第19話

「な、なんだこの人混みは……」


 昼休み。俺は目の前に広がる、テーマパークの人気アトラクションと見紛うほどの行列に絶句していた。


 ことの発端は、今日の朝に遡る。



**



「なあ、俺が悪かったからいい加減に機嫌を直してくれないか?」

「……」

「お詫びに一つなんでも頼まれてやるから」


 昨日のことを今朝も引きずっている和泉は、どうしても俺と話そうとしない。


 確かに俺が全面的に悪かったんだが、お詫びもすると言っているし、そろそろ機嫌を直してくれてもいいのではないか。


 いや、そういう考えがそもそも間違っているのか?長く友人がいなかった俺にはよくわからない。


 どうしたものかと考えていると、和泉が一言だけ呟くように言った。


「購買の数量限定スペシャルメロンパン……」

「……メロンパン?そんなのでいいならいくらでも買ってきてやる」


 和泉はそれ以上言葉を発しなかったが、それを買ってくれば仲直りをしてやるという、いわば俺に与えし試練だと受け取った。


 友達というのはこうして仲直りするのか……、と一人で納得し、俺は昼休みになったら購買へ向かうことを決意した。


 念の為、氷見沢にもメロンパンについての情報を聞いてみるか。


「おはよう。ちょっと購買のスペシャルメロンパンとやらについて知りたいんだけど、よかったら教えてくれないかな?」

「メロンパン……。ああ、あれのことですか。いいですけど、何が知りたいんですか?」

「えーっと……」


 氷見沢から得た情報によると、そのメロンパンは月に一回の限定販売で、それが今日だということ。正確な数はわからないがおよそ百個ほどの販売となるため、四時間目が終わったらすぐに購買に向かわなければならないとのことだ。


 ちなみに、昨日の一件で俺たちの口調は多少柔らかくなっている。


「……なるほど、助かった。ありがとう。」

「いえ、これぐらい礼には及びません。それにしても、メロンパンに興味がおありなんですか?」

「まあ、ちょっとな……」

「何か事情がおありのようですね。健闘を祈ります。」



 食べたがっているのが和泉であることはなんとなく伏せておいた。和泉のやつ、氷見沢とは普通に話せるみたいだが、基本的にクラスメイトと積極的に関わる気はないらしいから一応な。


 


 四時間目の授業を終え、俺はすぐさま教室を飛び出した。何人か俺と同じ目的のやつもいるらしいが、この調子なら問題なく買えるはずだ。


 数量限定のメロンパンの数がおそらく百個。対してこの学校の全校生徒数が八百人程度。俺は八分の一ぐらいの割合なら余裕で買えるだろう……、そうたかを括っていた。



*



 そして現在に至る。


 購買の前には九十人……、いや下手したらすでに百人を超えているかもしれないほどの長蛇の列が出来上がっていた。


 一瞬、喫茶ラニにも数量限定メニューとかあったらこんな行列ができるかもしれない……、と考えたが慌てて思考を切り替える。今すぐに並べばギリギリ百人に間に合うかもしれない。


 俺は急いで行列の最後尾に着いた。人が多すぎて、ここが本当に最後尾なのかもわからない状態だがとりあえず順番を待ってみるしかない。


 ここにいる者は皆目当ての品は決まっているので、行列はスムーズに進行していった。


 さて、いよいよ俺の順番のようだが、果たして残っているか……。


「はい、こちらがスペシャルメロンパンになります」


 か、買えた……。


 自分が食べるわけでもないのに、俺は少し感動してしまった。


「最後の一つをお買い上げいただいたラッキーなあなたに、もう一つ差し上げちゃいます!」


 どうやら俺も食べられるらしい。


 ……ってそれはいいのか?数量限定ならこれを売ればもう一人買えるのでは?


 と思ったが、どうやら誰も文句を言う様子はない。おそらく、これが定着しているのだろう。


 何はともあれ、昼休みが終わらないうちにさっさといつもの場所へ行くとするか。


 そう思い、その場を去ろうとしたした時だった。


 後ろを振り返ると俺のすぐ後ろに並んでいた人物が、慌てた様子で俺から視線をそらした。


「ひ、氷見沢さん?君も並んでたのか……」

「あ、あの、これはですね……」

「欲しかったならそう言えばよかったのに」

「うう……」


 俺に「健闘を祈ります」とか言ってしまった手前、真っ先に教室を飛び出すのは気まずかったと言ったところか。


「はい、じゃあこれ」

「こ、これは存瀬くんのですから私が受け取るわけにはいかないです」

「メロンパンのことを教えてくれた礼だ。それに、俺は甘いものはあまり好きではないから気にしなくていい」

「そ、それならありがたくいただきます!」

「ああ、そうしてくれ」


 二つ目は無料でもらったから金は払わなくていいと言ったのだが、どうしてもというので受け取っておいた。


「存瀬くんは素晴らしい方です!」


 と言いながら、氷姫の名とは似つかない興奮っぷりで教室へと戻っていった。うーん、変に感謝されすぎるのも困るんだが……。

 

 


 いつも昼食をとっている場所へ向かうと、和泉が今日も一人寂しく昼飯を食べていた。いや、俺のせいなんだけど……。


「おい、例の物買ってきたぞー」

「これは……、スペシャルメロンパン?まさか本当に買えるなんて」

「聞いて驚け、それが最後の一個だったんだ」

「うわ、それはすごく運がいいね。存瀬くんの今年の運を僕のために全て使ってくれてありがとう!」

「おい、縁起でもないこと言うな」


 メロンパン一つで、再び軽口を叩き合えるようになるとは……、恐るべし。


 それから、和泉はメロンパンを頬張りながら言った。


「それにしても、転校生の存瀬くんがよくこのメロンパンを買えたね」

「ああ、氷見沢にいろいろと教えてもらってな。まあ買えたのは結局運が良かったからなんだが」

「また氷姫か……」

「どうした?」

「いや、なんでもない。それより、このメロンパン本当に美味しいよ。よければ一口どうだい?」


 そう言って、和泉はメロンパンを俺に差し出してくる。


「じゃあ遠慮なく」


 買ったのは俺の金だし、本当に遠慮なく差し出されたメロンパンをそのまま一口齧った。


「わわ!まさか、本当にそのまま齧りつくなんて」

「何をそんなに慌ててるんだ?」

「べ、別に慌ててないし……」


 男同士だし間接キスとか気にしないだろうと思ったが、先に一つ断るべきだったか。同性だろうがそういうの気にする人もいるだろうしな。


「すまん、悪かった」

「まあ別にいいんだけどさ。今度は気をつけてね」

「ああ、わかった」


 その後食事も終え、いつも通り教室へと戻ったのだった。

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