第5話

 やめておけばいいのに、一度気づいてしまったその違和感を払拭したくなって、俺はその少女に話しかけた。


「君もここで雨宿りを?」


 出来るだけ優しく問いかけたつもりだったのだが、結果は思いっきり睨まれた……。彼女は全力で話しかけるなという雰囲気を漂わせている。


 だが、そういう反応をされると余計気になってしまう厄介なたちなんだ、俺はな。


「急に話しかけてごめんね。こっちから名乗るから少し話し相手になってくれないかな?」


 女性を相手にしていると無意識に脳が処理してしまい、今度は《アルマの喋り方》が出ていた。


 すると彼女が少しだけ反応を示してくれた。


「……二重人格?」


 おい、急に口を開いたと思えば大変失礼ですね?しかし、それを口に出してはいけない……。抑えるんだ。


「ああ、ごめんね。実は俺、ここの近くの喫茶店でアルバイトをしているんだけど、つい接客する時の癖が出ちゃったみたいだ」

「そうですか。それで、何が聞きたいんですか?雨が止むまであなたから興味の視線を向けられ続けるのは面倒なので、答えてあげますから早く言ってください」


 なるほど、バレていたか。この人、さっきまでずっと下を向いてたからわからなかったけど、顔を上げたらすごい美少女だった。もしかしたら普段から視線を集める彼女は、人の視線に敏感なのかもしれないな。


 ……と、そんなことを考えてる場合じゃなかった。さっさと済ませろと言わんばかりの圧だ。


「あぁ、それで俺が聞きたかったのは君もここで雨宿りをしてたのかなってことなんだけど……」

「お察しの通り、私は雨宿りをしていたわけではないですよ。《朝からずっとここにいただけです》」


 俺は一瞬耳を疑った。そして、自分から足を突っ込んでしまった話を最後まで聞く責任があると思い、理由を聞くことにした。


「どうしてそんなことを?」

「なんだか、全部が嫌になっちゃって。人の視線も、親からの期待も、鬱陶しくてたまらなくなってしまったんです」


 想像以上に面倒な話に手を出してしまったかもしれない……。


「本当は今日から新学期だったんですけど、学校に行くフリをしてサボってしまいました……、って!見ず知らずのあなたにここまで答える義理はなかったのに……」


 彼女は慌てて、先程までのクールな態度を取り繕うとするが時すでに遅し。俺の中では既にただの気弱な少女としての印象が上書きされていた。


「……なるほどね。それで、一つ気になったことがあるんだけど……、お昼ご飯はちゃんと食べた?」

「も、もちろん食べまし……」


 その時、彼女の方から可愛らしい音が鳴った。音の出どころは彼女のお腹のようだ。実際、彼女は耳を真っ赤にして全力でお腹を抑えている。


 ちょうど雨が止んだ。


「ナイスタイミング。せっかくだからうちの店でご飯でも食べていくといいよ。ちょうどここに、その材料があるのはきっと何かの運命だ」


 ついアルマの癖でちょっとクサいセリフが飛び出してしまったが、未だ恥ずかしさに悶えている彼女は全く気にしなかったようだ。


「い、家に帰って食べるから大丈夫です!」

「こんな時間にお母さんもご飯は作ってないと思うけど?」

「いやでも私、お金が……」

「大丈夫。ここまで話を聞いちゃったんだから最後まで話聞かせてもらおうと思ってたからさ。続きは店で聞かせてよ。もちろん俺の奢りで好きなもの食べていいからさ」

「で、でも……」

「いいからこい」


 なかなか首を縦に振らない彼女に、つい痺れを切らして素の自分が出てしまった。案の定彼女は怯えているが、多少強引とはいえ、俺は店に連れていくことにした。


 普段の俺からは決して想像がつかないような行動をとってしまったのは、彼女を、新しい家族のことや祖母が心配で悩んでばかりいた頃の自分と重ねてしまったからという理由では断じてない。


 断じてないんだ。



**



「じゃあ、ちょっとだけ仕事を片付けたらそっちに行くから、とりあえず食べたいものを注文しといて。……あ、遠慮して何も頼もうとしなかったら勝手にいろいろ持ってくことになるから大人しく注文することをお勧めするよ」


 とりあえず俺は彼女を席に座らせて、早口で要件だけ捲し立てると鈴さんのところへ向かった。




「鈴さーん、これ受け取ってきた食材です」

「あらアルマくんってば、食材のついでに女の子のお持ち帰りも頼んだっけ?」

「えーっと、なんだか圧がすごいことになってますけど、俺なんかやっちゃいました?」

「別にぃ〜?ただ、お姉さんはアルマくんをそんなチャラ男に育てた覚えはないんだけどな〜なんて思

ってないよ?」

「育てられた覚えもないけど(小声)」

「んん?」


 ……っと、人を待たせてるんだった。鈴さんの理解不能なノリに付き合っている場合ではない。


「すみません、ちょっと訳アリでさっきの子と話してくるんで少し接客抜けさせてください」

「はーい、まあたまにはいいでしょう」

「ありがとうございます」


 それでは早速話の続きを聞かせてもらうとするか。もっとも、この店の料理が美味しすぎて話の続きどころじゃないかもしれないけどな。


 そういえば、結局店を出る前に、伊達メガネとマスクで簡易的に顔を隠してたのを忘れてた。それに髪も雨で崩れてしまったからもう一度整えないと。


 ……これでよし、先程接客を抜けるとは言ったが、そうは言ってもまずは「接客」を見せないといけないからな。




「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりでしょうか?」

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