ケース3 同級生

 今日お願いに伺うのは明石さん。俺と同じ25歳の女性だ。気が重すぎる。

 別に楽しく雑談しないきゃいけないわけじゃないのに、今までの人生を振り返ると同年代の女性とまともに会話できた記憶がないので今回の交渉は困難を極めそうだ。


「いっそすぐにお断りしてくれたら楽なんだけど……」


 ただ目標の一割まではいまだ遠い。佐野さんと彩夏さんが協力してくれてもそれはほんの一握りに過ぎない。もちろん俺以外の職員も頑張ってはいるが全裸になることと世界を守ることがどうにも結び付かなくて進捗は悪かった。


「ごめんください。市役所の者です」


 インターホンを鳴らすとすぐに玄関が開いた。一応事前にハガキで通知はしていたので予定を開けてくれていたらしい。

 中には居留守を使われて何度も足を運ぶ羽目になる人もいるのでこれだけでも非常に助かる。


「あれ? 五十嵐くん? 覚えてない? 中3の時に同じクラスだった」


「……もしかして伊波さん? でも明石って」


 大理石でできた表札にはしっかりと明石と彫られていた。

 中学を卒業したのはもう10年前だけどさすがにクラスメイトの顔と名前くらいはそれなりに覚えている。


 五十嵐と伊波。50音順で並ぶと席が近いからテストの時になるとちょっとだけ会話したこともあった。


 会話と言っても、伊波さんがわからない箇所を俺が教える感じで甘酸っぱさも何もない無機質なものだけど、他に女子との接点がない俺にとっては数少ない青春な思い出だったりする。


「今は結婚して明石になったの。五十嵐くんは公務員になったんだね。あの真面目な五十嵐くんが各家庭を回って裸になってくださいってお願いしてるなんて……みんなに教えていい?」


 伊波さん……いや、明石さんはスマホを取り出してあの頃みたいな眩しい笑顔を見せてくれた。

 スマホを握るその左手の薬指にはキラリと光るモノがあって、本当に結婚したことを実感させられる。


「五十嵐くんが来たなら脱いでみようかな。同級生のよしみで」


「本当!? 助かるよ。全然人手が足りてなくてさ」


「もう、せっかくの再開なのに味気ないよ。そこは伊波さんの裸が見たいって熱い視線を送ってもらわないよ」


「いやいや、さすがに人妻にそんなことはできないよ。明石さん」


 俺の中では目の前にいる女性はまだ伊波さんなんだけど、思考をしっかりコントロールして意識的に明石さんと呼んでいる。

 現在の住民票は明石さんなわけだし、市役所の職員としてそこは守らなければらない。


「相変わらず真面目だね。五十嵐くんは」


「真面目だけが取り柄で公務員になったからね」


「そんな真面目な五十嵐くんがいろんな女の人に裸になってくださいってお願いしてるんだから、人生何が起こるかわからないね」


「明石さんだって結婚してるじゃない。当時から可愛かったか不思議ではないけど」


「あ、五十嵐くん。私のこと可愛いって思ってたんだ。やっぱりむっつりさんだったんだね」


 口元に手を当ててむふふと笑う姿も当時のままですごく懐かしい。一つだけ違うのは左手の薬指に輝く指輪だけ。

 あの頃のドキドキが蘇り、指輪が視界に入るとその感情は一気に冷める。


 つくづく俺は真面目だ。不倫なんて考えは一切出てこない。


「よかったら中でゆっくり話さない? あ、でも公務中はマズいか。最近はすぐ炎上しちゃうもんね」


「そうなんだよ。休憩時間に水を飲むだけでクレームが入るから。その上、今は女性の敵みたいな仕事をしてるし」


「1000年に一度の大災厄なんて本当に起こるのかな。今のところ平和な日々が続いてるし」


「何かあってからでは遅いからね。万が一に備えるのは大切なことだよ。その備えが女性の裸っていうのが問題なだけで」


「ふふ。やっぱり五十嵐くんは五十嵐くんだ」


「……それ褒められてる?」


「うん。私からの大絶賛だよ」


「それはどうも。それで、全裸の件は」


「うーん……今日断ったら、明日以降もまた五十嵐くんが来てくれるの?」


「まあ、そうだね。だいたい同じ人が来ると思う。でもこの書類にサインしてもらえればひとまず依頼の対象からは外されるよ。こっちだって何度も断られるのは辛いし」


「断りは……しないかな。もう少し考えさせて。実は旦那は単身赴任でずっと一人で、こんな風に男の人とお話するの久しぶりだったから」


「そうなんだ。まだ新婚さん?」


「ううん。二十歳の時に大学を中退して結婚したの。彼は年上でもう社会人だったから。でも、ちょっと決断が早かったかなって今は後悔してる」


「…………」


 こんな時になんて言えばいいかわからず無言になってしまった。それにこれは業務の対象外の内容だ。俺はあくまでも明石さんに全裸になってもらうお願いをしにきただけで、結婚生活の悩みに聴きにきたわけじゃない。


「ま、まあ、そういうことで前向きに検討してくれると助かる。世界が滅んだら元も子もないからね」


「うん。またね。五十嵐くん」


 胸元で小さく手を振る姿はまるで中学生の頃みたいで、もし勇気を出してあの時に勉強以外のことも話していたら人生が変わっていたのかななんて感傷に浸ってしまった。


 明石さんはもう人妻で、あくまでも世界を守るために脱いでもらうお願いをしに来ただけ。これは公務であって浮気や不倫じゃない。


 自分に言い聞かせて明石さん宅をあとにしても胸の高鳴りは止まらなかった。


「明石さんの……伊波さんの裸、見れるのかな」


 10年前、何度も想像した同級生の裸で頭の中がいっぱいになる。

 佐野さんや彩夏さんと比べたら全然子供なのに、映像で見た裸体よりも魅力的に映るのはきっと思い出補正だ。


 俺は真面目な五十嵐くん。あくまでも公務として明石さんを裸にしたい。

 この世界を守れるのは彼女達の全裸なんだから。

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