第29話 帝都のレストラン

 帝都クリスタルパレスの中央にはクリスタルリバーという大河が流れており、下流に行くとクリスタルレイクという大きな湖がある。

 なぜそんなことを解説するかというと、この街は新鮮な魚介類がたくさん獲れる土地だと紹介したいからだ。


 こじんまりとした庶民しょみんむけの、しかしちょっとしたセンスの良さを感じさせるレストランを見つけたアイシラたち。

 二人が選んだ晩餐ばんさんはシェフのおすすめ「川魚のハーブ焼き~季節の野菜を添えて~」だ。


「んー! おいしー!

 この焼いたプチトマトみたいなのもサイコー!」


 遊牧民としてすごした一ヵ月ちょっとの間、食生活の中心はわずかな肉と小麦であった。調味料はほぼ岩塩のみ。

 まずくはないが毎日ではさすがにきる。

 そんなわけでオーブンで焼いた川魚は、アイシラにとって思った以上のごちそうだった。

 つくづく自分は日本人なんだなあと、内心でアイシラは思う。


「今度は海にもいこうね~。

 浜辺でバーベキューとか最高に楽しそう」

「姉さんといると全然退屈しないね」


 あきれているような楽しんでいるような、どちらにもとれる曖昧あいまいな笑顔を浮かべて魚をつついているタカキ。


「俺はちょっと長老じいちゃんたちのことが心配かな。

 もう俺たちは守ってやれないんだしさ」

「ん~それについては、そうだなあ……」


 そう言われるとアイシラとしても心配になってくる。

 残された人たちの戦闘力なんてたかが知れていた。

 もう一度本格的な襲撃をうけたら今度こそ最期だ。


「あたしが、このトパーズを見せびらかしながら大活躍するっていうのは、どうかな」

「はあ?」


 アイシラは服の内側から宝物を取り出した。

 神の宝珠「土のトパーズ」を中央にあしらったネックレス。

 高価なものであることはどんな素人にも分かる。プロの目にかかればこの世に二つとない伝説の秘宝だと分かってしまうだろう。


 そんな物を身につけながら世界各地で大活躍する美少女があらわれたなら、話題になるに決まっている。

 各地でモンスター軍団を支配している邪神の眷属けんぞくたちにも広まっていくだろう。

 そうなれば敵は直接アイシラをねらう。遊牧民の村をねらう意味は薄くなる。

 

「どうかな?」


 敵の注目を自分に集めてしまおう、なんて。

 とんだ破天荒はてんこうなアイデアを言われて、タカキは笑いだしてしまった。


「姉さんらしいや」


 笑いながら彼はフォークでチョコチョコと野菜を皿のすみに追いやっていく。

 食べようという気配はない。


「あんた、野菜もちゃんと食べなさいよ」

「い、いいじゃない別に」

「だーめ、人間はね、色々なものをバランスよく摂取せっしゅするべきなのよ」


 言いながらアイシラは彼のブロッコリーに自分のフォークを突き刺す。

 そして弟の口元に近づけた。


「最強になるんでしょ~」

「ぐ、ぐぬぬ」


 タカキは心の底からいやそうに口を開ける。

 アイシラは緑のかたまりをその奥へ押し込んでやった。

 目を白黒させながらアゴを上下させている弟。

 そんな微笑ほほえましい光景をながめていると、新しい客がガヤガヤと騒々しい声を出しながら入店してきた。


「おうオヤジ、酒だ酒!」


 すでに酔っぱらっている数人の男。

 声もデカけりゃ態度もデカい。

 ドカドカとうるさい音をたてながら、案内もされていないのに一番いい席を占拠せんきょしてしまう。

 ジロジロと不作法な目つきで他の客を物色ぶっしょくしては、にらんで威嚇いかくしていた。


(いやな感じ)


 酔っぱらいたちが来店してまだ十秒そこそこだが、アイシラはさっさと店を出る決心をした。

 さてそのためにはこの野菜嫌いの弟を早くなんとかしなければ。


 ……しかしそんな考えも間に合わず、トラブルのほうから二人に近づいてきてしまった。


「ああ~ん? いつからこの店は託児たくじしょになったんだ~?」


 ガリガリにやせた、赤い顔のおっさんがからんでくる。

 どうみても指一本で殺せるくらいのHPしかなさそうだが、本人にその自覚はないようだ。

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