「それもそうか」


 実のところ俺には女子たちが盛り上がるような話題に心当たりがあるが、あえて口には出さない。


「お二人とも、おはようございます」

「おはよう、……って氷見沢さんの方から挨拶してくるなんて珍しいね」



 本当に珍しい。何やら若干テンションが高いように感じるが、一体どういう風の吹き回しだ。


「今日は朝からいいことをお聞きしまして」

「へー。それはもしかして、今朝から女子たちの間で話題になっていることと関係があるのかい?」

「ええ、その通りです!」

「ちなみにそれはどんな話題なんだ?」


 俺がそう尋ねると、氷見沢は「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりの顔をして興奮気味に語り始めた。


「実は今週末、この高校の近くのデパートで近辺のお店の出張販売が集まるイベントがあるのですが、そこに喫茶ラニも参加するそうなんです!」

「喫茶ラニ……。確かこの学校の近くにある、王子様イケメン店員さんがいるという喫茶店のことだったかな。もしかして氷見沢さん、ファンなの?」

「実は、そうなんです……。まだお店には一度しか行けていないのですが、今回の出張販売ではアルマさんが特別な衣装を着て接客をすると聞いて、これはぜひ行かなくてはと思いまして……」


 ……ガタッ。


「あ、存瀬くんどうしたんだい?急に椅子から転げ落ちるなんて」

「あ、ああいや何でもない。急な眠気に襲われただけだ。気にしないでいい」


 氷見沢から聞き捨てならない話が出てきたものだから、驚いてしまった。なんせ特別な衣装を着て接客って、そんな話俺は聞いていないぞ。


「そういえば、そういう情報はみんなどこで仕入れているんだ?」

「喫茶ラニの店員の方が運営しているSNSアカウントがあるのですが、そこで色々と情報が発信されていたと思いますが……」


 俺はすかさずスマホを取り出すと、急いでそのアカウントを検索する。


 出てきたのは「喫茶ラニ日記」というアカウントだった。投稿頻度は少ないが、中にはアルマを隠し撮りした写真もいくつかあった。


 一番最新の発信内容によると、「喫茶ラニの出張販売でアルマの特別衣装姿が見られる!?」と書いてある。


 鈴さん……。次会ったら確実に説教&写真は削除だ……。


「もしかして、存瀬くんも興味がおありですか?」

「いや、一切興味ない!」

「そ、そこまで言わなくても……」


 あ、つい反射的に言いすぎてしまった。いやだって、「自分のファンです!」とかそれこそイタすぎるだろ……。


「存瀬くん、見損なったよ……」

「お前は悪ノリするな」

「いやー、存瀬くんが珍しく面白い反応してるものだから、つい揶揄いたくなってしまってね」

「ったく……。ていうか、氷見沢も悪かったから泣き真似はもうやめてくれ」

「あれ、バレてました?」


 何をいたずらっ子ぶってんだ。氷姫って本来そういうキャラじゃないだろ……。


 喫茶ラニを気に入ってくれているのは嬉しいが、リアルの俺がこいつと深く関わるのはやはりろくなことにならない気がする。


 そんな朝の世間話はホームルーム開始五分前を告げる、予鈴によって幕を閉じるのだった。




 そしてこの時の俺は、他の厄介な連中の耳にもこの話題が届いているというとは露知らず。




「週末かー。ちょうど暇だし、見に行ってみよ!」


「特別衣装……、絶対見に行かないと」

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