第21話 夢、あるいは幻のような女

 ベラドンナ・リリー。

 26歳 女 踊り子。

 まぎれもなく8人の主人公キャラの一人だった。


 美しい紫色の宝石がついたネックレスを身につけている。

 神の宝珠のひとつ「幻のアメジスト」だ。


 彼女はこれといった固定のストーリがない、というある意味めずらしいキャラクターだ。

 スタート直後に酒場で踊ると吟遊詩人から「幻のアメジスト」をもらうというイベントがあるが、これすらも強制イベントではない。


 自由に世界を旅し、一つの土地にとどまることを知らぬ。

 どこからともなく現れて、またどこかに去っていく、まさに夢か幻のような美女。

 人々はただ胸の内に彼女の思い出を残すのみである。 


 その彼女が、いま目の前に。


「ベラドンナ!」


 猿轡さるぐつわを外してもらったアイシラは初対面の人物に対し、いきなりその名を言い当てた。


「あなたはプレイヤーなの!?」


 あまりにもストレートすぎる質問をあびせられてベラドンナは目を丸くし、そして苦笑した。


「もうちょっと探りあうようなドラマを楽しみたかったんだけどなあ、わたしは」


 遠回しにではあるが、質問の答えはイエスだった。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



「ふうん、つまりあんた達も突然ここに連れてこられたわけだ」

「そうなのよ、もうビックリ」


 全身をしばるロープから解放してもらって、アイシラは興奮ぎみにおしゃべりをつづけた。

 なにせ自分以外のプレイヤーと会話をするのは初めてである。

 しかも女同士、とらわれの身。

 自然と親近感がわいた。


「NPC(ノンプレイヤーキャラクター)の仲間と旅をしていたんだけど、いつの間にかこんな所に閉じ込められちゃってね」

「そっかー、ヤバいね『謎すぎる秘密結社(笑)』」

「……なによそれ?」

「あたしらをさらった奴らの通称」


 そんな他愛たあいもない会話がしばし続き、ベラドンナはアイシラの顔をまじまじと見つめる。


「ふーん、つまりあなたはこのゲームにくわしいんだ」

「まーねー。ベラドンナはそうじゃないんだ」

「ベラって呼んでよ。わたしは初代はやってないな。

 ソシャゲで知って、最近のをいくつか遊んだくらい」

「そっかー」

「ねえ、これイベントなんだよね、これからどうなるのわたし達?」

「んーたぶん今日中に終わるよ?

 これ意外とあっさりしたイベントだから」


 そんなことをアイシラが言った瞬間だった。

 ガチャリと鍵があく音がして、監禁部屋のドアが開かれる。


「おお、これは美しい女どもだ! よい買い物をしたわい!」


 ものすごく太った金持ちっぽい服装の男が真っ先に入ってくる。

 後ろからはボディーガードらしき大男たちが数人。


 アイシラ、タカキ、ベラドンナの三人は一斉に「うわあ……」とため息まじりにつぶやいた。


 見た感じ120kg以上はありそうな超デブオヤジ。

 高級そうな葉巻を口にくわえ、手には赤ワインのはいったグラスを持っているという、おそろしくベタベタな悪役キャラだった。


「え、こいつがボスなの?」

「うんまあそうなのよ」


 心底いやそうな声でアイシラに耳打ちするベラドンナ。

 アイシラも似たような顔でうなずいた。


 このエロオヤジの名はエドムン。

 人身売買組織から若い女を買いあさって自分の屋敷にハーレムをきずいている、典型的な腐れ貴族である。


「さあこっちへ来い、今日から私がお前たちの主人だ!」


 ドスンドスンと足音をひびかせながら欲にまみれた魔手をのばしてくるエドムン。

 しかしその前にタカキが立ちはだかる。


「なんだ貴様は」

「姉さんに手出しはさせないぞ」


 にらみ合う少年とデブオヤジ。


「フン!」


 しかしエドムンはあっさり後ろに下がった。


「おい、この生意気な小僧に思い知らせてやれ!」


 さすが貴族、他人を使うことにためらいが無い。

 自分は安全な後ろへ下がって、危険なことは手下にまかせようという魂胆こんたんだった。


 主人に命令されて強そうな男たちがゾロゾロとタカキの前に集まってくる。

 

「おいボウヤ、逆らうとすごく痛い目にあうぜ?」


 こぶしをゴキゴキ鳴らしながら偉そうに見下してくる手下ども。

 タカキも負けずに強気な態度で言い返した。


「やってみろよ」

「このガキ!」


 男が拳を振り上げる。

 しかしそれが振り下ろされることもなく、男はあっけなくその場にくずれ落ちた。

 今のタカキに一般人が喧嘩けんかいどんで勝てるわけがない。

 目にも止まらぬような速さで右フック一閃。

 みごとなワンパンチKOである。


「ええい何をモタモタしておるか役立たずども!」


 男たちのやとぬしであるエドムンが足をドン! と踏み鳴らして怒りのアピールをする。

 男たちは目の色を変え、こしびていた安物のナイフを抜いた。

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