捜索

 突然かかってきたグループ電話に奈緒なおは戸惑った。有村ありむらがどこからかけているのかは分からないが、高山たかやまといることは確実だ。


 すぐにあずさに連絡をとる。


「――分かった。私も二人がいそうな場所を探してみる」


(人目のつかないって確か言ってたはず……。早く突き止めないと!)


 ◯

 蓬莱ほうらいもまた、グループ電話を聞いて焦りを感じていた。


(有村君がどこにいるか分からないし、山辺やまのべ君たちとも繋がらない……)


「も〜!みんなどこにいるの!」


「――藤井ふじい先生、明日から復帰なんですってね。さっき校長に挨拶に行っているところ見かけましたよ」

「長かったですね~、かれこれ三か月くらいだっけ?」

 誰か人を呼ばないとと思い、廊下を小走りで歩いていると二人の女性教師の会話が耳に入った。


「あの……!」

 蓬莱は教師たちを呼び止めた。


 ◯

「高山先生がどこにいるか分かる人はいるか!?」

 山辺と共に有村の電話を聞いた尾崎おざきは、急いで職員室に向かうと、扉を開けるなり教師たちに声をかけた。

 

「高山先生?高山先生なら、先程生徒さんとお話しているのを見かけましたよ。また何か相談事かなぁ〜」

 扉近くにいた社会科教師は明るく笑いながら言った。


「そ、それで、その二人はどこに行ったんすか??」

 山辺は詰め寄った。

「え、知らないけど……。うーん、生徒指導室じゃないかしら。よくあそこ使うし。――というか、尾崎先生まで慌ててどうしたんですか?何?急用?」


 生徒指導室は先程まで山辺と尾崎がいた場所だった。電話で聞く限り屋外にいると推測できだが、場所は特定できない。


「高山先生が今どこにいるか知りたい。誰でもいいから放送で呼びかけてくれ!」

 尾崎はそう言い去ると後ろにいた山辺に言った。


「急ごう!これ以上生徒が犠牲になってはいけない……!」

「はいっす!」


 〇

「奈緒!」

 ちょうど部室を通り過ぎたあたりであずさの声がした。


「あずさ!」

 

「二人は……?」

「校内で思い当たるところは、とりあえずまわってみたけど……」

 あずさは頭を横に振った。

「そっか……」

 

 あずさは奈緒の肩を掴んで言った。

「奈緒、あの、これはあたしの憶測なんだけど……」

「う、うん」

「あの、電話から聞こえた風の音。もしかしたら二人は外にいて、それでもって高いところ――、多分じゃないかと思う……」

「……屋上?」


 この学校にも屋上はあるが、生徒の出入りは基本禁止されている。しかしどのみち鍵がないと出入りできない。

 奈緒が探した「校内」に屋上は入っていなかった。

 

「私、鍵を借りられるか聞いてみる!あずさ、ありがと!」

 奈緒は急いで職員室へと向かった。


 〇

「――はぁ?屋上の鍵?なんで、また」

 鍵を借りられないか尋ねた教師は怪訝けげんな顔をした。よほどの理由がないと、いや、あったとしても屋上への出入りはそもそも難しい。立ち入ることが可能なのは用務員くらいだ。


「あの、えっと、その……」


 もしかしたら生徒が今頃屋上で危険な目にっているかもしれない――、そんなこと簡単に信じてもらえるんだろうか。


(どうしよう……。でも早く助けなきゃ……!)

 

「――ボールが屋上までいったんです」


 一人でたじろいでいると、すぐ横で男子生徒の声が聞こえた。着ているユニフォームは砂で薄く汚れていた。

 

「え、遠藤えんどう君?」

「さっき、俺のホームラン球が屋上にいったんです。この人、それを見てたから……」

「え、野球部?屋上って、すげえホームランだったんだな。……まぁ、そう言う理由なら仕方ないか」

 そう言うと渋々腰を上げてくれた。


「ありがとう……」

「……有村か?」

「え……?」

桐本きりもとさん、有村のことになると、なんかいつも必死になってる気がして。……何かよっぽどのことがあったんだろ?」

「う、うん……。でも、なんで……?」


(遠藤君は何も知らないはずなのに……)


