第14話 1-4-1 「寄るよ」

1-4-1 「寄るよ」 耳より近く感じたい



ーー7月頭、教室、昼休み


「おーい片山ー、呼ばれてるぞー」


 ドアからクラスの男子が叫ぶ。


 片山は、相変わらずの跳ねた髪の毛に買い直したメガネをかけ、面倒くさそうに席を立ち、教室を出る。


 廊下側の端に席がある音波と梶は、窓ガラス越しに、片山を呼び出した人を見る。



「まーた女子だね。体育祭以降続くねー」


「本当だね。人気あるんだね」


 梶がボソリと言う。


「そろそろ、また4人で集まる?」



 音波の席の横の窓が開いているので、片山と女子の会話が聞こえてくる。


 今回の女子は食い下がっているようだ。



「体育祭でカッコいいなって思ったの」


「…そう」


「彼女とかいますか?」


「あー、いない」


「良かったら私と付き合って下さい」


「…それは出来ない」


「じゃぁ、友達から。たまに遊びに行ったりとか」



 女子が詰め寄るように一歩前に出て、片山に近付く。


 だが、片山は直ぐに同じ幅分後ろに下がり、距離をとる。



「…忙しくなるし、時間とれない」


「学校で話すとかは?」


「…、時間があれば」


「うん……」


「もういい?俺、眠いんだけど」


「うん、ありがとう」


「…じゃ」


 片山は教室に戻り、自分の席につくと、うつ伏せて眠る態勢になった。


 告白しに来た女子は意気消沈し、遠くで待っていた友達と帰っていった。



 梶は一部始終を聞いて、音波に言う。


「はぁー、片山ってさ、興味ないモノっていうか、女子には本当に塩対応だよね」


「ははは、そうだね」


 音波は、苦笑いした。



 梶が言うことは当たっている。


 確かに片山は、全く関係ない、興味の無い人には、本当に素っ気ない態度である。


 特に女子に対しては、『近寄るな、話しかけるな』とでも言いたそうな態度になることが度々ある。


 これは、音波が片山を無意識に目で追うようになって、最近気づいたことだ。



(片山くん、女…苦手って言ってたな…)



 梶がイベント情報サイトを見ながら音波に聞く。


「ねー、夏休みの予定とかある?」


「うん、あるよ」


「何なに?」


「ハマってるバンドがライブするの」


「へー」


「大学合同軽音祭に出るの」


「大学生かあ、それって佐藤が話してたやつ?」


「あ、そうだね。うちの軽音楽部の2、3年が出るって言ってたね」


「じゃあ、佐藤たちも行くのかな」


「そうかもしれないね。聞いてみる?」



 梶が、何かを思いついた表情をして言う。


「そーいえばさ、アタシらグループチャット作らない?」


 音波は言う。


「なんで?」


「学校以外で会うんだからさ、連絡が取れるようにしといたほうが良いって」


 音波は困った。


 何故なら、音楽専用アカウントは使いたくないからである。



「私、趣味アカと混ぜたくないな」


 音波の言葉に、梶が答える。


「別のアプリで新しく作ればいいんだよ」


「あ、そうか、そうだね」


 音波はホッとした。



 梶が席を立つ。


「こういうの、男子のほうが良く知ってるからさ、アタシ聞いてくるね」


 梶はそう言って、クラスの男子が集まって話しているところへ移動していった。



(実花は凄いな、行動力があって。

 ちょっと羨ましいな…)



 音波は考える。


ー自分が積極的に行動出来ること。


ーそういえば、片山くん、DOSE.の曲を叩いてくれたけど、好きなのかな?


ー自己紹介の時も、教えてもらう前に時間になっちゃったし。


(もっと色々、片山くんと話してみたいな)



 梶が、今度は佐藤のところへ移動する。


 音波のほうをチラチラと見ながら、佐藤にスマホの画面を見せている。


 佐藤が…照れたように見えた。



 梶が、音波を手招きする。


 音波は席を立ち梶の所へ行く。


「音波、このアプリをダウンロードして入れて。

 チャットするだけだから、カギかけて」


「うん、分かった」



 音波は、分かった とは言ったものの、初めての画面にもたついてしまう。


 すると、片山が手を出して、言う。


「やってやる、貸して」


 音波は、戸惑う。


「あー、大丈夫、目の前で操作するから」


 音波は、片山のことを、話し方は素っ気ない感じがするが、優しいとは思っているので、スマホを渡した。


「はい」



 片山は、音波からスマホを受け取り、机に置いて、席を立つ。


 そして、音波に言う。


「座って」


「え?うん」


 音波は、言われるままに、片山の椅子に座る。


「寄るよ」


 片山はそう言って、音波の斜め横、若干後ろに移動し、腕を伸ばす。


 片山の指が、音波のスマホを操作する。



「インスト完了、名前は専用だから、円井マルイで」


 片山の指がスルスルと動く。


「アイコン、最後のページにあるから」


 そう言って、片山はページをスライドさせる。


「アイコン、コレね」


「うん」


 片山は、アイコンをタップし、設定画面を開く。


「画像はここから変えられる。

 パスワードは、今は適当に入れたから、後で自分で変更して。

 今入れたパスワードは、メモに貼り付けてるから…コレね」


 片山は、諸々説明し終わると、音波から離れて、自分のスマホを操作し始めた。



 数分間だったが、思いがけず片山と密着することになり、鼓動が速くなる音波。



 梶が、早速グループを作り、3人を招待する。


「招待送ったよー」


「へーい了解っと」


 佐藤が返事をし、音波にココだよと指をさす。


「ありがとう」


 音波は佐藤に礼を言う。



 すると、音波の後ろで立ったままの片山が、スマホの角で音波の頭を小突いた。


「音波、俺には礼、ないの?」



 そうだ。最初から最後まで操作をしてくれたのは片山だ。


 音波は、いきなりの密着で、片山にお礼を言うのを忘れていたのだ。



 音波は急いで席を立ち、片山の方を向く。


「ごごめん、えっと、ありがとう何から何まで」※注


 あたふたしている音波を見て、片山は怪訝そうな顔になる。


「何でテンパってるの?」


「いやあのそれはっ、何でもない…です」


「…」



 昼休み終わりのチャイムが鳴る。


 音波はチャイムに救われたと思った。



 自分の席に戻りながら、音波は思った。


(あんなに接近されて、ドキドキしたけど…怖くなかったな

 片山くんって優しいな…。

 私に近づく時に、「寄るよ」って事前に言ってくれるし。

 片山くん、なんかSNS慣れしてる感じがする…。)



※注

アプリを入れる際に、メアド、電話番号等、音波が操作する必要がある場面はありますが、フィクションなので、「何から何まで」という音波の言葉で割愛しています。

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