第35話 28の初恋

「……じゃあるんだ、そのアクアなんとかってやつ」


 ちなみにタカキは「アクアマリンがある」などとは言っていない。

「湖に浮かぶ小島に神の宝珠があるかもしれない」という話を聞かされた、と言ったのだ。

 そうしたらアイシラの口から反射的にアクアマリンの名が出てきたという、いつもの不可解な展開。

 事情を知らないタカキからすると、この姉は本当に預言者か何かなのだろうかと考えたくもなってくる。


「なんだあ~、それならそうとリーフさんも言ってくれればいいのにな~」


 アイシラはベッドから立ち上がり、腕をのばしてストレッチなんかをしている。

 昨日、結局アイシラは深夜までリーフねえさんの愚痴グチにつきあわされてしまったのだ。

 そのくせ彼女はアクアマリンのことなど一切口にしなかった。

 酒がまわって言うのをすっかり忘れていたらしい。


「島にあるのは「水のアクアマリン」っていうんだけどね。

 超重要アイテムだから絶対欲しいわ」

「そんなに?」

「うん」

「そのトパーズよりも?」

「…………うん」


 少々ばつの悪そうな顔をしながらも、アイシラはうなずいてしまった。

 部族の宝より大事とか言われてしまってはトパーズがかわいそうだ。


「あれ装備しておくと火属性のダメージが完全無効になるのよ……。

 アクアマリン無しじゃちょっと勝てないボスとかもいるし……」


 多少は先祖にたいしてやましい感情を抱いてはいる様子だが、それでも「水のアクアマリン」のほうが価値は上、という考えは変わらないらしい。


 ま、それはさておき二人はベルトルト&リーフのコンビに同行することとなった。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



「わーっ!」


 鉄製の剣を振り上げた筋肉女が、どうにも迫力のない声を出しながら草原をける。

 しかし速さと力強さは十分に合格点だ。

 大ざっぱに振り下ろされた鉄剣の一撃は、正面のゴブリンをあっさり絶命させた。


「トオッ!」


 一方こちらは貴族のお坊ちゃま。

 こちらは見てくれこそキラキラハンサム顔でカッコいいが、剣の腕はからっきし。

 リーフとおそろいの鉄剣を使って、二匹目のゴブリンを浅く傷つけただけに終わった。


 まだ生きているゴブリンは、アイシラが槍でキッチリとどめを刺す。


(……まあゲーム初心者の育成なんてこんなもんか)


 アイシラはリーフ&ベルトルトカップルの戦いぶりをみて、正直ガッカリした。

 二人とも初期装備のまま、なんとなく成り行きまかせで冒険をつづけて今日までやってきたらしい。 


 リーフは戦士系の28歳。

 年齢補正ルールによって初期ステータスが高く、序盤の敵なんぞ努力しなくても一撃でバッサリ倒すことができる。

 ベルトルトはバランス系の16歳。

 初期ステータスは、実はアイシラの次に低く、しかもバランス型という名の中途半端キャラである。


 二人は自然と出会うようにストーリーが設計されており、よほどひねくれたプレイスタイルでないかぎりは二人一緒に序盤の活動をするようになっている。


(で、序盤はまあ自力じりきでクリアしてきてアイシラあたしに出会った、と)


 ため息をつきたくなるのをグッとこらえて、アイシラは微笑ほほえんでいる。


 リーフは日本にいたころゲームというものをまったくやったことが無かったらしい。

 クラスメイト達が教室でワイワイ楽しくやっているのを見て、むしろ軽蔑けいべつしていたのだとか。

 彼女の青春時代は徹底的なガリ勉。

 社会人になってから飲酒という趣味しゅみをおぼえたようだが、他にも何かやってみようという考えにはいたらなかったようだ。


 そんな彼女が序盤とはいえ無事生きのびてきたのだから、むしろ喜ばしい出来事だろう。

 弱っちくてバカにしたくなってしまうがゲームの先輩としてそれは絶対にいけない。

 今、リーフは貧弱ひんじゃくなNPCをかばいながらこのゲーム世界を楽しんでいるのだ。

 彼女の笑顔にどろるような真似をしてはいけない。


「イエーイ!」


 リーフとベルトルトが笑顔でハイタッチをわしている。

 れた雰囲気ふんいきをさっするに毎回やっているのだろう。

 28歳女戦士がキラキラしたひとみでポッとほほめながら16歳貴族を見つめる様は、どうしてもジャニ系アイドルにはまった非モテ女という印象をうける。


(この人、ヒモとかホストにはまらなくて良かったな……)


 とか何とかアイシラが思っていると。


「イエーイ!」


 リーフのハイタッチはこっちの方にも飛んできた。


「イエー……っとと!?」


 想像以上のパワーにアイシラはのけぞった。

 初期装備の剣ひとつでここまでやって来ただけあって、《力》ステータスだけはけっこう育っている。


「あっごめんなさい! 私ったらつい!」

「い、いいのよ」


 ちから加減かげんのミスを素直にあやまる彼女。

 悪気わるぎのないリーフの人柄ひとがらに接していくうち、アイシラもだんだん好感をもってきた。


(よし、あたしがこの人をきたえてあげよう)


 このままではいつかゲームオーバーになって、リーフは現実にもどされてしまう。

 彼女のアイドル・ベルトルトとはもちろんお別れだ。

 せっかく出会えた王子様と死に別れというのでは、あまりにむなしい。

 これまで人生をいっぱい頑張ってきた彼女なのだから、もっと幸せになる権利はあるだろう。


「よーし! この魔法少女アイシラたんが、二人をとっても強くしてあげるね!

 まずはサブ武器と回復魔法!」


 ずっとだまって見守っていたタカキが、後ろからツッコミをいれた。


「いや姉さんそればっかりだね」

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