第32話 酔った勢いでついフラフラと連れ込まれた女

 流浪の貴族ベルトルト。

 辺境の女戦士リーフ。

 二人との出会いから、数時間後。


「……それでえ、ウチの親ったら今度は結婚はまだか、いい人はいないのかとかって言いだすんですよぉ!」


 女戦士リーフは、アイシラたちの前でベロベロに泥酔でいすいしていた。

 ベルトルトはNPCだったが、リーフのほうは日本生まれ日本育ちのプレイヤーだった。

 彼女は誰でも知っているような有名企業に勤める、28歳の悩み多きOⅬだったのだそうな。


「ヒドくな~い!

 私、高校も大学も親の言うとおりにして、就職だって有名なところにちゃんと入ったのに~!」

「は、はあ」


 アイシラは(早く終わんないかなあ~)などと心の中で思いつつ、リーフの愚痴ぐちを聞かされ続けた。

 どうもいわゆる「灰色の青春時代」を送ってきたらしいリーフさん(日本での名前はおたがい秘密ということになった)。

 しかしその甲斐かいあってか人がうらやむような学歴と仕事をゲット。

 束縛そくばくの強いご両親も数年間は上機嫌で「自慢の娘」と彼女を呼んでいたそうな。


 しかし彼女の年齢が二十代後半になってきたところで、両親は新しい要求をしはじめた。

「そろそろお前もいい人を見つけろ」と。

 今までが今までだけに、ちょっとやそっとの男で両親が納得するはずもない。

 いわゆるエリートにぞくする男を連れてこいという要求だった。


「無茶苦茶なのよもう~!

 誰のせいで男っけのカケラもない人生になったと思ってんのよ~!」

「エリートってのも大変なのね……」


 アイシラはミックスジュースをすすりながらつぶやいた。

 高卒ニートだったアイシラからすれば雲の上での出来事である。


 親の期待にこたえるために一流の進学校に通い、一流大学を卒業して、一流企業に就職して。

 それなのに喜んでもらえたのはたった数年だけ。

 次は一流の男と結婚しろときたもんだ。

 その次はきっと一流の孫を産めとかいうのだろう。

 そこから先は何だろう?

 一流の家? 一流のママ友? 一流の幼稚園?

 きっと自分たちが一流のお墓に入るまで、ご両親の要求は終わらない。


「で、なぁんかもうどうでもよくなっちゃってぇ」


 ようやく話が本題に入った。

 リーフがどうしてこの世界に来たのか。


「家に帰りたくないからお店でお酒飲んでいたのね」

「ああ、実家暮らしだったのね」

「そう! 毎日毎日満員電車で往復2時間! 一人暮らしはさせてくれませぇん!」


 リーフは右手に持っていた木製のジョッキを飲み干し、ダン! と勢いよくテーブルの上に戻した。

 やめてください、ジョッキとテーブルに罪はありません。


「っでぇ、もうど~でもよくなっちゃってぇ」


 そのセリフ二回目です。

 ほんと酔いすぎですこの人。


「店にいた知らない男の人にさそわれて、フラフラ―っとついて行っちゃったの」

「えっそれ一番ダメなやつ」


 話の流れが良からぬ方向へ流れ始めたので、アイシラはサッと顔色をかえた。

 まさかホテルにでも連れ込まれて、そのまま殺害、転生の流れ――。

 だが、そうではなかった。


「気がついたら私、こんな姿でこの世界にいたのよね」

「ホテルじゃなくて異世界に連れ込まれてた!?

 しかも放置プレイ!?

 そんなマニアックな性癖の男いる!?」


 ツッコミを入れざるを得ないアイシラ。

 しかしふとそんなマニアックな性癖の人物を知っていることに気がついた。

 アイシラをこのゲーム世界に連れてきた人物。

 状況的に同じやつか関係者の犯行なのは間違いないだろう。

 

「こっちの世界はこっちの世界できついけどぉ~」


 リーフはジョッキがからだったことを思い出して、店員におかわりを注文した。


「でも、こっちのほうが変に気楽っていうか、ストレス少ないのよねぇ」

「あっそれ、あたしも」


 ガチガチに硬直し、ルールを絶対尊守そんしゅしなくては孤立こりつしてしまう厳しい日本社会。

 あっちよりもこっちの危険な冒険の日々のほうが楽しいと感じてしまうのは、アイシラも同じだった。

 まあゲームなので病気や餓死がしといった不都合な部分を削除カットしてあるからだけれども。


 それでも痛みや恐怖を味わう日々のほうがマシってどうなのよ日本、そう思わずにいられない女子二人であった。

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