第6話

 注文した料理が運ばれてくると、案の定彼女は食事に夢中になっていた。


「美味しいかい?」

「はい、確かにとても美味しいです。でも目の前で私が食事しているのをずっと見ているのはやめてください」

「いやぁ、君がすこく美味しそうに食べてるからついね」

「というか、先程はすごく驚きました!さっきと全然印象が違うから、誰かわからなかったじゃないですか!」

「ああ、ごめんごめん」


 彼女は怒った素振りを見せてそう言うが、最初に話かけた時と違って、今は少しだけ打ち解けやすさを見せている。美味しい料理で、警戒が少しほぐれてくれたようだ。


「それで、さっきの話の続きだけど、君はもしあそこで俺に話しかけられなかったら、いつまであの公園にいるつもりだったのかな?」

「それは……」

「まあ、君は君で家だったり学校だったりで人間関係に悩まされているんだろうけど、まずはちゃんと向き合ってみないとダメだよ」

「でも、誰も私の意見なんて聞いてくれない……。周りが期待する自分を演じるだけの日々はもう嫌なんです……」

「そっか……。でもそれも君なんだよ。俺は普段の君がどんな人間なのかは知らないけれど、少なくとも周囲から期待されるような、輝きを持っているということはわかる」


 俺にはそんな輝くような才能はなかったけど、この居場所ラニがあった。だからきっとこの人も、疲れたら心を休められる、そんな場所を必要としている。


「周囲の期待に応えようとする自分も本物だけど、もしそれに疲れて今みたいに素の自分で話がしたくなったらここにおいで。俺も話ぐらいは聞いてあげられると思うから」


 自分で言っていて随分と年寄りくさい説教みたいな話をしてしまったと後悔したが、彼女はそれを聞いてただうんうんと頷いていた。


「そうですよね……。私はいつの間にか周囲の期待に応えるのに必死になって、自分の気持ちを蔑ろにしてしまっていたのかもしれません」


 そして彼女は立ち上がり、俺の目を真っ直ぐに捉えて言った。


「だから、またここへ来てもいいですか?」

「ああ、もちろんだ。さっきも言ったけど、話くらいは聞くよ」

「ありがとうございます」


 どうやら彼女の中で何かが吹っ切れたようだ。俺は、人間関係に嫌気がさして無気力に生きることを決めたけど、きっとこの人はこれからも努力を惜しまないのだろう。


 俺のお節介はここまでだ。


「それじゃ、もう少しゆっくりしていって大丈夫だから。俺は仕事に戻るよ」

「あ、あの!」


 彼女が急に大きな声を出すから、周囲の客の視線を集めてしまった。


「よろしければ、名前を教えて欲しいです……」

「あー、そういえば結局名乗ってなかったのか。俺はアルマ、俺の情報はトップシークレットだよ」


 もはやお約束のような言い回しが炸裂し、彼女は惚けた顔をしている。


「か、帰ります!ご馳走様でした!」


 彼女はそれだけ言うと、何度も俺に頭を下げながら店を出ていった。


 あれ……?もしかして、最後の最後で引かれた?まあ別にいいか。あんな美少女の話を何度も聞いてあげてたら、それこそ他の客に贔屓だなどと言われかねないからな。


 むしろもう来ない方が彼女にとっては良いことだろうし。


 そう考えて、早速仕事に戻ろうとした時だった。


「……これは、うちの学校の学生証?」


 つい先ほどまで彼女が座っていた席に、彼女の物と思われる学生証が落ちているのを見つけた。


氷見沢冬紗ひみさわかずさか……」


 学年も同じようなので、俺が直接学校で渡してやりたいところだが、残念ながらそれは無理だ。それに、同じ学校に通う生徒なら尚更俺の正体がバレるわけにはいかなくなった。これは彼女が自分で取りに来てくれるのを待つしかなさそうだ。


 とりあえずこれは鈴さんに預けておこう。




「……と言うことなんで、これ預かっててもらってもいいですか?」

「はいはい。わかりましたよー」

「何でちょっと拗ねてるんですか?」

「別に拗ねてなんかないですー。アルマくんが天然でタラシだなんて分かってたことだから」

「俺、またなんかやっちゃいました?」

「はあぁ、やっぱり無自覚なのか……。最後のアルマくんの言葉と顔、あれはもはや兵器だったよ」


 え……?兵器?もしかしてお前は顔面もセリフも兵器みたいに恐ろしいっていうディスですか?だとしたら泣いちゃいますよ俺?


 はっ!さっきの彼女の反応……、もしかしてガチで引かれたってことか?


 ヤバイ……、急に現実見えて恥ずか死にたくなってきた……。


 


 その日のバイトは普段の俺のように、終始無気力で終えることになった。




ーーーーーーーー


 前回の続きということで、今回は少しだけ短いですが、ご了承ください。

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