第4話

 始業式が終わったら各自自由解散とのことだったが、教室にはまだ多くの生徒が残っていた。


 どうやら彼らは、新しいクラスでの自分の立ち位置を確保するべく、交流をしているようだ。みんなが自分のことに夢中になっているおかげで、転入生の俺に気を遣って話しかけようとする者がいないのは幸いだった。


 ただ一人を除いては。


「ねぇねぇ、君、存瀬くんだっけ?何か困ったことがあったら遠慮なく僕に聞いてくれていいよ」


 そう言って俺に声をかけてきたのは、確か俺の次に自己紹介をしていたやつだ。今の座席は名簿順なので、こいつは俺の後ろの席ということになる。


「君は確か和泉だっけ?じゃあ遠慮なく世話になると思うからよろしく」

「おー。僕の名前を覚えてくれてたんだ。存瀬くん、ずっと他の人の自己紹介をつまらなそうに聞いてたから意外だな」

「いやいや、名前くらいは流石に聞いてるさ」


 まあ本当は佐倉先生が呼んでいたからたまたま覚えていただけなんだけど。


「俺に話しかけてくれるのはいいんだけど、君はいいのか?」

「いいって、何が?」

「元々仲良かった奴らとつるまなくていいのかってことだよ。みんなどんどんグループを作っていってるだろ」

「あー、うん……そうだね」


 俺からすると和泉は、まさに正統派イケメンという印象で、明らかにクラスの中心に立っているような陽キャだと思ったんだが、どうやら何か事情があるらしい。


「実は僕周りの人から結構嫌われてるんだよね」

「へぇ、そりゃまたなんで?」

「一年の時に色々あってね……」

「ふーん。まあ何か事情があるみたいだしわざわざ言わなくていい。俺には君が親切なやつだという事実だけで十分だ」

「そっか……。なんだか存瀬くんとは上手くやっていけそうな気がするよ。これからよろしく!」

「ああ、よろしく」


 てなわけで、俺に高校初の友達と呼べる人間ができた。前の学校では一年も通って友達と呼べる人間が一人もいなかったから、そのことを考えると登校初日で友達ができたのは天変地異のことだった。


 別に俺は友達が欲しかったわけではない。一人は一人で気楽に過ごせるからだ。だが、今日和泉と友達になれたことを嬉しくないと言えば嘘になる。


 それにこれは不謹慎かもしれないが、和泉が見た目通りの陽キャで他の友達を紹介してくるなんてことはなさそうなので安心できるというのもある。


 あくまで俺は、俺が「アルマ」だとバレなければそれでいい。そのためにも、事情を共有できる友達がいてもいいと思った。


「ああそういえば一つ聞きたかったんだが、今日一人欠席がいるよな?自己紹介でそいつの番が回ってきた時にやけにクラスの男子たちのテンションが上がってたみたいだが、あれは一体どういうわけなんだ?」

「それはね、今日休んだその人がこの学校の三大美少女のうちの一人だからだよ」

「三大美少女?それはまたベタな名前だな」

「それには同感だね。ちなみに、うちのクラスの美少女は氷姫って呼ばれてて、まともに話せた男子はいないって言われてるよ」

「へー」

「全然興味なさそうな反応だなー」

「まあないな。そういう和泉はあるのか」

「ないねー」


 まあ和泉の見た目なら、選び放題だろうから最初から自分は興味ないんだろうと思っていた。


「それにしても、三大美少女さんとやらも新学期早々にサボるとはなかなかやるなー」

「僕は彼女のことはあまり知らないけど、少なくとも君みたいに無気力って感じの人ではなかったよ」

「おい、それ遠回しに俺が休んだらサボりとみなすってことだよな?」

「そりゃあもちろん。君みたいなタイプの人間は体調も崩さなそうだしね」


 確かに俺は今まで体調不良で学校を休むんだことは片手の指で数えられるぐらいしかない。和泉は周りの目を気にして人間観察が得意になった、俺と同じタイプの人間なのかもしれない。


「おっと、そろそろ時間だ」

「何か用事でもあるのかい?」


 うーん、まあこいつになら少しくらいなら話してもいいか。


「ああ。これからバイトなんだ」

「へー。バイトをしているんだ。転校したばかりなのに、もうバイト先を見つけたの?」

「元々俺のバイト先はこの学校の方が近いんだよ」

「なるほどね。途中まで一緒に帰ろうかと思ったけど、そういうことならまた今度にしようかな」

「ああ、助かるよ」

「それじゃあ、また明日」



**



 和泉との会話を終え、俺は学校を後にした。それにしても、和泉との会話はなかなか楽しかった。友達を持つのも案外悪くないのかもしれない。まあ、和泉以外にはいらないとも思ってしまうのだが。


 今日の出来事を自分の中で振り返っているうちに、いつの間にか喫茶「ラニ」の目の前まで辿り着いていた。


 俺は近くに人がいないことを確認すると、裏口から店の中に入った。


「柊真くん、お疲れ様。今日は早かったね」

「始業式だけだったので早く終わりました」

「なるほど。じゃあ早速だけど今日はお店に立ってもらう前に、お願いしたい仕事があるの」

「なんでしょうか?」

「食材の調達よ。いつもの八百屋さんにはもう頼んであるから受け取ってきて欲しいの」

「それは構いませんが、俺が立たなくて接客の方は大丈夫ですか?」

「今日は始業式があったでしょ?だから今日はそれほどお客さんは来ないと思うの」

「それもそうですね。わかりました」


 確かに、言われてみればみんな新しいメンバーで交流を深めたいだろうし、行くとしたら喫茶店とかじゃなく普通にカラオケとかに行くよな。


 髪を整え、メガネを外してコンタクトをはめる。あとは店の制服を着れば「アルマ」の完成だ。


 店の制服で出るのは少々目立つかと思ったが、ここから八百屋へはすぐの距離なので、まあ大丈夫だろうと思い店を出た。



**



「マジかよ……、雨降ってきやがった……」


 突然勢いよく雨が降り出した。


「流石に食材を濡らすわけにはいかないよなぁ」


 俺はそう呟いて、近くの公園の東屋に避難することにした。そして、そこには先客がいた。


「ここ、俺も雨宿りさせてもらってもいいか?」


 先客の、おそらく俺と同じくらいの歳の少女に俺はそう声をかけた。ついアルマではなく、


 すると少女は、「どうぞ」とただ一言返した。


 手持ち無沙汰だった俺は、ついいつもの悪い癖が出てしまい、少しだけ人間観察をしてしまった。そして俺はある違和感を覚えてしまう。


 少女が俺と同じように雨宿りをするためにここに来たのなら、なぜ

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