第10話 故郷壊滅イベントを突破せよ

「姉さん!」


 背中にタカキの声を聞きながらアイシラは飛びだす。


 大丈夫だ。

 自分はこのイベントでは死なない。

「故郷壊滅イベント」は戦闘に負けてもストーリーが進むイベント。逆に言うと勝っても同じ展開になるイベントである。


 ボスのオーガロードは普通にプレイしていたのでは倒せない強敵だ。

 はじめてアイシラをプレイしたという人はまず間違いなく負けて、しかし生きのびるというストーリを体験する。


(だから大丈夫。大丈夫。私は死なない……!)


 燃え盛る炎が敵の姿を必要以上に大きく、そして強そうに際立きわだたせる。

 だが恐れてはいけない、戦うのだ!


 下っぱの雑魚オーガがこちらに気づいたのか向ってきた。

 このゲーム初戦闘である。


「グガアア!!」

「邪魔ッ!」


 アイシラは覚悟を決め、自分よりはるかに大きいモンスターに素手でむかって行く。

 

《せいけんづき》!


 ドゴォッ!


 可憐かれん乙女おとめこぶしは予想外に強力であった。

 自分の倍以上も体重のありそうな怪物を一撃で消滅させる。

 

「楽勝!」


 伊達だてに毎日毎日なぐり合いをつづけてきたわけではない。

 序盤の敵など相手にならぬ。


「姉さん、一人で突っ込んじゃダメだ!」


 弟のタカキも合流してくれた。

 これで二人パーティ。

 正直助かる。


「行くよ! あのでっかい奴を倒せば逃げてくはず!」

「わかった!」


 アイシラとタカキは小細工こざいくなしに堂々と中央の道を走る。

 いやでも目立つ二人の赤毛を、オーガの子分たちは見逃さなかった。

 今度は三匹。まったく同じモンスターが二人の前に立ちはだかる。


「お前ら……よくも!」


 村が燃えている。

 人々が殺されている。

 みんな生まれた時から共同生活を送ってきた、同じ民族の仲間たちだ。


「うおおお!」


 ひとみに怒りの炎を燃やし、タカキは全力で蹴りをはなつ。


《しんくうは》!


 ザシュッ!


 たった一振ひとふりの回し蹴りで、三匹のオーガはひとしく真っ二つに両断された。

 圧倒的な強さにアイシラはれする。


(勝てる! これなら余裕よゆうでいけるはず!)


 通常のストーリだと、勝ったとしてもアイシラはちからきて意識を失ってしまう。

 そして目をさました時は自分以外誰も生き残っていないという、負けた時と同じ展開になるのだ。


(だったら力尽きなきゃいいんじゃない?)


 安直な考えかもしれないが、自分が元気だった時にはどうなるか、ためしてみる価値はあるだろう。

 あとのストーリがどうなろうと知ったことか。

 始まったばかりだというのにすでに物語は壊れはじめている。


「故郷壊滅イベント」がおこる条件はフィールドに出て15回戦闘をすること。

 だけれど一回も戦っていないのにイベントはおこってしまった。

 ゲームがそういう理不尽なことをするのなら、こっちだって律儀りちぎに悲劇のヒロインなんてやってやらない。


(全然別のゲームになったってかまうもんか、あたしは、あたしの家族を守る!)


 アイシラとタカキ、育ちすぎてしまった『総戦闘回数たった2回』のパーティは、無傷でイベントボス「オーガロード」と接触した。




 WARNING!WARNING!WARNING!WARNING!


       オーガロード登場!


 WARNING!WARNING!WARNING!WARNING!


 

 

 脳内の画面に警報が。

 つづいてボス戦のBGMが流れ出す。

 マニアの間で神曲かみきょくって言われているやつだ。


「音楽聞いてるヒマなんてあげないよ!

《ストーンショット》!」


 土魔法によって生みだされた石弾がオーガロードの顔面を直撃した。

 ロードなんて呼ばれていても所詮しょせんは脳筋バカ。

 いとも簡単に敵対心ヘイトがアイシラに向けられる。


「ウガッ!」


 オーガロードは巨大な手でアイシラの身体をつかんだ。

 そのままにぎりつぶそうと圧力をかけてくる。

 

《にぎりつぶし》!


 万力まんりきのような怪力が全身を締め上げる。

 だが、アイシラは平然としていた。

 この日のために毎日毎日痛みに耐えてきたのだ。


「効かないなあ~もっと本気でやってみなよ、ホラホラ」

「グッ!」


 血反吐ちへどを吐いて死ぬはずの小娘に平気な顔で挑発されて、オーガロードはムキになった。

 アイシラの肉体を今度は両手で締め上げる。


「まだまだ~、あたしはピンピンしてるよ?」

「ウガー!」


 HPは減っている。だがヘラヘラと笑みを浮かべるだけの余裕よゆうがあった。


「姉さんを離せよ、化け物」


 敵のターンは終わった。今度はこちらのターン

 オーガロードは完全に興奮しタカキの存在を忘れていたので、彼はもっとも得意な接近戦の間合いに楽々と近づくことができた。


 アイシラを握りつぶすためにオーガロードは両腕を前にのばしていた。

 そのガラ空きのわきばらに、大量の拳が炸裂する!


《ばくれつけん》!


「ウオオオオオ!!」


 目にも止まらぬ速さで打ち込まれる鉄拳の嵐。

 ベストポジションから放たれた怒涛どとうのラッシュが全弾クリーンヒット!

 オーガロードの巨体はあっけなく砕け散った。


「きゃっ」


 急に解放されてアイシラが倒れそうになる。

 タカキは腕をのばし、姉の身体をささえた。

 

「大丈夫?」

「ありがと。カッコよかったよ」

「姉さんもね」


 姉弟は笑顔で健闘をたたえあった。

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