第28話 あやしげな視線

 カン。カン。


 先ほどとはうって変わって大人しい音が、宿屋の裏庭にひびく。

 なおも姉弟は槍のお稽古けいこをつづけていた。

 さすがに初心者が本気でやり合うのは傲慢ごうまんであったと反省し、今度は手加減モードだ。


 ゆっくり、ゆっくり。


 打ち下ろし、なぎ払い、突く。

 一つ一つの動きを確認するように、ゆっくりと行う。

 ひと通りの動きが終われば攻守を変えて同じことをする。

 かれこれ一時間は経過していた。


「ねえちょっとレベル上がったと思わない?」

「うん、わりと良い感じ」

「……ちょっとハードな練習に変えてみる?」

「それはダメ!」


 前言ぜんげん撤回てっかい

 アイシラはあまり反省していない。

 しかし相手がのってこない以上ワガママなこともできず、平凡なゆっくりトレーニングをつづけるしかなかった。


「……ねえ、姉さん」

「なに? ハードモードにする?」

「そうじゃなくて」


 目を輝かせるアイシラに対しうるさそうな顔をするタカキ。


「なんかさっきから、こっちを見ている人がいるんだけど」

「え?」


 アイシラが後ろをふり返ると、サッと身をかくす人影があった。


「……?」


 サッと軽い駆け足で建物のかげを確認しに行ったアイシラだったが、もうそこには誰もいなかった。


「街の人かな」

「姉さんにも分からないこと?」


 なんだかふくみのある言い方をするタカキ。


「そりゃそうよ。あたしだって分かんないこといっぱいあるんだから」

「ふーん。

 まあ俺はなんでもいいけどもう日が暮れるよ。

 そろそろ終りにしよう」


 夢中になって槍を振っているうちにすっかり日はかたむき、街は夜のにぎわいを見せはじめていた。

 アイシラたち遊牧民なら全員家の中へ入る時間だが、帝都の夜はまだこれかららしい。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



 メインストリートには数えきれないほどの店がならび、それぞれの店がったデザインのランプをるして路上を照らす。

 百をこえるかもしれない大量のランプがならぶきらびやかなさまは、まるで祭りの屋台村のようであった。


「わあー! なんか見ているだけでワクワクするねー!」

「うん、草原にいたんじゃ一生お目にかかれない光景だなあ」


 灯火ともしびと人の群れに誘われて、二人は夜の街を歩きまわる。


「ん……」

「どうかした?」


 タカキは途中何度か後ろをふり返る。


「やっぱり誰かに見られているような気がするんだよな」

「やだ、スリとか強盗だったらどうしよう」


 なにせ姉弟はまだ15歳と14歳だ。

 しかもあきらかに周囲とはちがう異民族風の格好をしていて、いかにも帝都には不慣ふなれな印象を他人にあたえてしまう。 

 さらに実は世界に一つしかない神の宝珠を持っていたりもする。

 犯罪者が狙いたくなるような条件は、ちょっとあり過ぎて笑ってしまうようなレベルだった。


「いざって時はやるしかないな」


 タカキはそう言ってこぶしをグッと握る。


「そうだね」


 そんなイベントは存在しないけど――。

 という言葉は飲み込んで、アイシラはタカキと手をつないだ。

 何があっても、二人でならきっと大丈夫。


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