第18話

 なんだろう……。今日一日、すごく視線を感じるんだが……。


 朝、登校してホームルームが始まるまで和泉と話していた時。授業を受けている時。そして休み時間までも。


 昼休み、ついに我慢の限界に達した俺は、和泉にはいつもの場所へは先に行ってもらうことにし、視線の主に声をかけることにした。


「俺に何か用でもあるんですか?

「ええっ!?」


 まさか本人から話しかけられとは思っていなかったのか、はたまたバレていないとでも思っていたのか、氷見沢はかなり驚いた様子を見せた。


「えーっと、その……」

「とりあえず場所を変えましょうか」


 教室では少し目立ってしまうからな。


 それに、もしかしたらここでは言いにくい話かもしれないと考え、俺は教室を離れることを提案した。



**



「それで、何か俺に聞きたいことでもあるんですか?」


 まさか、正体がバレたなんてことはないはずだが。


「実は昨日、この近くのデパートで柊真くんらしき人を見かけたんですけど……。昨日デパートにいましたか?」


 昨日か……。まさか氷見沢も来ていたとは。


 しかし、俺のような知り合って間もない転校生の陰キャを出先で見かけただけで、そんなに気にならないような……。


「あー、確かにいたけど……、それがどうかしましたか?」

「柊真くんと一緒にいた女の人のことを聞きたいんですが……」


 ……まさか、店に来た時に鈴さんを見て覚えていたのか?それはまずい。鈴さんとの関係を聞かれたらなんと答えれば……。


「その人って、前にこの学校で生徒会長をされていた方ですか?」

「へ?」


 予想外の質問に、俺は随分と間抜けな反応をしてしまった気がする。


 しかし生徒会長?そんな話は聞いたことがないが……。


「確かにこの学校の卒業生だったはずだけど生徒会長をしていたという話は……」

「でしたら、お名前をお伺いしても?」

「王生鈴ですけど」

「やっぱり!王生さんでしたか!」

「知り合いなんですか?」

「いえ、私は中学二年生の時にここへ学校見学に来たのですが、その時に校内で迷子になってしまったんです」


 あーそれはわかる。この学校無駄に広いから、初めてだと道に迷うんだよな。俺も実際に迷子になりかけてたし、学校で迷子になるというのもあながち誇張ではない。


「そんな時、たまたま声をかけてくれたのが、当時この学校の生徒会長だった、王生鈴さんでした。特別に生徒会長自ら私に学校を案内してくれて、とても優しい方だったんです」


 鈴さんが生徒会長というのはあまりイメージがつかないが、面倒見の良さには納得できる。


「それで、もしよければもう一度会ってお話ししてみたいのですが、会わせていただけないでしょうか?」


 なるほど、そうなるのか。しかし、会わせようにもどう会わせればいいのか。かと言って、それは無理だと俺が言うのも少しおかしな話だし……。


「わかりました。とりあえず聞いてみます」


 俺は、この場ではこう答えるしかなかった。


「ありがとうございます!」

「いえ、大したことはしてないので……」


 うん、本当に大したことはしていないし、する気もないからそんな無邪気な笑顔を向けないでくれ。


 最近は少し柔らかくなってきたとはいえ、仮にも氷姫と言われる人間が、そんな顔してるとこ見られたら、間違いなく俺の平穏な陰キャライフが終わってしまう。


「それじゃあ、俺はこれで……」

「待ってください。その、もしよければ情報交換を兼ねてお昼をご一緒してもよろしいですか?」

「情報交換とは、鈴さんのことについてですか?」

「はい」


 ……それはなかなか魅力的な提案だ。いつも鈴さんに手のひらの上で転がされている俺だが、ここで何か面白い話をつかめるかもしれない。


 生徒会長だったことを言わなかったあたり、何かやらかしている可能性もありそうだ。


「……わかりました。でも、氷見沢さんはお弁当は教室にあるのでは?」

「実は……」


 そう言いながら、氷見沢は後ろに隠していた手にぶら下げている弁当を俺に見せつけて、舌を軽く出していたずらっぽく笑った。どうやら最初からこうするつもりだったようだ。


 可愛い顔してなかなかズル賢いことを考える。美少女じゃなかったら思わず手が出るぐらいイラっときたが命拾いしたな。


 


 それから、俺たちは情報交換という名目で共に昼食をとった。


 当然鈴さんがラニで働いていることは話さなかったが、答えられる範囲で質問に応じた。俺と鈴さんの関係についても当然聞かれたが、親同士が知り合いという適当な理由で誤魔化しておいた。


 そして俺としても、大きな収穫があった。


 どうやら鈴さんは当時多くの男子から告白されていたらしく、その告白を全て断った鈴さんは、「私と付き合いたいなら、私より気遣いが上手くなってから出直してこい」と言う名言を残したとか。


 面倒見の良さの権化みたいな鈴さんより気遣いが上手い人間など、俺の知る限りでは祖母ぐらいしか思いつかない。


 しかし俺は知っている。恋愛経験が無さすぎて、たまに残念な人になってしまう鈴さんを。


 まあとりあえず、なかなか面白い名言だったので、これはいつか鈴さんに言わせてみよう。


 すっかり話に夢中になって、五時間目の授業の開始がすぐそこまで迫っていることに気づかなかった。それに何かを忘れているということも。


「とりあえず、急いで教室に戻りましょうか」


 そう言って、俺たちは急いで教室に戻った。




 その後、氷見沢と同時に教室に入ってきたことで大いに目立ってしまったことと、約束をすっぽかされた和泉がその日の間俺と顔も合わせようとしなかったことは想像に難くないだろう。

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