第58話 1-14-2 「ライブが最後…かもしれないから」

1-14-2 「ライブが最後…かもしれないから」 耳より近く感じたい



--3/9(月)


 週明けの月曜日、片山は佐藤に土曜の出来事を話す。


「土曜日に、池谷のスタジオで一人で遊んでたら、変な奴が小窓から覘いてた」

「へえ、それで?」


「…ずっと覘いてるから声かけたら、女みたいな恰好の男だった」

「マジか? で、何か話したのかよ?」


 女みたいな男と聞いて、佐藤は興味を持つ。


「あー、一緒に遊んだ。 そいつ鰐淵っていう名前で、兄貴のバンドのファンだって」

「ほー、学園祭と軽音祭と、あとはSNSしかしてないのに、円井の他にもコアなファンが近くにいるとはな」


「…なんか、そいつ俺たちの2歳上なんだけど、一緒に演奏して、久し振りにゾクゾクした」

「成斗が? 興味あるな、そいつ」


 片山は頷きながら話す。

「ああ、啓太の時くらい合わせやすかった、俺もビックリした」

「へえ、俺も会ってみたいな、そのワニブチって人に」


 片山は言う。

「あー、連絡先は交換したから、会おうと思えば会えるけど、今月末は兄貴のバンドのライブがあるだろう?

 だから、話は濁しておいた」


 佐藤は、「え?」とした顔で片山を見る。


「何だよソレ、2コ上ってことは高校は卒業してるんだろう?

 だったら、向こうがオーケーなら、会うのはいつでもいいっしょ」

「ああ…、」


 佐藤は少し沈黙した後、片山に言い聞かせるように話す。


「なあ成斗、お前の気持ちは分かるよ。

 大智さんには”頭が上がらない”事も。

 お前に集中するために大智さんが取ってきた行動だって、俺も近くで見てきたからさ」

「…、」


「でもさ、成斗、何でもかんでも我慢して諦めてって何もしないってのは、違うんじゃないの?」

「啓太、」


「円井の事だって、そうだよな? お前がやっと重い腰を上げて前に進もうとしたじゃないかよ。

 まあ、症状が見られたのは不運だったとしか言いようがないけど、そんなに酷い症状じゃ無かったから、逆に良かったと思えよ」


「音波…、」


 佐藤は続けて言う。

「それに、俺たち春休み過ぎたら、2年に進級するし。

 2学期は修学旅行や学園祭だろ?

 3学期になったら、もう進路指導が入ってくるしさ。

 だったら、遊ぶっつったら1学期くらいじゃないの?」


「…、そうだな、スタジオで遊ぶのも1学期くらいかな。

 夏は、また軽音祭があるからな…、

 兄貴のバンド、今年も出るかな…」


「そうそう、時間がある時に遊んでおかないとな。

 だから、そのワニブチって人には、早めに会わせろよ」


「ああ、わかった」


「それにしても、ツインテールの男かぁー、面白そうな人だなw」

「俺、最初警戒してドア少ししか開けなかった」


「はははは! 成斗らしいけど、普通はソレ、相手に失礼だからな」

「…、失礼か、だよな…はぁ、」

 片山は下を向き、ため息をつく。


 片山は啓太に訊く。

「なあ、啓太、お前”これから先の事”って考えてる?」


「そうだなあ、最優先は留年せずに無事に卒業する事だな。

 目標は、成斗、お前とバンドを組む事。

 そんで、一緒にライブがしたい」

 佐藤は真っ直ぐに片山を見る。


「啓太、それは…、」


「成斗、お前は?」


 片山は、くうを見ながら言う。

「俺は、俺の身体的症状が出なくなればいい…と思ってる。

 せめて、意識が保っていられる様になれば…。


 兄さんに報いる為には何でもする。

 啓太にも、いつも助けて貰ってばかりで…、ヘルプでなら幾らでも手伝う。


 正式なメンバーとかじゃないなら、啓太と演りたいとは思ってる。

 でないと、啓太にも、他のやつらにも迷惑をかけるからな…。


 音楽は、楽しめれば充分だ。

 あとは、大学に行ってもいいって親が言うなら受験する」


 片山の、”望まない事”に慣れてしまっている姿を見て、佐藤は敢えて明るく言う。


「成斗、お前と組むの、俺は諦めないから、まだ16歳だし、」

「啓太、…」


「取り敢えず、3月中に1回は連絡とって、ワニブチって人に会わせろよ」

「…ああ、分かった」


(ライブは3月最後の土曜、新学期が始まる前に、音波に話そう。

 ライブが済んだら、気持ちにけじめをつけよう)


 片山はボソリと呟く。

「…近くで音波を見ていられるのは、兄貴のバンドのライブが最後…かもしれないから」


「ん? 成斗、今何か言ったか?」

「いや、…何でもないよ、」

 片山は手をヒラヒラさせた。

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