第五話 キミの言葉と死の未来——二人の出逢いⅣ——
ルナディアはもうすぐ死ぬ。そしてそれを九十八回繰り返している。何度頭の中で反芻してみても、理解が及ばない。好みでない物語を読んだ時の様な、文字は読めるけれども、内容が頭に入ってこない感覚に近いものを覚える。
ルナディアは混乱の最中にいるボクをみて、それもそうだろうというように苦笑いしている。
「どこから話せばいいものか……ノッテは、私についてどれくらい知ってる?」
「え、あ……リンドバール公爵家の、すごい美人の令嬢で、この国の王子と婚約してる……ってことくらい」
「……そうやって、美人、美人って言われると、少し照れるわね」
「お姉ちゃん以外で、こんなに美人がいるんだって思ったよ……って、そこは今はいいだろ」
「ごめんごめん、ノッテに言われるの、嬉しくて……また、混乱させちゃう様だけど、まず私が、この世界の人間じゃなかったって言ったら、理解できる?」
「できるわけない、だろ。どう言う事だよ」
「えぇと、ね——」
彼女の口から出た言葉を、精一杯要約すると、こうだ。
彼女には、前世という、いわばルナディアとして生まれる前の記憶があるらしい。その前世では、『ニホン』というこの世界とは違う、遠い世界で過ごしていたそうで、ある日不慮の事故で亡くなった彼女は、その精神や記憶のみを引き継いで、ルナディア=リンドバールとしてこの世界で生を受けたそうだ。
「まさか自分が、なんて思ったりもしたわね」
「ニホン……よく、わからないけど……」
「……案外、受け入れてくれるのね。もっとこう、『何を訳わからない事を!』とかいうかと思ったわ」
「話は最後まで聞いてから、判断したいからね。それで、その前世がキミの死にどう関わってくるのさ」
「……ありがと……あ、ああ、その前世は直接死には関わらないわ。ただ、この世界に生まれる時に、声がしたの」
「……声?」
前世で死を迎えた彼女は、暗くも明るくも、白くも黒くも感じられる不思議な空間を漂っていたそうだ。これが死ぬっていう事なのかと、どこか他人事の様に考えていると、どこからか。
——お前の『役割』は、敗れ、死に往く運命の令嬢だ——
その様な声が聞こえてきたらしい。
訳もわからず、呆気に取られていると、身体、というより魂がどこかへ引っ張られる様な感覚がして、気がつくと幼いルナディア=リンドバールとして、この世界に居たそうだ。
「——自分でも訳がわからなさ過ぎて、びっくりしたわ?……ルナディアという人間として、両親や兄達に愛されてきた記憶もある。けれども、日本で過ごしていた頃の記憶も確かにあって……」
「そのニホンって所にいた記憶は、今でもあるの?」
「あるわよ。記憶がある私が今一番不満に思っているのは、リンドバール家の食卓には、米も醤油も味噌も並ばないって事だわ」
「ショウユ……ミソ……?……っていうか、死ぬ事は一番じゃないのか」
「それはまぁ……もう、いいかなって……それで、生まれ変わった私に、事件が起きた」
「事件……それが、直接的な死に繋がるんだね」
「そうよ。さて、ノッテは私がセンテンブル王国第三王子、アルデルと婚約してるのは、知ってるのよね?」
「そこまで詳しくは知らなかったけど、婚約自体は知ってるよ」
「あいつ、浮気してるのよ」
「は、あ?」
生まれ変わって初めての頃は訳がわからなくも、新たな生を謳歌する様に育っていた彼女は、ある日第三王子との婚約を親より伝え聞かされる。まさか王子様と結婚できるなんて、と夢心地だった彼女に突きつけられたのは、残酷な裏切りだった。
第三王子は、『ミストレア』という女性に移り気を起こしていたのだ。
「声が示した、『敗れ』っていうのは、恋に破れる、浮気をされるって意味合いでもあったんでしょうね」
「な……そのつまり、今も……?」
「ええ、してるわ。……他の、『私の噂』は聞いた?」
「えぇと……ごめん、あまり良い噂は、聞いてない」
「そう……出来ればノッテには聞かれたく、なかったな……まぁ、その。……私がそのミストレア嬢に、悪質な嫌がらせをしてるって噂が、あるのよ」
