第42話 1-10-1 「焦ったら駄目…」


1-10-1 「焦ったら駄目…」 耳より近く感じたい


 三学期が始まった。


 始業式を終え、教室に戻ってくると、黒板にはこう書かれていた。

『進級テスト用席順 別紙参照

 運動場側から1,3,5列は男子、2,4,6列は女子』


 別紙はマグネットで黒板に張られていた。


 今回の席替えは、進級テストのため50音順となった。


 音波と梶は、また席が離れてしまったが、片山と佐藤は比較的近い席順になった。


 ホームルームで担任がみんなに言う。

「進級審査の結果が出たから、明日みんなに配るぞ。

 危ない奴は、今学期の進級テストで挽回しないと留年になるからな」


 担任の言葉を聞いて、音波は思った。


(明日結果が分かるんだ。

 多分、大丈夫かな? でも、進級テストも頑張ろう)


 ホームルーム終了後、佐藤が珍しく音波のところにやって来た。


「円井、ちょっといい?」

「うん、何?」

「帰りに4人で何処か寄らない?」

「え? うん、いいよ?」

「サンキュー、じゃ、梶を誘ってくるわ」

 そう言って、佐藤は梶のところへ声を掛けに行く。


(佐藤くん、どうしたんだろう?)


 佐藤は当然、片山にも声を掛け、4人で恒例のファミレスに行くことになった。


--

 ファミレスで、各自飲み物を注文し、席に着く。

 座った位置は、テーブルを挿んで佐藤の前が片山で、梶の前が音波だ。

 そして、佐藤の横は梶で、音波の横は片山だ。


 片山は、よく電話が鳴るので手前に座る。


 梶が少し元気が無い。

「ねえ、みんなは進級大丈夫そう?」

 

 ホラ、きた、と言わんばかりに、佐藤がため息をつく。

「明日結果がでるんだよな、3学期は勉強しまくらないとな」

 佐藤は梶をチラチラと横目で見ながら言う。


「ねね、部活やってる佐藤と片山は、大丈夫なの?

 ちゃんと勉強してたの?」


 少し失礼な言い方にも聞こえるが、佐藤は全く気にしない。

「まぁ、ボチボチはやってたかな? 俺は親から、留年即退学宣言されてるからな」


「佐藤、全然そんな風に見えなかった。

 片山は? 片山の家も厳しいの?」


 梶の問いに気付かずに、片山は下を向いてスマホを操作していた。


 音波が声を掛ける。

「片山くん?」

 隣の音波の声で、片山はハッとする。


「あー、悪い、ちょっと集中してた。

 なんの話?」

「片山くんは進級は大丈夫かなって、あと今までちゃんと勉強してたんだろうねって話」


「あー、俺は大丈夫…このままいけば、大丈夫…」

「え、そうなの?」


 音波は、片山の横顔を見たり、スマホを操作する手を見たりする。


(うわぁ、何だか閉じたり開いたり、入力したり、片山くん忙しそうだな…)


 片山は、スマホを忙しく操作しながら思う。


(何で新学期早々、こんな無理な日程組むかな兄貴は…、

 せっかく音波が横に居るのに…、全然喋れない

 でも、これは後回しに出来ないし、今やっておかないと…)


 佐藤は片山の様子を見て、理由が分かっているので、片山には敢えて話は振らない。


 梶がボソリと呟く。

「運動が駄目ってことは、勉強できる人が多いんだよね、何でアタシこの高校合格出来たのかな?」


「ん? 実花、何か言った?」

「ううん、何でもないよ、コッチの話」


 ファミレスを出て、4人で駅に向かう。


 片山がみんなに言う。

「俺、ここで別れる。今から急遽待ち合わせ場所に行くことになったから。

 じゃ、明日な」

 そして、スタスタと足早に歩いて行ってしまった。


(誰と待ち合わせしてるんだろう?)

 音波は少し…気になった。



--始業式の翌日、


 梶が悲壮な顔で音波のところへやって来る。

「音波ー、アタシ進級ヤバいかも」


 音波は心配して訊く。

「ええ? どの科目?」

「うん、数学と英語」

「一緒に勉強しよう」

「いいの? ありがとう音波っ!」


 一緒に揃って進級するために、用事があるとき以外は、平日放課後残って、学校が休みの日は図書館を利用して勉強することにした。


 音波と梶が早速スケジュールを決めようと話していると、佐藤がやってきた。


「今度の休み、みんなでどっか行かない?」

 梶は、余裕のある佐藤を睨みつけ、悔しそうに言う。

「休みの日はダメ! 勉強するの!」

「え、梶もしかして進級危ないとか?」

「うるさいうるさい」


 音波が梶をなだめながら、佐藤に訊く。

「佐藤くんは大丈夫なの?」


 佐藤は梶の為に敢えて大げさに言う。

「ぐっ、聞かないで」

「何それー! 佐藤も一緒に勉強しよ」

「えー、」

「みんなでやれば捗るよ」

 勉強会に佐藤を巻き込み、最初は図書館ですることにした。


「そういえば、片山くんは?」

 音波は教室を見渡すが、居ない。

「あれ、ほんとだ、成斗のやつ何処に行ったんだろ」


 昼休みは、いつも寝てるか、佐藤たちと話している片山。

 授業開始ギリギリになって、片山は戻ってきた。


ーその日の帰り、


「啓太悪い、部活当分出れないから、部長に伝えといてくれ」

 佐藤に頼み、片山はバタバタと急いで帰っていった。


(片山くん、どうしたのかな?)



 夜になって、音波のスマホに片山からプライベートメッセージが届いた。


片山

「勉強会の件 啓太から聞いた

 参加は多分 無理

 時間取れないと思う

 2月まで忙しい」


円井

「うん、分かった

 身体壊さないようにね」


片山

「うん

 また明日」


円井

「おやすみなさい」


片山

「(・∀・)」



(忙しい理由って、何だろう?

 バイトかな? 家の事とか?

 お兄さんと住んでるって言ってたけど、何か事情があるのかな?

 せっかく、学校以外でも会えると思ったのに、残念だな…)

「あ、」


 残念という気持ちに、音波はハッとする。

 去年の12月26日に、自分の素直な思いを片山に伝えて以降、以前よりももっと、片山のことを考えることが多くなった。


 片山のことを知りたい、力になってあげたい、友達だから。

 ・・・トモダチダカラ・・・


 友達に対する感情って、どこからどこまで?

 梶も佐藤も友達だ。

 知りたい事もある。


 なのに、片山のことをもっと知りたいと思うこの感情は一体何なのか?


(私の気持ち、フワフワしてない?

 ちゃんと掴めてる?)


「せっかくお互いを知ろうって話したんだから、焦ったら駄目…」


 音波は、答えを考えるのを止(や)めた。


 言葉として認識したら、今までの関係が崩れてしまうかもしれないという思いのほうが勝ったから。


(…もう寝よう)

 音波はベッドに潜り込み、掛け布団を頭まで引き上げた。

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