第26話 少年はさらに一歩前へ

 帝都クリスタルパレス。

 アイシラたちが生まれ育った辺境などとは比べ物にならないほど人口は多く、それだけに商業は盛んである。

 武器屋・道具屋は質も量もすぐれており、魔法書店も数多くあった。


「よしタカキ! 今日は念願ねんがんの魔法を買うわよ!」

「あー、あれ本気だったんだ……」


 イキイキとした笑顔のアイシラに対し、タカキの反応はにぶい。

 ここまで物理攻撃に特化した冒険をしてきた彼は、自分も魔法を使えるというイメージがわかない様子だった。


「だいじょーぶ、あたしも同じ魔法を買うから、わかんないことがあったら何でも聞きなさいよ」

「……だったら姉さんだけで良いんじゃない?」

「ダメダメ、超ウルトラ激安チート魔法なんだから、買わなきゃぜったいそんよ!」

「はあ、そのウルトラなんとかってどんな魔法?」

「ベホマ」

「は?」


 日本人ならこの3文字で多くの人が理解する事であろう。

 しかしタカキに通じるはずもない。


「ケアルガ、ディアラハン、あとはえっと……。

 まあとにかく、傷をぜんぶ治しちゃうすっごい魔法よ」

「そういうのって値段も高いんじゃないの?」


 チッチッチ。

 アイシラは人指し指を左右にふりながら舌を鳴らす。


「どういうわけかこのゲーム、水魔法だけレベル1で手に入るのよ。

 消費MPも最低値。値段もたったの150ゴールド」

「……ゲーム?」

「ああいや、それはさておき」


 おそらく開発チームの設計ミスだろうと言われている。

 どういうわけか水系統の「いやしのみず」は戦闘中だけ『HPが全回復する』魔法になるのだ。

 戦闘中以外に使用すると回復量は30%である。

 ちなみに最大HPの30%を回復させるアイテム「きずぐすり」が3個セットで50ゴールド。

 MAX回復の魔法が150ゴールドで、30%回復の使い捨てアイテムが50ゴールドだというのだから、いかに「いやしのみず」がぶっこわれ性能なのかがよく分かる。


 ちなみにアイシラが本来得意とする土系統の回復魔法「つちのいやし」は上から3番目の上級魔法で2300ゴールドもする。回復量は最大HPの60%。

 こっちはこっちで設計ミスのような気がする……。ふつう逆だと思うのだが……。


「回復魔法が手に入ったことで、訓練なぐりあいも今まで以上に効率よくできるってわけよ」

「なるほど、それは納得」

 

 タカキはなんと無理に押しつけられていたはずの「ハルバード」を握りなおし、しげしげとながめはじめる。


「……槍と魔法を使えば、今よりもっと強くなれるの?」

「えっ、う、うんそうだけど」


 アイシラは目を丸くした。あんなに嫌がっていたのに。


「どうしたのよ急に」

「いや、まあ、ちょっと」


 タカキはちょっと恥ずかしそうだ。

 顔を赤くし、目線をそらしてしまう。


「皇帝陛下やベラさんを見て、強さってのも色々とあるんだなぁ、なんて」


 どうやら新しい出会いが彼にとって良い刺激になったらしい。

不殺ころさずの剣豪」と「幻影の踊り手」。

 どちらもタカキとはまったく違う戦闘スタイルでありながら、間違いなく強者とよべる人たちだった。

  

 彼はまだまだ世の中を知らない。

 知らないということをここ数日の出来事で感じ取ったのだ。


「なんだかちょっと分かった気がするんだ。

 俺はもっと色々知って、もっと強くならないといけない」

「うん、うん! なれるよ!

 タカキはきっと誰よりも強くなれる!」


 キラキラしたひとみで喜ぶ姉の姿をみて、弟は恥ずかしそうに笑うのだった。

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