第57話 1-14-1 久しぶりの高揚感
1-14-1 久しぶりの高揚感 耳より近く感じたい
--3月最初の土曜日(7日)
学校は休みの日なので、成斗は久し振りに一人でレンタルスタジオに行く。
場所は
このスタジオは、ドラムのペダルが選べるし、他の楽器もレンタル出来るので、楽器を持ってきていない社会人などが、仕事帰りに利用したりもしているのだ。
片山が高校生になってからは、他のスタジオよりは、このスタジオを利用することが多くなった。
今回は2時間の予約を取っていたので、まずは肩慣らしにドラムを叩く。
その後、スマホで曲を流しながらベースを練習する。
指が慣れてきたところで、ギターを弾く。
これで大体時間が過ぎる。
その後は、DOSE.(ドース)や色々なジャンルの曲を叩いたり、他の楽器で気ままに遊ぶ。
こういう時は、自分一人しか居ないので、好きなように練習出来る。
この片山の様子を、小さな小窓から誰かがジッと見ている。
…ずっと、見ている。
片山が見られているのに最初に気づいたのは、部屋に入って40分経過した頃だった。
その時は気にも留めなかったが、スタジオに入ってから1時間以上経過して、小窓の方に視線をやると、さっきの人がまだ見ている。
(せっかく一人で好き勝手演ってるのに…)
片山は段々と気になってきて、いい加減痺れを切らし、重いドアをほんの少しだけ開けて声を掛ける。
「あー、アンタ、さっきから何?
俺の事、ずっと見てるけど、何か用?」
やっとドアを開けてくれたことに嬉しく思いつつ、外で見ていた人は片山に話しかける。
「キミ、凄いな! 一人で3つも演奏できるんだ。
本命はどのパート?」
自分の名前も名乗らずに、いきなり質問を浴びせられて、片山は若干その人を警戒しつつ、答える。
「あー、本命はドラムだけど…。
てか、アンタいきなり何?」
その人は嬉しさの余り、自分が自己紹介をしていなかったことに気付く。
「ごめんなさい、オレ
先ほどとは違い、片山に敬語で話しかける鰐淵。
片山と鰐淵の年齢差は、差ほど無いように感じる。
だが、この”オレ”と名乗る鰐淵の容姿は、女? に見える。
ツインテールの髪型に、スカート? のようにも見える服装をしているからだ。
「オレ」とは言っているが、本当は女子かもしれないと、片山は無意識に鰐淵を警戒するが、鰐淵は気にせず片山に話しかける。
「オレ、好きな服がこんなだから、よく女子に間違われるんですけど、中身はちゃんと男だし、ちゃんと付いてます。
確認します?」
「いや、確認とか…いい、いらない。
俺は、片山です」
片山は、鰐淵が男と判定出来てホッとする。
「キミが片山? あの? 本当に? 超感動だ! 本物に会えるなんてオレ凄い!」
いきなり興奮しだす鰐淵に、片山は戸惑う。
それに、ドアで話すのもどうかと思ったので、片山は鰐淵をスタジオに入れる。
「ここで立ち話じゃ、音が漏れるから、中に入って」
「いいんですか? やった!」
片山は不思議に思う。
もしかして、この鰐淵は、兄の大智と自分を間違えているのではないかと疑う。
だが、違った。
鰐淵と話すうちに、「片山成斗」本人として認知していることが分かってくる。
「オレ、ずっとSNSでDOSE.(ドース)の事を追いかけてて、去年の軽音祭でやっと片山くんの演奏2曲観れたんだよね。
もう、惚れちゃってさ、サポートでくすぶってるなんて勿体無いよ。
自分もバンドとか組まないの? ですか?」
片山は、自身のバンドを持つかどうかには答えずに言う。
「あー、敬語とかいい、です。
俺の歳、16だから」
「えっ? 高校生なの? 本当に?」
鰐淵は凄く驚いている。
「なんだ、そんなに変わらないんだ。
片山くんって、ステージで映えるんだな、背も高いし」
「あー、そうなの? 自分ではよく分からない。
下の名前、
鰐淵さんは?」
「オレは
つい何日か前に、高校を卒業した」
続けて鰐淵は言う。
「オレのことは、”アズ”でも、”梓”でも、”梓ちゃん”でも、”わっちゃん”でも、好きに呼んで。
片山のことは、”セイ”か、”成斗”か、”せいちゃん”か、”ナル”って呼ぶから」
「あー、好きに呼んでもらっていいから」
片山は、手をヒラヒラとさせて言う。
鰐淵は、出逢ったこの機会を逃すまいと、片山を誘う。
「オレ、お前の後に時間を予約してるからさ、一緒に演奏してみない?
