第33話 貴族のお酒


 アイシラが酔っ払ったリーフの愚痴ぐちにつきあわされていた頃。

 タカキは上のフロアで貴族のベルトルトのお相手をさせられていた。


 ゲーム制作者のこだわりなのか、帝都の酒場パブは古風なイングランドスタイルになっている。

 一階が庶民しょみん用のパブリックバー。二階が上流階級用のサルーンバー。

 あきれたことに同じ酒なのに値段は倍以上もちがう。彼らは貴族意識のあらわれとして庶民の利益分まで割り増しされた酒を飲むのだ。

 ちなみに身分証の確認などはない。上流階級として二階に登るかどうかを決めるのは本人の精神ひとつだ。

 庶民は酒を楽しむ。

 貴族はプライドを楽しむ。

 それが古風なイングランドパブ。


 ……で、帝国貴族であるベルトルトは当然二階のサルーンバーを使う。

 なぜか帝国民ですらないタカキまで同席させられていた。


「そんなに緊張きんちょうしないで。

 君と仲良くなりたいんだ」

「は、はい」


 タカキは落ち着かない態度でチップスをかじっている。

 なにげなく提供された蒸留じょうりゅうしゅをひとなめしてみたが、口がひん曲がりそうな味がして飲む気はすっかりせた。

 しかしこの一杯で、おそらく安いホテル一泊分くらいの値段を取られてしまうのだろう。


(大人は何だってこんなものを飲みたがるんだ?)


 年下の少年が不思議そうにグラスをながめているので、貴族の青年はおだやかに笑った。


「ははは、実は僕もまだそんなに好きなわけじゃないんだ」


 そう言いつつ、ベルトルトはほんのちょっぴり自分のグラスに口をつけて、しぶい表情になった。


「見た目は奇麗きれいだと思うんだけどね」

「ああ、そうかも」


 透明なグラスに琥珀こはく色の蒸留酒。

 それなりにいろどりは良い。

 丸い氷が浮かんでいるのもセンスの良さを感じる。


「君のお姉さんがつけている宝石と、少し似ているかもね」


 ゆるみかけていたタカキの表情が、ちがう意味で緊張をとり戻した。

 姉の宝石。神の宝珠「土のトパーズ」のことだ。

 この貴族、なにが狙いで二人に近づいてきたのだろう。

 表面上害意がいいはなさそうだが、よく分からない。


「皇帝陛下と昼食をご一緒させていただいてね。

 その時、君たちの話題が出たんだ」

「おれたち、の?」


 タカキは意外に思った。

 あの最強皇帝が自分たちみたいな庶民のことを気にかけるなんて。

 


「そうなんだ。

 不思議な霊力をもった異民族の巫女みこと、それを守る若き達人。

 たいそう関心をお持ちのようだったよ」

「巫女? 姉さんが?」

「違うのかい?」


 ベルトルトはあくまでもおだやかに、しかし真面目な顔でタカキに問う。


「彼女はまるですべてを見透かしていたかのような顔で振る舞っていたと、そう陛下はおおせであったよ。

 さらに彼女は僕とリーフさんの名前と素性を初対面なのに言い当てた。

 神の巫女じゃないっていうなら、彼女はいったい何者なんだい?」

「いやそれは……俺にも、ちょっと」


 タカキとしても、どうにも返答のしようがない。

 姉は、アイシラは、たしかに世の中のことをなんでも知っているかのように行動する。

 彼女が「これから○○がおこる」と言った事件は本当に発生する。もう何度もそんな事があった。

 神の巫女といわれれば、確かにそんなような気はする。

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