第二話 美しきキミと弱いボク——二人の出逢いⅠ——
「変質者じゃない!!……コホン……ボク、じゃなくて……余の名はノッテステラ。偉大な夜の主にして高貴な吸血種だ。其方にその純血の血を捧げさせる為に参った」
「ノッテステラ……ノッテ……愛称は、ノッテ、かしら。ふふ、やっぱり可愛らしいわね。」
「気安く呼ぶでない!ノッテステラ様と呼べ!」
「はいはい、ノッテ様。私の事は……知ってくれてるのよね?」
ルナディアは怯えた様子は微塵もなく、既にボクに親しんでいる、というより嘗めている。
それにしてもどうしてボクの、お姉ちゃんにしか呼ばれたことのない愛称がバレているのか。まさかとは思うけれど、この女、記憶を読む類の魔法を使うことができるのだろうか。
ボクの『ノッテ』という愛称を言い当てた彼女は、ボクの偉大なる姿を、まるではしゃぐ仔犬を眺めるかの様に目を細めて、撫で回す様に見つめ始めた。公爵令嬢のくせに、その視線はなんだかいやらしいモノの様に感じられる。
「ねぇノッテ様、その服装は自前のもの?……失礼かもしれないけど、恥ずかしくないの?」
「は、恥ずかしいわけ、ないだろ!これは、我らが吸血種に伝わる、伝統の装束だぞ!」
「ふーん。ノッテ様がそう言うならいいけど、結構えっちね。ちょっとその場で回ってみてくれる?」
「誰がそんな事をするか!」
……確かに、ちょっとだけ、はしたないかなーなんて思わない事もないけれど、だからといって、代々伝わる大事な装束なんだ。ボクが恥ずかしがってていいものではない。
そうは言っても、少しだけ恥ずかしくて、自分の身を抱きしめていると、急に彼女がボクの太腿を揉み始めた。
「ひゃあ!……何をする!不敬だぞ!」
「いや、こんな白い太腿を目の前で見せつけられて、触らない方が不敬でしょ」
「何言ってるんだよ!」
「んー……もちもち、すべすべ……」
「触るなよ!離せよ!」
ボクをみてもひれ伏さないし、装束の事も小馬鹿にするし、挙句の果てに太ももに触るし、ついでにさっきから漂う甘い香りがボクの鼻を刺激して、なんだか頭がくらくらしてきた。
しかしここは我慢する。怒りに身を任せても、大概ろくな事にはならない。今までボクが癇癪を起こしてしまったせいで。お姉ちゃんにされた屈辱の数々を思い出して、冷静になろう。
……冷静になって、気づいてしまったかもしれない。もしかして、ボクのあまりの偉大さに怯え、正気を失ってしまったのでは?そうであれば、ここまでの短い間で彼女が行ってきた、ボクに対するふざけた態度も納得がいくというもの。これは彼女の上位者として、諭してあげる必要があるのかもね。
「ふ、ふっふっふ。怯えているんだね?でも大丈夫。優しく、甘い夢を見させてあげるよ……」
「……怯え……?」
「さあ、おろかなルナディア……余にその身を委ねて……?」
「……どう見ても、小柄で、可愛い少女にしか見えない貴女に、怯える?……ぷ、あははは!」
二百年を生きるボクの事を小柄だとか可愛いとかのたまった上、さらには何がおかしいのか、堪えきれない様に笑い始めた。膝を叩いて笑う彼女の姿を見ると確かに、ボクに怯えたりしてる様子は全くもって感じられない。この女、やはりただでは済まさん。
あまりこういう事は優雅さとかけ離れてしまうからしたくなかったけれど、こうなったら吸血種の誇る、単純な膂力というものを見せてやろう。大の男ですら一撃で悶絶する腕力だ、彼女が敵う道理はない。
彼女の座る椅子から、少し先のベッドまで抱え上げて、そのまま押し倒してしまえば、いくらおろかな彼女でも、両者の力量差というものが理解できる事だろう。
美しい所作でその場で回って見せて、少しだけ彼女から離れて、加速の為の助走をとる。暴れられたりしたら危ないかもしれないから、圧倒的な速度で抑えつけてやろう。
「ふっふっふ!やはり、恐ろしさのあまり、我を失っているみたいだね……いま、目を覚まさせてあげるよ……!」
「あははは!……あ、後ろそんなになってるんだ、エロ……って、あ、あぶな……!」
柔らかい絨毯を足で踏みつけて跳ね、彼女の胸の辺りへ手を伸ばす。彼女の胸に触りたいとかじゃなくって、脇から手を差し込んで、膝も抱えて持ち上げる為だ。愛読していた物語には、これをやられると女の子は弱いって書いてあった。
そうやって、抱えるつもり、だったんだけど。
「よいしょ、っと」
その一言だけで、こともなげにあしらわれた。
勢いよく伸ばした腕の、その手首の辺りを彼女の手のひらが掬い上げる様にして逸され、直後に掴まれて、ついた勢いをそのままにボクの身体は一回転。そしてベットに放り込まれ寝かされて、彼女の柔らかいお尻がボクのお腹の上にぽん、と乗っかってきて、抑えつけられてしまった。彼女のお尻も高級そうなベッドもすごく柔らかいから、痛くはないんだけれど身動きが取れない。
……ボクは、偉大で高貴な吸血種の筈なのに、ただの人類種の、しかも女の子に、負けた?