一人で弾くのつまらないからさ、相手してくれると嬉しい」
片山は、自分の時間も少なくなってきたので、鰐淵の誘いを受けることにした。
「いいよ、ドラムやればいいの?」
「うん、先ずは、俺が好きなドースの曲で合わせてみるかな?
BLUEって曲、成斗いける?」
「当然」
そう言って、片山はバッグからスティックを取り、ドラムセットの方に移動する。
「ギター用意するから待って」
鰐淵は
鰐淵が片山に声を掛ける。
「いつでもカウント取っていいから」
「わかった」
カンカンカンカン、
ジャジャン!
…鰐淵の出だしは完璧だった。
兄のメンバーと音を合わせる以外では、佐藤と同じくらい気持ちが良い。
片山は、ゾクゾクしながらドラムを叩く。
一方、鰐淵の方も同じだった。
初めて音を合わせるのに、こんなに息が合うなんて滅多に無い。
鰐淵は思う。
片山と組みたい、バンドやりたい…と。
気分が乗っている時程時間が経つのが早い。
次の予約の人が小窓から片山と鰐淵を覘く。
そして、息をのむ。
終了15分前のブザーが鳴る。
二人とも汗だくだ。
片山は鰐淵に言う。
「あー、もう時間だ。 今日は凄く早く感じた」
「オレも思った。 成斗と演るの、凄く気持ちいいな!
また今度、一緒にスタジオ入ろうぜ」
片山の顔が、曇る。
「あー、俺、兄貴のバンドのサポートしてるし、頼まれたら断らないから…」
と、最後の言葉を言った後、片山は黙る。
(初めて会った人に、つい内情を言ってしまうなんて…どうしたんだ俺は、)
鰐淵は、黙る片山を見て、サポートの重要性を知っているかのように言う。
「急に呼び出し食らって、助っ人で弾いてくれって頼まれた事、オレもあるから。
特にお前の場合はお兄さんのバンドだからな、断れないよな。
でも連絡先はさ、教えてくれよ。
で、時間が合えば一緒に入ろうぜ」
「ああ、分かった。
あと、俺、ガキの頃からずっと一緒の奴がいるんだけど、そいつもギターなんだ。
次があるなら、そいつも連れてきていい?」
片山の前向きな返答に、鰐淵は大喜びする。
「本当か? 次が楽しみだなぁ」
二人は片付けを終え、スタジオ部屋を出る。
と、店長が片山に声を掛けてきた。
「セイ、今日は一段と乗ってたじゃないか」
「あー、まぁ、そうですね、楽しかったです」
「ワニと組んだら、面白いだろうな」
「…はぁ、」
片山は、自分がバンドなんか組むことは無いと思っているので、店長には曖昧な返事をした。
(自分の為に沢山動いてくれた兄、
兄の願いは、全部断らない。
昔は思ったりもしてた、自分の夢…でも今はバンドなんて考えられない、
それに俺は、欠陥持ちだから…
俺が何かをする度に、迷惑をかけるのは…もう嫌だ、)
片山と鰐淵は、連絡先を交換し、池谷駅で別れた。
鰐淵と別れた後、片山は考える。
(3月末には兄さんのバンドのライブがある。
鰐淵って人も来るのかな?
でも、その日は4人で観る事にしてるし、音波もいるし…
ライブ前なら、啓太と1回一緒に会ってもいいかな?
バンドとか関係なしに、遊ぶくらいならいいだろうか…?
どうせ啓太と2人か、独りでスタジオ入ってるし…、)
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