第7話
よし、今日は迷わずに真っ直ぐに教室に来れたな。昨日みたいに道に迷って、新学期二日目にして遅刻……なんてことにはならなくてよかった。
そんなことを考えながら、俺は教室に向かって歩いていたのだが、何やら少し騒がしい。元気なやつが朝からはしゃいでいるとか、そんな騒がしさではなく、とにかく教室内の雰囲気がそわそわしているように感じる。
その原因も少し気になるが、ここまで道に迷わないように集中して歩いていた俺は、少し疲れていたのでとりあえず自分の席に着くことにした。
「おはよう、存瀬くん。今日は余裕を持って来れたみたいだね」
「おはよう、和泉。それで、よく分かったな。昨日俺がここに来るのがギリギリになったことまで」
「今日は随分と息が整ってたみたいだからねー」
こいつ、そんなことにまで気づくなんて、本当にすごいな。和泉とアルマの姿で遭遇したら、すぐにバレるんじゃないか?
「ねえ、それより朝からなんかおかしいと思わなかったかい?」
「ああ、なんだか教室が変に騒々しいと思ってたんだ。和泉は理由を知ってるか?」
「もちろんさ。僕は三十分前からこの教室にいるからね」
「それで?」
「実はさっき、あり得ないことが起こったんだよ」
「あり得ないこと?」
勿体ぶってないで、早く教えて欲しいのを我慢して俺は聞き返す。
「うん。昨日このクラスに三代美少女のうちの一人がいるという話はしたよね?」
「ああ、確か氷姫だとか言ったか?」
「そう。で、その氷姫がクラスの男子たちに今日は挨拶を返してくれてるんだよ!あの氷姫が!」
「お、おう、いいから落ち着け。で、それで教室がこんな騒ぎになってるって言うのか?」
「転入生の君にはわからないだろうけど、これは本当に驚くことなんだよ。ほらあそこ、見て。人がいっぱい集まってる中心にいるのが、その氷姫だよ」
「人が多すぎて、全然見えないな……」
実際、その人だかりは男女問わず多くの人が集まっていて、かなり息苦しそうだ。
「ま、俺にとってはその氷姫さんとやらのおかげで、俺たちの席の近くの人口密度が低くなって助かるな」
「やっぱり君はこう言う話には興味がないみたいだね。もしかして、すでに心に決めた相手がいるとか?例えば前の学校とかで……」
「残念ながら、俺は彼女いない歴=年齢だ。お前が期待してるような浮いた話はできないぞ」
「それっていよいよ、健全な男子高校生か疑わしくなってくるんだけど……。はっ、まさか!」
和泉は何かに気づいたようなことを言うと、両手で自分の体を覆い隠した。はあぁ、こいつ……。言いたいことはわかってるぞ?
「そっちの気もねーよ!」
「おー、君にしてはなかなか元気なツッコミが飛び出したね」
和泉とそんなやりとりをしていると、ちょうど予鈴が鳴って、クラスメートたちもぞろぞろと自分の座席に戻っていった。
**
「それではホームルームを始めるぞ……、と言っても私から連絡することは特にない。今日は新入生歓迎会とオリエンテーションがあるから、各自体育館に移動して向こうで整列するように。以上だ」
今日も新年度二日目と言うことで、全校集会が主になるようだ。どうやらこの学校では、おさらいという意味も含めて、毎年二、三年生もオリエンテーションに参加するらしい。
まだこの学校に慣れていない俺にとっては、非常にありがたい方針である。
「そういえば一つ言い忘れていた。今日は全校集会が終わったらすぐに帰らず、教室に残っているように。席替えをするぞ」
佐倉先生の一言で教室内が少しザワついた。おそらく、今の座席で仲の良いグループを作った者も何人かいたのだろう。
そしてそれは、俺も例外ではなかった。
「いやー、せっかく存瀬くんと仲良くなったのに、もうお別れだなんてね……」
「別にまた転校しようってわけじゃないんだし、同じ教室にいるんだからいつでも話せるだろ」
「まあそうなんだけどね……」
和泉が何かを言いたげだったのが少し気になったが、佐倉先生が話を続けたそうだったので黙ることにする。
「よーし、それじゃホームルームは終わりだ。移動を始めてくれ」
**
全校集会が終わって教室に戻ると、教室では多くの生徒たちが楽しそうに話していた。やはりなんだかんだ言っても、席替えというイベントは皆楽しみらしい。
それに俺も個人的には席替えをしたい理由があった。それは今の席が気に入らないからだ。現在、名簿番号がクラスで一番若い俺の席は、最前列の一番窓側の席である。
最前列は教師から一番見られやすいということと、授業中に一番初めに当てられる席だということ。これらの理由から、俺は席替えには当然賛成派だ。
「それでは、存瀬から名簿順にくじを引いていってくれ」
佐倉先生がそう言って、俺はくじを引いた。和泉も俺に続いてくじを引く。
「それで、存瀬くんの席はどこだったんだい?」
「せっかくの席替えだ。移動してからのお楽しみということにさせてもらう」
「えー」
クラスの全員がくじを引き終わったところで、皆一斉に席を移動し始めた。ちなみに俺の席は一番窓側の列の最後列だった。俺としては、まさかこんないい席を引けるとは思っていなかったので、まさに嬉しい誤算と言うやつだ。
「やあ、存瀬くん。今度は僕と前後が逆になったみたいだね」
「そうみたいだな」
前の席についた和泉が、俺の方を振り返って言った。正直俺としても、親切な和泉と席が近いのは助かる。それに、こいつとの会話はなかなか楽しいからな。本人には絶対言わないけど。
するとその時、隣の席に座った人物が俺と和泉に話しかけてきた。
「そちらの方は和泉さんと……、あなたは確か転入生の方だそうですね。昨日学校を休んでいたので、私にも自己紹介をしてもらえないでしょうか?」
俺は一瞬、聞き覚えのある声に困惑した。転入生の俺が、声に聞き覚えがある生徒がいるとすればラニの客以外に他にいないはずだが……。
そう思いながら、俺は話しかけてきた人物の方を向く。そこには、思いもよらぬ人物がいた。
「あ!これは失礼しました!相手にお名前を伺うときは、まずは自分からというのが礼儀ですよね。私は
氷見沢冬紗か……。って、おい!昨日俺が店に無理やり連れていった(自覚あり)美少女じゃねぇか!
まずい……。俺の正体に気づきそうな危険人物として、最優先でマークしないといけないやつが出現してしまったみたいだ。
「あ、僕は
へー、こいつ奏多って名前だったのか。……じゃなくて。流石に俺も挨拶しないのはまずいよな。
「俺は
さっきまで和泉と話していた声とは少しトーンを下げて、俺も自己紹介に応じた。案の定、和泉は何やら不思議そうな顔をしていたが、氷見沢にバレるわけにはいかないので仕方ない。
アルマの正体がこんなどこにでもいる陰キャ男子高校生だと知られたら、当然多くの人間に袋叩きにされることは目に見えている。だから、絶対に正体は隠さなければならないのだ。
「和泉さんに、存瀬さんですね。よろしくお願いします」
そう言って彼女は愛想のいい笑みを浮かべた。和泉は何故かかなり驚いたような顔をしていたが、どういうことなのだろうか。
とりあえず俺の身バレについて予想外の懸念が生まれた席替えは一先ず無事に……とは言えないが、終了したのだった。
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