「……有村のこと、疑って悪かった。でも、今ここにいるのは、俺だけの意思じゃない」

「どういうこと?」

前橋まえばしたちからお願いされた」

由香里ゆかり友美ともみが……?」


「廊下で見かけたとき、桐本さんの顔が真っ青だったからって。何かあったみたいだから助けてほしいって」

「……」


 有村が無事クラスに復帰したあと、二人との関係は少しギクシャクしていた。有村を信じるといった奈緒を決して無視することはなかったが、二人にとってみれば心配した自分たちを裏切ったように思われても仕方がなかった。


「ありがとう……」

「礼なら、その二人に言ってよ」

「……うん」


「今確認したけど、鍵無かったよ?誰かがもう借りてるのかもね」

 例の教師がちょうど戻って来た。

「予備の鍵ってないですか?」

 遠藤は聞いた。

「あ~、どうだったかなぁ……」


 チラッと室内の時計を見る。あの電話がかかってから十五分は過ぎている。


(時間がない……!)


「すみません、ありがとうございました……!」

 頭を下げて、すぐに職員室を出た。

「え、ちょっと、どこ行くの?」

 遠藤が後ろから呼び止めた。

「屋上、行ってみる」

「え……」

「開いてるか分かんないけど……」

「何があったか分からないけど、なんか困ったら連絡しろよ」

「ありがとう……!」


 そのまま屋上へと続く階段をめがけて走る。


(お願い、どうか、無事でいて――)

 

 〇

「あ、いた!ちょっと、そこの!」

 あずさは、グランドの水道で水を飲んでいた輪島わじまを呼び止めた。


「えっ、あっ、確か、えーと……、桐本さんの友達の――」

羽金はがね。羽金でいい。悪いけどあんたに頼みがある」

「はい?」


 〇

「藤井先生が今どこにいるか?」

 蓬莱の呼びかけで立ち止まった二人の教師のうち、ハーフアップのやや年配の教師が言った。

「さっき、校長室って言ってましたけど、その後どこに行ったか分かりませんか?」

「さぁ……?見かけたのも十五分くらい前だから、今頃職員室にでも寄ってるんじゃない?」

「私たちも職員室に戻るところだから、一緒に行きましょうか」

 もう一人の若い教師が言った。


「いないわね……」

 職員室を覗いたが、藤井の机には荷物も何も無かった。

「藤井先生とすぐに連絡を取りたいんです!その、急用で……」

「分かった、わかった」

 そう言うとハーフアップは職員名簿を取り出して藤井の欄を指さした。

「これね」

「……ありがとうございます!」


 職員名簿に載っていた名前は――「藤井 典孝のりたか」。

 


 〇

 職員玄関を出るところで、藤井は鞄のポケットに入れていたスマホのバイブに気づいた。


(知らない番号……?)

 取り出して画面を見ると、登録されていないところからの着信だった。


「……はい」

「あっ、もしもし、藤井先生ですか?蓬莱です!」

「え、蓬莱?なんで君が僕の携帯番号を知ってるんだ?」

「そんなことより、お願い、先生!先生に助けてほしいんです!」


 普段は冷静な生徒が珍しく慌てている様子だったので、藤井も動揺した。


「お、おい、何があった?」

「説明は後です!ちなみに先生、今どこですか?」

「職員玄関だけど……」

「そこなら家庭科室が近いですよね?そこで待っててください!」

「あっ、おい!」


 そこで蓬莱の電話が切れた。


(何をそんなに慌てている?一体、何があった……?)


 家庭科室に向かう廊下で藤井は背後から急にしびれを感じた。振り向く間も無く、意識が遠のいていった。


 〇

「先生……?」

 家庭科室前に来た蓬莱は藤井の姿が見えず、狼狽うろたえた。

 

「電話……、とりあえず電話しないと――」

 しかし、何度かけてもコール音のみがひたすら続く。


「ダメだ。出ない……」


(先生、どこにいるの……?)


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