「な……え?……何が、どうなってるの?」
「いくら同性でも、女性の胸にいきなり手を伸ばすなんて最低ね?」
「えっ、えっ?」
「しかも、その前に『夢を見させてあげる』とか言ってたくせに、その後『目を覚まさせてあげる』とか、台詞回しも……まぁ残念ね。それから——」
彼女は酷く残念なものを見るかの様な視線をボクに投げつけて、その上、今までのダメ出しを始めた。『私は好きだけど、そんな薄着でお腹を冷やしたらどうする』とか、『こんな時間にノッテみたいな可愛い子が外を出歩くなんて危ない』とか、とてもじゃないけど、ボクの虜になっている様子はなく、ボクの尊厳をひたすらに破壊してくる。
畏敬のイの字もない様な非道の行いに、少しだけ、ほんのちょっとだけ涙が出てきてしまう。
「そうやってボロボロ泣いたってダメよ。あぁあと!窓枠に座るなんて、落ちたら怖いんだから……ノッテ、聞いてる?」
「さ、様をつけろよう……ふ、ふけいだ……うっ……」
「はぁ?投げられたくせにまだ言うの?」
「う……ぐす……どうして、ボク、吸血種なのにぃ……ぐすっ」
「吸血種……吸血鬼って事?ずっと言ってるけど、まだそんな冗談いう元気があるのね」
「冗談じゃないもん!あと、吸血鬼ってよぶなぁ!」
ボクは吸血『種』という由緒正しい種族なのであって、吸血『鬼』などではない。人類種だって、例えば兵士が剣を持って戦うだけで、その人を『殺人鬼』だなんて呼ぶのは、とんでもない失礼にあたるだろう。
そんな事を伝えて、彼女のお尻の下でジタバタと暴れて、戒めを解く様に訴える。けれど彼女は微動だにせず、さらに呆れた様な、粗相をしたペットを見る様な目でボクを見てきた。
ふ、ふざけんなよ。
「ど、どけよぅ!ふけいだぞ!余は、夜を統べるんだぞ!」
「退いたらまた飛びかかってくるかもしれないじゃない。危ないから嫌よ」
「う……それは、貴様が余の事を、嘗めた態度でいるからだ!」
「それはこんな可愛いイキモノ、舐めたくもなるわよ」
「なめるの意味が違うだろ!大体、公爵令嬢のくせに、なんでそんな強いんだよ!」
「日頃の訓練の賜物ね。……むしろ、ノッテが弱いんじゃない?」
弱い、と言われて、過去、姉に虐げられてきた記憶が呼び覚まされてしまう。
『ノッテは吸血種としては弱いから』とか、『可愛らしい魔術しか扱えないのね』とか、「ノッテはお姉ちゃんがいないと、ダメなの」とか。ボクはそんな姉に、屋敷内に二百年も監禁されて、三食昼寝付き、本だけは望んだだけ与えられる、そんな生活を強いられてきた。
そんな弱い自分を変えたくて、自由を求めて飛び出してきた筈なのに、ボクは目の前の綺麗な女の人すらいう事を聞かせられない。そんな事実に、いよいよ涙が止まらなくなってしまって、ベッドをひたひたと濡らしてしまった。
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