第17話
新生活が始まってから、二度目となる日曜日がやってきた。本来であれば、この休日を惰眠は貪るために使う予定だった。
……それなのに、今俺はとある美人女子大生と都会の街を二人並んで歩きながら、映画館へと向かっていた。
なぜこんな奇妙な状況になってしまったのか、きっかけは昨日に遡る。
**
「ねえ柊真くん。新しい学校はどう?」
週末のバイト終わり。いつものように疲れた体を癒すために、鈴さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながらくつろいでいた時だった。
「そうですねー。……あ、前の学校で友達の一人もいなかった俺についに友達ができましたね」
「それって、昨日店に来た女の子のこと?」
「いえ、友達というのは男ですよ」
「そうなの?おめでとう、柊真くん!」
途端に笑顔になった鈴さんに少したじろいでしまった。そんなに、友達がいないことを心配されていたのかと思うと、嬉しさ反面、少しイラッときてしまう。
「あれ、でもその男の子のお友達じゃなくて、別の女の子を呼んだのは……」
「えーとですね、それには深い事情が……」
「前もそう言って誤魔化された気がするんだけどな〜?今日こそはお姉さんに詳しく話してくれないと、……帰さないよ?」
鈴さん、美人なお顔が台無しになるぐらい怖いんですけど……。
身の危険を感じた俺は静かにその場を離れようとした。しかしそれは叶わなかった。
「ア〜ル〜マ〜く〜ん?」
店を去ろうとした俺の肩を、鈴さんが後ろからガッシリと抑えつけた。営業時間外で鈴さんが俺のことをアルマと呼ぶときには、二つの可能性が浮かび上がる。
一つは俺をからかって遊んでいるとき。もう一つは怒っているときだ。今の状況では、まず間違いなく後者だと言えるだろう。
「す、鈴さん?何にそんなに怒っているのかわかりませんが、すこーし手を放していただけると……」
「じゃあ、一つお願いを聞いてくれる?」
「お願い……ですか?」
「聞いてくれるって言わないと、このまま一生帰さないかも……なーんて!」
いやいや可愛く言ったって、全然ドキドキしないからね!?むしろ、俺の肩がボキボキ鳴り出してて怖いんですけど!?
「ま、まあ普段お世話になっているのも事実なので、お願いぐらい聞きますよ!だから俺の肩を放してください!」
「本当?それじゃさっそくなんだけど、お願いっていうのは……」
**
俺の隣を年甲斐もなく、ウッキウキで歩くのは
二十歳も過ぎて、四歳年下の高校二年生の俺なんかを連れて遊びに行っていることが色々と心配に思われるが、それは思っても口にはしない。
年齢のことを話題に挙げると俺の命が危険に晒されるということは、すでに履修済みだからだ。
実を言うと、半ば強引に連れてこられた俺だったが、映画館に行くなんてもう何年振りかも覚えていないほどのことで、それなりに楽しみにしていた。
「さあ、着いたよ〜!」
「人多すぎだろ……」
内心楽しみだったはずの俺の、久しぶりの映画館に訪れた第一声はそれだった。
**
「いや〜、面白かった〜。ねぇ、柊真くんもそう思うでしょ?」
「俺に恋愛映画の面白さが理解できると思いますか?」
「もう!そこは嘘でも面白かったっていうとこ!」
なんて暴論だ。
「決めたのは鈴さんなのに……。理不尽だ」
無駄にハイテンションな鈴さんの相手をするのに少し疲れてきた俺は、一刻も早く家に帰って今からでも惰眠を貪ろうと考えた。
「一緒に映画を見に行くという約束も果たしたことですし、今日はもう帰って休んでもいいですか?」
「ダーメ。『映画を見に行く』じゃなくて、『映画デート』をするってお願いだったでしょ」
「それって、何が違うんですか……」
「デートなんだから、映画の後はショッピングでもどうかしら?そうと決まれば、さっそく出発よ!」
さてはこの人、多分……、というか確実に、デートとかしたことないな……。美人なのは確かだから、引く手あまただろうに……。
もはや俺を誘う口実がどんどん雑になっていく鈴さんの様子に対し、俺はバレないように小さくため息を吐いた。
それから近くのデパートに移動し、俺に色々な服を試着させたり、女性下着売り場に連れて行ったりして楽しんだ。……主に鈴さんが。
「いやー、今日は付き合ってくれてありがとう!」
「嘘でも俺もなんだかんだ言って楽しかったです……とは言いませんが、たまには一日だらだらと過ごすよりはこうして外に出るのもいいですね」
「そうでしょう、そうでしょう!」
「色々と言いたいこととはありますが……まあいいです。それではまた店で」
俺は鈴さんと別れ、帰路に着いた。別れ際の、
「文句言いながらも、日頃のお礼とか言って隙を見てプレゼントを選んじゃってるとことか、ほんとずるいんだから……」
と、真新しいネックレスをいじりながら呟いた鈴さんの言葉は、俺の耳には届いていなかった。
実はこの日、アルマではなく普段の柊真として鈴さんと遊びに行ったのだが、柊真としての自分にも知り合いができたことなど到底頭になかった。
だから、俺に気づく視線があったことに当然気づくはずもなかった。それが、更なる厄介事を引き寄せるとも知らずに……。
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