第35話 1-8-4 背中の傷痕

1-8-4 背中の傷痕 耳より近く感じたい



ーー保健室、


ガラッ

 保健室の扉が開き、担任と音波の父親が入ってくる。


「音波~、迎えに来たぞ」


 長身で少しウェーブのかかった栗色の伸びた髪を、首より若干上で結び、ジャケットを着た父親が、明るい声で名前を呼ぶ。


「お父さん」


 音波がベッドから下りる。



 片山は直ぐに丸椅子から立ち上がり、音波の父親の方へ行く。


「片山です。

 俺が原因で彼女に怖い思いをさせてしまいました。

 申し訳ありません」


 と言い、深々と頭を下げる。



 横で佐藤と梶は静かに見守っている。


「片山くん」


 音波が父親と片山の間でオロオロしていると、父親が口を開いた。



「君が娘を見つけてくれたそうじゃないか。

 担任から聞いたよ。

 顔を上げなさい」


 父親に促され、頭を上げる。



「…こんなにドロドロになって…」


 片山の汚れた姿を見て、父親は溜め息をつく。



(寒い中、びしょ濡れになりながら探してくれたのか…)



「取り敢えず君、そんな格好じゃ風邪を引くからコレに着替えなさい。

 娘を助けてくれた礼だ」


 そう言って、音波の父親は服が入った袋を片山に差し出す。



「いえ、俺は大丈夫です。 お気持ちだけいただきます」


「君が肺炎をおこしたら、音波が泣くから着替えなさい」


「俺、丈夫なほうなんで、」



「お父さん、」


 二人のやり取りを聞いていて音波は心配になってきた。


 音波の父は、時に無茶苦茶な事を言って、相手をねじ伏せてしまうことがあるのだ。


「お父さんしつこいから、片山くんゴメン」



「君のご家族に心配と迷惑をかけることになるから」


「いえ、心配とかないんで」


「…」


「…」



「着替えてくれないなら、音波を転校させちゃう」


「!」


「えええ?」


 この発言には、音波は勿論だが、梶も佐藤も担任も流石に驚いた。


「……、」

 …片山の負けである。



「ほら、着替えて!」


「…ご厚意、感謝します…」


「はいっ!お父さんの勝ち」


 とびっきりの笑顔で、音波の父親は袋をグイッと押し渡す。



「先生、こっちの部屋って使っていいのかな?」


「構いませんよ」


「音波は帰る準備をしておきなさい。では行こうか!」


 片山は、成されるがままに、音波の父親と部屋を移動する。



「なんか、音波のお父さん面白いね」


「転校とか、ぶっ飛んでるっしょw」


「もう、恥ずかしい」


 音波は、顔を真っ赤にした。



 別室で着替え始める片山。


 袖が汚れたシャツを脱ぐ。


 と、その時、


「ちょっと待った! 君…この傷痕どうしたの!?」


 片山の肩を掴み、背中を凝視する音波の父親。



「あー、子供の頃、女の子と一緒に生き埋めになりかけたときの傷です」


「…そうか、」


「上から色々落ちてきて、頭から背中まで刺さったり切れたり、ガラスとか」


「その時の女の子も怪我したの?」



「いや、分かりません。


 俺の下になるように覆い被さってたらしいんで…、無事だったと思いたいです。


 その時の記憶はぶっ飛んでてあまり覚えてないんで…


 あの、着てもいいですか?」


「あ、ああ、悪かった、着てくれ」



 着替えている片山を見ながら、音波の父親は少し考え込む。



「着替え終わりました、 有り難うございます」


 片山の言葉で記憶の探索は中断された。


「じゃあ出ようか」



 別室から音波の父親と片山が出てくる。


 音波は私服の片山を見たことがあるが、お洒落も好きな父親がチョイスした服は、とても格好良く、それを着ている片山も凄く様さまになっている。



 校門で別れ際、音波の父親はみんなにお礼を述べ、続ける。


「みんな、娘の為に残ってくれてありがとうね。今度、家に遊びに来てよ」


「ホントにゴメンね、ありがとう」


 片山が音波たちに向かい、言う。


「今日は本当にすみませんでした。

 音波、ごめん」


「ううん、もう気にしないで。また来週ね」


「うん」



「それじゃあ帰ろうか、我が娘よ!」



 雨は止み、途切れた雲の合間から、月が恥ずかしげに見え隠れしていた。

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