第55話 1-13-2 「何それ、俺のマネ?」

1-13-2 「何それ、俺のマネ?」 耳より近く感じたい


ーー2月第最後の週


 進級テスト最終日が終わった。

 あとは卒業式が済んだら終業式、そして春休みを待つだけである。


 テスト期間中は午前のみなので、ホームルームが終われば皆帰る。

 音波も帰り支度を始める。


「音波」

 音波の机の前に片山が来た。

「え、なに? 片山くん」

 片山の方から来ることなんて、そうそうない。


「話がある、少し時間貰っていい?

 もしかしたら長くなるかもしれないけど」


 片山の表情から、真面目な話なのだろうということが見て取れる。


「うん、分かった」

 音波はコクリと頷く。


 教室の中に二人だけ残った。


(何の話だろう、)


「話って、何?」

「ん、今からする話、音波が嫌なら断っていいから」

「うん…」


「音波を閉じ込めた3年、宇野って人が、音波に直接会って謝りたいって言ってる」

「…え?」

「音波が会うの嫌なら、俺が、そう伝える」


 音波は、自分が閉じ込められる前の、宇野の必死な様子を思い出す。


「…私、会うよ。その人に会う」

「音波…いいのか?」


「うん。勇気出して会うって言ってくれたと思うから。

 それに、スッキリして卒業してほしいし」


「音波…、」

 片山は下を向く。


(まったく、自分を危険な目に合わせたヤツのことを心配するなんて…

 でも、これが音波だから…)


 顔を上げ、片山は音波に言う。

「二人きりでは会わせないから、大丈夫。

 安心して、俺も近くにいる」


「うん。ありがとう」

「ん、今から連絡する」


 片山は軽音楽部の元部長にメッセージを送る。

 少しして、片山のスマホが着信音を鳴らす。


「はい…、そうです。

 聞いてみます」

 そう言うと、片山はスマホを耳から少し離し、音波の方に顔を向ける。


「音波、いつの何時頃がいいかって」

「私は何時(いつ)でもいいよ。

 別に今からでもいいよ」

「分かった」


 スマホを耳に当てて話の続きをする。

「今からでもいいそうです。

 はい、今は教室に居ます。

 じゃあ、そこに行きます」

プツッ、


「今から保健室前の、木のところで会うから」

 片山に言われて、音波はコクリと頷いた。


ーー

 1階保健室の外に大きな樹が植樹されている。

 樹の周りを大きな石で円形に囲(かこ)ってある。

 その石に座って、音波と片山は宇野が来るのを待つ。


 10分も経たないうちに、元部長に連れられて宇野がやってきた。

 片山は石から立ち上がり、元部長と宇野の方に歩いて行く。

 元部長に促されて、宇野が音波の元へ歩いてくる。


 音波は立ち、宇野に話しかける。

「こんにちは、座って話しませんか?」


 音波たちから離れた場所で、片山と元部長は二人の様子を眺める。


 会話の内容は全く聞こえないが、表情は分かる。


 元部長と片山は話す。

「片山、今日はありがとうな。彼女さんにもお礼言っといてくれ」

「…分かりました、」


「あの子、宇野の事許してくれるかな…」

「あー、会う前から、もう許してたと思います。

 あいつは、そういう子です」


「そうか、有り難いな」

「はい」



 最初はお互い緊張しているようだったが、和解したのか、音波の顔がコロコロと変わっていく。


 一瞬、片山と目があった音波が、何故か顔を真っ赤にして、片山から視線を外した。


(何だ? 音波…顔が真っ赤だ)


 20分程経っただろうか。


「片山くん!」

 音波が「コッチに来い」という仕草をして片山を呼んだ。


 片山が傍まで来ると、音波に促されて宇野が口を開く。


「片山くん、あの日はごめんなさい。

 一方的に自分の感情だけ押し付けて、嫌な思いさせて…」


 フウッ、と息を吐き、片山は言う。

「もういい、あん時は突然だったから、俺も…悪かった」


「音波ちゃん、いい子だね。

 私、ファンになっちゃった」

「…」


「じゃあ、私もう行くね」

 そう言って、宇野は歩き出す。


「…アンタ」

 片山が宇野を止める。

「え…」


「…、アンタの近くで、アンタのことずっと見てくれてた人がいることは、知っといてほしい」

 そう言い、片山は元部長を見る。


「!…うん、うん、ありがとう」

 宇野は涙を溜めて、元部長の所へ走っていく。


 元部長は、片山たちに手を振り、宇野と帰って行った。



「私達も帰ろう」

「うん」

 二人は歩き出す。


「…音波、体、冷えただろ?」

「うん、平気」


 片山は、音波の左手を握り、自分のオーバーの右ポケットに突っ込む。

「ひゃっ」

 突然の行動にビックリする音波。


「片手だけだけど、温めてあげる」

「…あ、ありがとう///」


 ゆっくり歩く二人…


 片山は音波に話しかける。

「あー、そういえば」

「何?」


「さっき、音波の顔が真っ赤になってたけど、どうしたの?」

「あっ、あれは…内緒です!///」


「なんで? 話してくれないんだ」

「い、いつか話すから」


「何それ、俺のマネ?」

「マネじゃないけど…」


「…フッ、いいよ、待つから」

「ごめんね」


 信号を渡り、音波が車道側になる。

 片山は音波の逆、車道側に移動して言う。


「次は反対の手、温めてあげる」

「ふふっ、ありがとう」


 歩幅を、いつもより若干短めにして、ゆっくり歩く。

 駅に着くまでの時間が、少しでも長くなるように…


 テストが終わった数日後、音波たちは無事2学年に進級出来ることが決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る