第22話 ヒーローはいいタイミングであらわれる

 男たちは全員ナイフをかまえて、タカキを半包囲する。

 モンスターの爪牙そうがにくらべればこんなものオモチャ同然だが、それでも凶器にはちがいない。

 タカキのほうもかまえに本気の闘気が満ちてきた。


 一触いっしょく即発そくはつ

 せまい室内が殺気で満ちあふれ、爆発寸前となる。

 そんなタイミングだった。


『待て』


 おだやかな、しかし不思議とよく響く男性の声が双方の動きを止めた。


『世に悪のさかえたためし無しだぞ、エドムン』

「な、何者だ、姿を見せよ無礼者!」


 部屋の外、通路の奥から何者かが近づいていくる足音がする。


 カツーン、カツーン、カツーン……。


「来た」

「来たって誰が?」


 アイシラの言葉に、ベラは当然の疑問を抱く。

 少女はさも当たり前のことのように自信をもって答えた。


「皇帝」

『皇帝!?』


 室内に居た十人以上がいっせいに声をあげた。

 そんな馬鹿なと言い返すひまもなく、問題の男が姿を見せる。

 

「しばらく見ぬ間に、さらにえたなエドムン」

「へ、へ、陛下! なぜこのような所に!?」


 皮肉にも男の素性すじょうを正しく保証できたのは、帝国貴族である悪の親玉ただ一人だ。下賤げせんの者たちは皇帝の顔なんて知らない。

 まぎれもなく帝都クリスタルパレスを支配する皇帝・カール二世その人であった。


「なぜだと? このような悪事をかさねておいてなぜも無いだろう。

 貴様のような悪をらしめるために、みずから出向いてきたのだ。

 代々続いてきたこの家も貴様のような悪党が生まれたせいで断絶だ、エドムン」

「ふ、ふ、ふざけるな! そんなことをさせるものか!」


 あっさりブチ切れる悪の親玉。

 まったくお約束のかたまりみたいな奴だ。


「たった一人で乗り込んできたのが運の尽きよ、斬れ、斬れ!

 皇帝陛下の名をかたる不届き者よ、斬り捨ててしまえ!」


 主人の命をうけ、悪漢どもはアイシラたちから皇帝へと狙いを変えた。

 だが。


 ドカッ! バキッ!


 さすが時代劇のヒーロー、じゃなかった皇帝陛下。

 近よる悪漢どもをあっさり素手で叩きのめしてしまう。


「こんな場所ではおたがい身動きとれまい。

 ついてまいれ!」


 言うなり通路の奥へと走り出してしまった。


「に、逃がすな、追え!

 取り逃がしたらわしらは全員処刑されるぞ!」


 エドムンは血相けっそうをかえて悪漢たちを追わせる。

 本人も後を追おうとするが、しかしここでチラっとアイシラたち三人のことを見た。


 ――この三人、人質として使えるか?


 わざわざ声にしなくても、顔にそう書いてあった。

 しかしタカキが油断なく身構えているのを見て面倒くさくなったのか、実行はあきらめたようだ。


「ええい、女子供なんぞ後からどうとでもなるわ!」


 そう吐き捨てるとドスドス大きな音をたてながら部屋を飛びだして行った。


「よし、あたしたちも追うわよ」


 積極的に参加しようとするアイシラ。

 それに対しベラドンナは消極的な反応を見せた。


「……なんかさっきの人、ほっといても良さそうな雰囲気ふんいきじゃなかった?」

「まあね。ほっといても皇帝が勝つけど」


 途中まで言ってから、アイシラはニヤッと人の悪い笑顔を見せた。


「参加するとあとでご褒美ほうびがもらえんのよ」

「あ、そういうことね」


 納得がいったようで、ベラドンナは自分の装備をとりだした。

 細身の長剣《エストック》。中ランクの武器である。


「あのデブオヤジは殺さないでね。『善人判定』っていう隠しパラメーターがマイナスになっちゃうから」

「こまかいのねー。ザコ敵は?」

「お好きなように!」


 まったく物怖ものおじせず通路を駆けてゆく女二人。

 すぐ後ろをついていくタカキは、


「あのおっさん、みずから不幸を呼び込んじゃったみたいだね」


 と苦笑するのだった。

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