第22話

「二年Cクラスの存瀬柊真です」

「あら、新入生ではないんですの?」

「俺は転校生なので、どの部活に入ろうか考えている最中でして。この様子では、今日は料理研究部の活動はないみたいですね」


 それでは、と言い残して俺はその場を離れようとした。


「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!」

「何でしょうか……」

「先程も言いましたが、どの部活に入ろうか迷っているなら、ぜひうちの部に入っていただけないかしら?」


 何やらすごく必死な様子で頼んでくるので、俺は仕方なく折れることにした。


「わかりました。そこまで言うなら話だけは聞きます」

「本当ですの?それでは早速事情を聞いて欲しいのですが……」


 北条先輩の説明を要約するとこうだ。


 料理研究部の部員には他の部と兼部している者が多く、定期演習でもなかなか人が集まらないこと。それによって活動実績が挙げられず、今年は部として成立しないかもしれないこと。


「存瀬さん、と仰ったかしら?あなたには料理研究部に入って、私と活動実績を挙げてほしいのです!できれば兼部はなしで……」

「そうですね……。俺はとりあえず部活に所属さえできればいいので兼部をするつもりはありません。ちなみに定期演習というのは、どれくらいの頻度で行われるんですか?」

「月に一回か二回ですわ。もちろんそれ以外に参加をお願いするような活動はないと約束します」


 うーむ、それなら断る理由もないか……。

 

「わかりました。そういうことでしたら、料理研究部に入らせていただきます」


 俺がそう答えると、北条先輩は顔をぱぁっと輝かせて満面の笑みを見せた。よく見るとこの人、お嬢様のような喋り方や立ち振る舞いだけでなく、とても美しい顔立ちをしている。


 今更気づいた俺も悪いのだが、こんな美人な先輩と関わり合いになってしまって本当に大丈夫だろうか?何か面倒なことにならないといいのだが……。


「ありがとうございます!これでうちの部は安泰ですわ!」


 いや俺一人入った程度でそんな大袈裟な。


「そういえば一つ聞き忘れていましたが、具体的にはどういった方法で活動実績を挙げるつもりなんですか?」

「うっ、それは……」

「ん?」


 何だか嫌な予感が……。


「私自身、料理の心得がほとんどないので、一緒に考えてくれる新入部員を探していたのですわ!」

「…………は?」



**




「何か一品作るところを見せてもらいますよ」


 早速俺は、北条先輩の料理スキルを試すことにした。ちなみに、食材は料理研究部の冷蔵庫から勝手に引っ張り出してきた。


「わ、わかりましたわ!ここは部長として、新入部員に良いところを見せて差し上げますわ!」

「御託はいいのでさっさと始めてください」

「冷たいですわっ!」


 なかなか料理を始めようとしない先輩に痺れを切らし、少々敬意が足りなくなってきたようだ。


「では、ハンバーグと呼ばれる、難易度の高い料理を作ってみますわ」


 おいおいちょっと待て。今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだが……。


 ハンバーグと呼ばれる?難易度が高い?作ってみます?


 ハンバーグは難易度自体決して高いものではないし、作ったこともないのか?せめて作ったことがあるものにしろよ……。


 心の中でツッコミが止まらない俺をよそに、先輩は早速食材を切ろうとしていた。


「わー、危ない危ない!何ですかその切り方は?自分の手も食材にする気ですか?」

「はう……」

「はあぁ、本当に冗談抜きで初心者じゃないですか……。これまでの定期演習はどうしてたんですか?」

「そ、それは……」

「包み隠さず話していただけないなら、入部の件はなしですよ」

「話します、話しますわ!……実は、うちの使用人に料理を手伝ってもらって……。も、もちろん全て代わりに作ってもらうなんてことはしていませんわよ!」


 これは、全部代わりに作らせてたな……。


「それ、ただの食事会じゃないですか」

「うぐっ」

「まあ俺も今から別の部活を探す時間も無くなってしまったので、とりあえずこの部活には仮入部ということで」

「か、仮入部……」

「まあ、とりあえず先輩の料理スキルが壊滅的だということはわかりました。俺も忙しいのですが、空いている時なら練習に付き合いますよ」

「いいんですの?」

「一応仮とはいえ入部すると決めたからには、俺もせめてと呼べるものを食べたいので」


 せっかく初めて部活に入るのだから、真面目に取り組んでみたいという気持ちもあるが、それはわざわざこの人に伝えるべきことでもないだろう。


「約束ですわよ!」

「はいはい、わかりましたよ」


 そう言い残して俺は調理室を去った。



**



「さてと。仮とは言ったが、ちゃんと入部届は出さないとな」


 提出先は部活動の顧問。そしてその人物は……、これまた意外、二年Cクラスの担任である佐倉先生だった。


「失礼します、佐倉先生に用事があってきました」

「存瀬か。入りなさい」


 社会科の教師である佐倉先生の席は、社会科研究室にある。


「それで、今日はどうしたんだ?」

「料理研究部に入ろうと思うので、入部届を提出しにきました」

「存瀬が料理研究部か。これはまた意外だな!」

「佐倉先生がそこの顧問なのも大概ですが」

「あー、私はちょっと色々あってな……。料理は得意ではないが興味はあるんだ、興味はな……」


 何だか闇が深そうなのでこれ以上追求するのはやめておいたほうがいい気がする。


「そ、そうですか。とりあえず、入部届を受理していただいてもよろしいですか?」

「ああ、確かに受け取った。これからよろしく頼む!」

「はい、こちらこそ」

「それで……、存瀬は料理は得意なのか?」

「まあ得意というほどではないですが、これでも一人暮らしですので人並みにはできますよ」


 本当は喫茶ラニでも軽食やまかないを作っているので、人並み以上にはできるつもりだが。


「そうかそうか!それはよかった!」

「その反応、先生も北条先輩のことはご存知でしたか……」

「まあな。一度あいつに料理を教えてほしいと言われたのだが、私もあいつも料理は得意ではないので、とんでもないものを生み出してしまってな」

「その話はヤバそうなのでまた今度にします!それでは失礼します」


 佐倉先生と北条先輩がどんなダークマターを生み出してしまったのかは想像もつかないが、おそらく常人に想像つくようなものではないことは確かだ。

トラウマになりたくないので、その話は聞かないにかぎる。


 何はともあれ所属する部活も決まったし、目下の問題は解決したようだな。



 

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