第15話

 翌日の放課後。俺は学校が終わると、すぐに喫茶ラニに向かった。


 今日は眠崎が来る予定であり、眠崎にはいつでも来ていいと既に伝えてある。


「鈴さん。今日は一人俺の知り合いが来るので、その時は少し仕事を外させてください」

「それはいいんだけどね〜」

「何か気がかりが?」

「気がかりと言えば気がかりね。柊真くんがまた女の子を誑かすつもりじゃないかという心配があるもの」

「そんなことしたことありませんよ。それと、その知り合いの前ではアルマと呼んでくださいね。一応正体は隠しているので」

「はいはい。最近のアルマくんはお姉さんに手厳しいですね〜」


 何か鈴さんの機嫌を損ねることをしてしまったのかわからないが、とりあえず今は開店の準備を始めることにした。


 


 今日もそれなりに客は多かったが、ほとんどが知った顔だったので気は楽だった。初めて来店する客は王子様対応を求めてくることが多いが、何度か通っている客は世間話をすることを求めてくるからだ。


 ちょっとした雑談にはもう慣れたもので、女子高生のトレンドにまでついていけそうなほどに詳しくなってしまった自分が恐ろしい。


 開店から一時間ほど経過して客足も少し落ち着いてきた頃、タイミングを見計らったかのように眠崎が店に訪れた。


「いらっしゃいませ、どうぞ空いている席にお座りください」


 眠崎はどうやら緊張しているらしく、何か言いたことがあるが上手く言葉が出ないといった様子だ。


「もしかして君が存瀬くんが言ってた子かな?」


 軽くフォローを入れてやると、眠崎は無言で首を縦に振った。


「分かりました。じゃあとりあえず席に座って、注文を決めておいて……」

「あ、あの!」


 まだ何か言いたいことがあるらしく、眠崎は俺の言葉を遮った。


「お、王子様対応でお願いします……」


 とても小さい声だったが、まさか眠崎からそれを言われるとは思ってもいなかったので、俺は珍しく大きな声を出して驚いてしまった。


 もちろん心の中での話だが。



**



「……なるほど、そういうことだったのか」


 注文も済ませ、俺は眠崎の話を聞いていた。先程王子様対応を求めてきたことについてだ。


 どうやら眠崎は、同級生に喫茶ラニに訪れたらアルマに王子様対応を求めるのが作法と教わったらしい。


「そんな作法はないからもうしなくていいからね」

「でも、少しドキドキした」

「自分でも恥ずかしいからやめてほしいな。それに、常連さんはそんなことしないよ」

「そんなぁ……」


 それほどまでに残念そうな顔をされると、絶対にやめろとは言えなくなってくる。


「これからも店に来てくれるなら、たまにならいいよ」

「ほんとう?……じゃあ毎回お願いする」

「たまにならって言ったはずだけどなぁ」


 眠崎は聞く耳を持とうとしないので、ひとまず話題を変えることにした。


「それで、初めての喫茶店の感想はどう?」

「うん、すごくいい。お客さんは多いけど落ち着いていて、気持ちよく眠れそう……」

「お店で寝るのはダメだけどね」

「わかってる。本を読むだけにするから問題ない」

「それなら大丈夫だね」


 談笑もそこそこに俺は仕事に戻り、眠崎はコーヒーを片手に読書を始めた。


「また来る」

「いつでもお待ちしておりますよ。可愛らしいお姫様」


 最後にサービスのつもりで王子様対応をしてみた。


「うぅ……」


 先程好評だったので、珍しく自分からやってみたのだが……、この様子を見るにどうやら失敗だったらしい。現に眠崎は俺と目を合わせようとしない。


「私がお願いした時だけにして……」

「あ、はい。なんかごめんなさい」

「またね」


 眠崎はほとんど俺と目を合わせずに、早足で店を出ていってしまった。


 まさか俺、またやってしまったのか……。前の氷見沢のように、最後に余計なことをして引かれたかもしれない……。


 俺が落ち込んでいる様子で再び仕事に戻ろうとすると、不意に鈴さんに声をかけられた。


「ア・ル・マくん?」

「は、はい、なんでしょう……?」

「まーた女の子を誑かしてたの、見てたよ〜?」


 何やらお怒りの様子で鈴さんが問い詰めてくるので、俺は慌てて弁明する。


「いやいやどう見たって誑かしてないというかむしろ引かれたというか……」

「はぁぁ」

「クソデカため息やめてください」

「吐きたくもなるよ!」


 鈴さんはそれだけ言うと、コーヒーを淹れることに専念し始めた。


 俺には、鈴さんが何を言いたいのかちっともわからないんだがな。


 その日のバイトは、そのことが頭の中をぐるぐると巡っていたが、結局答えらしい答えが思いつくことはなかった。



**



 布団に入り、そろそろ寝ようかと思っていた時だった。


 スマホの着信音が鳴った。相手は……、なんだ和泉か。そういえば、連絡先を交換したはいいものの、こうして連絡をとるのは初めてだな。


「こんな時間にごめんね〜」

「それは別に問題ないが、何か用か?」

「実は明日の図書委員のシフトなんだけど、三年は学年集会があるから誰か変わってほしいって、図書委員長が言ってるんだよね」

「どうしてそれをお前が?」

「今の図書委員長とは去年環境委員で一緒になってね、それから仲良くしてもらってるんだ」

「それで、ちょうど図書委員になった俺が思い浮かんだと……」

「そういうこと」

「まあ、いいけど……、眠崎には聞かなくていいのか?」

「明日は来館者も少ないだろうから別に一人でも問題なさそうだけど、一応眠崎さんにもシフトに入れるか聞いてみてほしいって」

「了解した」

「委員長はああ言ってるけど、僕は存瀬くん一人の方が楽に仕事が終わる気がするけどね」


 どういう意味かと尋ねようとしたが、既に通話は切れてしまった。まあ和泉がそういうなら眠崎には声をかけなくてもいいか。


 声なんてかけなくても結局勝手に来る気がするけどな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る