第12話
ノックもせず、ドアを開き、中に入る。
部屋の中は薄暗い。昼なのに何でこんなに暗いの?
と思ったらカーテンで完全に遮光してるみたい。足に箱が当たった。前を向く。見慣れたおばあちゃんが立っていた。
ううん。見慣れているけど見慣れていない。
だって、おばあちゃんは、碧い瞳をしていない。こんなに背も高くない。
「なに、しているの?」
返答は無い。
あたしはクラクラする意識をなんとか保ちながら、部屋の中央にいる人影に近付く。
「返して」
「…………」
「返しなさいよ。あたしのおばあちゃんよ」
ずるり、皮が剥がれ落ちる。この短時間で皮を綺麗に剥がすこの子の技術も大したものだわ。
あたしの脳はすっかり正常な判断をすることを諦めてしまった。
これは、ホラー映画を見ているものだと思い込めば、怖くない。箱の中に赤色の肉塊が入っていても、画面の向こうの出来事だと思えば、大丈夫。ダイジョウブよ。
あたしはゆっくり深呼吸をする。
見ると、景壱は上裸になっていた。垂れた胸が見える。おばあちゃんの胸だ。一緒にお風呂に入った時に見た豊かな胸。ずるり、剥がれ落ちた。
「うーん、乳房はベストに縫い付けたほうが良さそうやね。一つ知る事ができた。こやけのブラジャーでも持ってきて試してみようか。いや、しかし、こやけの胸の大きさやと溢れてしまうな。難しいな……」
「あたしのおばあちゃんで遊ばないでよ!」
タオルで身体についた血を拭いて、景壱は床に落ちた皮を拾った。
綺麗に剥がされた顔と胸。こんなに綺麗に剥がせるなら、他のことに活用すれば良いのに。あたしは眩暈に襲われて座る。
「うん。あなたって、本当に人間として面白い」
「いったい何なのよ。遊んでないで返してよ。あたしのおばあちゃんなのよ!」
「うん。そうしよう。これはあなたに返す」
無造作に箱があたしの前に置かれた。さっきまで遊ばれていた皮も一緒に入れられている。
現実味が全くしないから、実感がわかない。死体で遊ぶなんて、おばあちゃんが可哀想で仕方がない。
でも元を辿れば、あたしが悪いから、どうしようもない。
「もしもあなたが許可してくれるなら、一部分だけでも火を入れたかったけれど」
「火を入れたいって何よ?」
「わかった。正直に言う。シチューにでもしようかと思ってた」
「は? 食べるつもりだったの?」
「もう少し
景壱は何の話をしているの?
あたしの思考が追いつかない。ずっと前から考えることをやめていた脳が更に考えることを拒否しているようだった。
にこり、花がほころんだように笑うと、景壱はおばあちゃんの首から目玉を抉り取って、口に入れた。嘘。目の前で起きていることが信じられない。
「うーん……。やっぱり年寄りやと少し硬めやね。これは煮込んだ方が良さそう。パイナップルで軟らかくしてから食べるかな。それなら酢豚のようにアレンジ? もしくは、シチューかカレーか肉じゃがのように煮込む? あ、それともワイン煮込みとか? ミンチにしてハンバーグも良いな。オッソブーコでも美味しそう。カルトッチョやと硬いままになるかな。菜季はどれが良いと思う?」
本当に、この子は何を言っているの?
すごく真面目な顔をしながら何をブツブツ言っているの? 口の中で転がしているのは、おばあちゃんの目玉よ。飴じゃないんだから、そんな。
頭がガンガン痛む。あたしが何も言い返さないので、景壱は一人でブツブツ何か呟いている。
「ストロガノフも良いな。でも、でも、切り刻んでテリーヌにするのも良いかな。あー、やっぱり肉が硬いからブレゼにする? 目玉を一つ生で食べたし、マリネにするには少ないかな。シンプルにロティ? 悩む。菜季はどれにする? どれなら作れる?」
「作らないし、食べないわよ!」
「何で?」
「何でって、これはおばあちゃんなのよ! それに、人間は食べ物じゃないわ!」
「何で?」
「だから、おばあちゃんは食べ物じゃないからよ!」
「何で?」
「何でもよ!」
「何でもって何? きちんと説明して。俺は知らない。そんなこと知らない。全く知らない。だから教えて欲しい。『人間は食べ物じゃない』と言うのは何で? 根拠は? 理由を聞かせて。俺は今、あなたのおばあさまの目玉を食べてる。口に入れてる。食べてるんやから、食べ物やと思う。さあ、意見を聞かせて」
「違うわよ」
「違うの? どうして違うの?」
「どうしてもよ」
「どうしても違う……。それは根拠としては不十分。討論会では勝てない。でも、あなたは昨日食べた」
「え」
さっきの口振りから頭の片隅で思っていたことが、疑問に変わった。
――あたしが昨夜使った豚もも肉は、本当に豚肉だった?
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