第34話 皇帝の密命

「まあ分からないんなら、それはそれで良いんだ」

「えっ」


 自分から話を振ってきておいて、それはないだろう。

 タカキはからかわれているような気分になった。

 貴族のお坊ちゃんらしいというかなんというか、マイペースな男だ。

 ベルトルトは蒸留じょうりゅうしゅをごく少量ずつ、なめるように飲みながら話題をかえた。


「実は皇帝陛下からとある密命みつめいを受けていてね。

 腕利うでききの協力者をさがしているんだ」

「ちょ、ちょっとそんな話、俺なんかにしたらダメなんじゃ……」


 タカキは動揺どうようして店内を見回した。

 二階は客もまばらで、聞き耳を立てていそうな人物はいない。

 だがそれ以前に自分のような子供に言っていい話なのだろうか。


「いいのさ。君たちは皇帝陛下のしんを得ている。

 それに君のお姉さんなら理解してもらえるかもしれないと、僕は思っている。

 君たちこそ適任てきにんだったらいいなあって、そう思ったから言っているのさ」

「……どういうことです?」

「君のお姉さんが首から下げている宝石があるだろう。

 あれは神の宝珠と呼ばれるものではないかと陛下がおおせだ。

 そしてこのクリスタルパレスの近くにも、おなじ神の宝珠が眠っているという伝説があるんだよ」


 ベルトルトはさらっと言ってしまったが、実はかなり重要な話なのではないかと思えた。

 皇帝は「土のトパーズ」の存在に気づきながらあえて知らぬふりをしていた事になる。


「街の中央に大きな川が流れているだろう?」


 ベルトルトはタカキの顔色などおかまいなしに、あくまでマイペースに話をつづけた。


「川を下っていくと『クリスタルレイク』という大きな湖に出る。

 そこにはちょっとした小島があるんだけど、そこは代々皇帝の直轄地ちょっかつちとなっていてね。

 無断で立ち入ったりすると最悪極刑きょっけいすらあり得る怖い場所なんだけど。

 そこを調査しろ……っていう御下命ごかめいなのさ」

「じゃあそこに宝珠が?」

「かもしれない、っていうお話だよ」


 トパーズ、アメジストにつづいて第三の宝珠の可能性。

 神様の秘宝なのに、こんなにホイホイ登場して良いのだろうか。

 これが運命のみちびき――。というのならタカキのイメージよりもはるかにすごい速度で、運命の歯車というやつは回っているらしい。


「ちょ、ちょっと姉さんに聞いてみないと」

「ああそれはそうだね。良い返事を期待しているよ」


 これが貴族のおおらかさというものなのか。

 ずいぶん大事な話をしてくれたくせに、ベルトルトは何のかけ引きも感じさせないのほほんとした表情で笑っていた。

 

 

 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



 翌朝。


「ああアクアマリンを取りに行くのね? いいわよ」


 タカキは絶句した。

 姉が信じられないくらい簡単にOKしたからだ。


「もしかして俺のほうがおかしいの……?」

「なにが?」

「いや、別にいいんだけどさ」


 おおらかと言うか雑というか。

 けっこうこういう軽い人たちによって世の中って動いていくのかもなあ、なんてタカキは思った。

 

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