『ミストレア』に入れ込んでいた第三王子は、その噂を鵜呑みにして激怒し、ルナディアに対し、両家の正式な婚約にも関わらず、破棄を申し付けたそうだ。
どうしてその婚約破棄が、彼女の死に繋がるのかと問うと、噂の中での、その女性への仕打ちがあまりにも手酷く、悪質で、中には罪にも問われるものがあるからと、真偽の是非を問う前に投獄されてしまったのだそうだ。
ここまでの話をするルナディアは、自嘲するような笑みを浮かべながらも、でも悔しそうに自らの傍のシーツをぎゅっと握りしめていた。
「そして、憐れ囚われの身になった私は、牢獄の中で不審な獄中死。あるいは、それを避けても、国外追放に処され、その道中で死ぬってわけ……嘘みたいな、馬鹿みたいな話、よね」
「その婚約破棄を言い渡されるのが三日後で、投獄された場合は三日後、追放なら十日後に……って事か……」
「そういう事よ。最初の一回は、本当に悪い夢だと思ったわ。けれど、またあの不思議な空間を漂って、二度、三度と繰り返す内に、これは現実なんだと思い知らされたわ」
彼女はその惨たらしい人生の終焉を、都度九十八回経験しており、その一度足りとて例外はなかったと、どこか遠くを見る様な目で語ってくれた。
「……まぁ、細かい違いはあったりもするわ?それこそ……ふふ、実はノッテとここで逢うのは、初めてなのよ?」
九十九回目の今回、初めてボクという存在がこの日現れた事に驚いた彼女は、気紛れに血をあげてみようと思ったのだと、少しだけ嬉しそうに話してくれる。
ただ、ボクの頭は、もういろんな情報が一度に入ってきてしまって、相変わらず混乱の最中にある。
ひとつだけ、そう、ひとつだけわかることがあるとすれば。
「……ルナディアは、嘘は、言ってない」
とりあえず、それだけは何故かわかった。
この短い時間で見せてくれた表情や、彼女の美しさ、そして血の甘さに絆されてしまったのかもしれない。けれどボクにはどうしても、彼女が嘘をついている様にだけは思えなかった。
「……信じて、くれるの?」
「……ごめん、キミの話す内容は、正直、わけがわからない……けど、キミの事は信じられる気がする」
「……ノッテはまた、そうやって……ま、人が勇気を出して口にした内容を、『わけわからない』で済ませるのは、心外ね?寂しいわ?」
「そ、それは、ごめん……だけど、えっと……」
「ふふ、冗談よ。まさかこんな話、わかってもらえるとは思ってないから。……どうせ、信じてもらえないと思ったから、話したわけだし」
「……またいじわるいったな……でも、ニホンとか、浮気とか、死んじゃうって言われても、わかんないよ!」
「まぁそうよね。三日後の貴族子女のみで行われる舞踏会まで、確かめようもない事だし。確かめられた頃には、私はもう身動きが取れないでしょうし」
「……その、死ぬってわかってるのに、どうしてまだキミはここにいるんだ?その女性に関してだって、噂される様な事はしてないんだろ?」
ルナディアは美しい人だ。そしてそれ以上に、今日初めて逢った筈のボクにだってわかるくらい優しい人だと思う。だって、優しくなければ唐突に現れたボクを受け入れて、その上自らを傷つけて血をくれたりするだろうか。そんな人が、いくら浮気されたとして、犯罪の様な事をするだろうか。
だけど、彼女はボクの言葉を聞くと、ほんの少しだけ苛立った様に、眉を顰めた。
「……してないわ」
「だったら!……キミが無実であるなら、そうであれば」
「そうであれば、なに?逃げるなり、訴えかけるなりすれば良いって?……勿論、『何度も』したわ」
「……じ、じゃあ」
「でも、無駄だった。人の力では及ばない何かが働いているみたいに、どうして無駄になるのかはわからない。……はじめの四十回くらいは、色々試した。思えば結構、頑張ったわ?」
自分の事を頑張ったと称賛している筈の彼女の表情は、むしろ自分自身にこそ呆れている様な、やはり諦めている様な表情をしていて、ボクの目には、それが何故だか、ひたすら悲しいものの様に映った。
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