真相

「――僕をこの学校から追い出そうとしたのは、僕の叔父を突き落としたのは……、あなたなんですか。高山たかやま先生」


 胸ポケットに軽く触れる。念の為、グループ電話をかけておいた。


(誰でもいい。どうか、気づいて……)

 

 フェンスがない屋上は風が身体に強く当たる。

 少し長い前髪を軽くかき上げて高山は言った。

 

「……どうしてそう思った?」


「高山先生は僕が実際に編入する前から僕のことを知ってたんですよね?」


有村ありむら君ってさ、頭良いっしょ?』

『え、何急に。別に頭は良くないよ』

『またまた〜、編入試験の成績めっちゃ良かったらしいじゃん』

『誰が言ってたの?』

『数学の高山』


 ここに来たばかりの頃、輪島との化学実験室の会話で、有村はなぜ高山が自分の成績のことを知っていたのか疑問に思った。しかし、編入試験の答案を高山が採点していたのであれば、知っていてもおかしくはない。


「――もし、試験の採点に関わっていたのなら、採点していない他の先生たちより、僕の情報に詳しかったかもしれないと思って」


 どんな生徒なのか――。その情報を採点前に見るか、採点後に見るか。そうでなくとも、名前を聞いただけで送られていた願書にもきっと目通すはずだ。そして願書の顔写真を見て、恐怖を覚えた。


「そうだね、でも君の情報を事前に知れる人は他にもいるんじゃないかな?担任の月乃つきの先生だってそうじゃないか」


「気になることは、まだあります」


 有村は続けた。


「化学実験室の片付け——、薬品の片付けについては、クラスメイトの水野みずのさんが後から僕たちに伝えてくれました」

「実験室の薬品が何?」

「水野さん、藤井ふじい先生が言ってたって話してくれましたけど、後から確認したら、って言われたと……」


「薬品の片付けを終えて藤井先生に報告したとき、先生はお礼を言ってくれたけど、不思議そうな顔をしてました。僕らがあの時頼まれたのは、直接言われた実験道具の片付けだけで、薬品の片付けまでは頼んでいなかったからです」


「高山先生は、僕らがあの日授業後に物品の片付けを指示されてしていたこと、知ってたんですよね?」


『え、まって。何、今の音』

『藤センだったりして』

『今の聞かれてた⁉︎』


 片づけの際に聞こえた物音――。あの時の音は高山か、もしかしたら高山と繋がっている別の人物か、自分たちが藤井の注意を受けて片付けをしていたこともきっと知っただろう。


「僕が薬品を片づけた後に薬品を手に入れて—―、たとえ薬品は使ってなくても、鍵を手に入れさえすれば、夜間に実験室に火を放つことは出来たと思います。そうして、


「ははっ。何?あの火事も僕がやったって?」

 高山が笑いながら言った。

「ちょっと妄想が過ぎるんじゃないか?藤井先生だって、自分の管理が不十分って言ってたじゃないか」


「僕を誘導して、倉庫に閉じ込めようとしたのも高山先生なんじゃないですか……?」

「……ねぇ、君、いい加減ふざけるのも大概にした方がいいよ?」

 高山の顔つきが次第に変わり、いつも見せる笑顔が消えた。


「叔父の……、芳野よしの高校の卒業アルバムをこの間、目にする機会があったんです。その中には、あなたの他に名字は違っていましたけど、この学校で働いている人物がいました」

「誰?」

「用務員の島本しまもとさんです。あの当時は見浦みうらさんでしたけど」

「そんなの、よく分かったな……」


 蓬莱ほうらい家のあの顔認証の技術のおかげだった。島本の顔を知っている、有村、奈緒なお、蓬莱は卒業アルバムの写真から彼の顔が最近見た人物だとすぐに気づいた。


「倉庫の件は島本さんが行ったとすれば、その服装からそのとき近くにいたとしても疑われにくい。指示をしたのはきっとあなたで、倉庫の近くに呼び出した生徒を閉じ込めるだとか、そんな曖昧なものだったんだと思います」


 だから、たまたま自分を尾行していた奈緒が閉じ込められた。


「実験室の出入りに島本さんが関わっていたかは分かりませんが、部室の盗聴器は島本さんが仕掛けたんだと思います」

「なんでそう思う?」

「電球の件で職員室に行って島本さんにお願いしたとき――」


『あ、あの部室――』

『あぁ、はいはい。今行くから。とりあえず下で待ってて』


「――あのとき、桐本きりもとさんは“部室”って言ったんです。それに対して島本さんは直ぐに返事をしました。……でもあの部屋を“部室”って呼んでいるのは、僕と桐本さんと同好会のごく一部の人だけです。あそこを“部室”だと知っている先生もそう多くないですし、普通だったら「部室はどこだ」ってその場で聞くと思います」

「ふぅん、それで?」

「電球を取り替えるとき、島本さんから部屋から出るように言われました。その時すでに盗聴器を仕掛ける場所は決まっていたんだと思います。そうすれば短時間で作業が出来る。しかも怪しまれずに」

「それと――」

「それと?」

「高山先生と島本さん、実際に同級生でしたし、職員室でも随分と親しいように見えましたから、何か繋がりがあるんだと思いました」

「……」


「あとは四組の仁科にしな君です」

「仁科がどうかしたか?」

「仁科君に仮面のことを指示したのも、高山先生です」

「……なんでそう言い切れる?」

「高山先生は、親しみやすい。だから生徒からの相談も多いでしょう。それゆえに生徒からもらう情報もあると思います。でも、きっとそれだけじゃない」

「は?」

「ニックネームtnsv3488」

「なぜ、それを……?」

「ネットで知り合った人が教えてくれました」


 プラナリアにアルバムを返した際、情報をお金で買う人はどんな人なのか聞いた。以前、芳野高校OGBのコメント欄で山辺とのやりとりを見た高山はプラナリアとマイニクになったらしい。

 しかし、のちのやりとりで金銭と引き換えに芳野高校の事故の情報を要求され、警戒してブロックしたようだった。


「ふ、ふふ、あははははは……!」

「……!?」

 声を上げて笑い出した高山を見て、有村は動揺した。

 

「仁科はだった……。前からあいつの情報を知ってて良かったよ。少し脅したつもりだったのに、あんなに簡単に動いてくれてさ」


「……生徒からの信頼を得るには、ただ相談にのればいいだけじゃない。先に情報を手に入れて、さもそれを知らないかのように、悩みや秘密を抱えている生徒に近づけばいい」

 遠くを見つめながら高山は言った。


「“何か困ってはいないか?”ってね」

 高山は有村の耳元でささいた。


「――すると大抵の生徒は素直に話してくれるんだ。あぁ、この先生は自分の話を聞いてくれるんだって、そう思って」


『先生、なんでも知ってるから――』

 あの日。電球が切れた日。自分に向かって言った彼の言葉――。


(この人は、こうしてきっと、何人も、何十人も、たくさんの生徒を――)

 あのとき、もし自分も彼に相談していたらと想像すると吐き気がしそうだ。


「そうして生徒から得た情報もね、誰かの格好の餌になるかもしれない。世の中にはね、そう考える奴が腐るほどいるんだよ。……面白いよね。それで随分と金にしたけど」


 もう、これが彼の本性なのだろう。隠す必要が無くなったのか饒舌じょうぜつに語り続ける。


「認めるんですね……」

「あぁ、そうだよ。全部俺だよ。俺なんだよ。……俺がやったんだよ!」


 明らかに目つきが変わった高山を見て有村は後ずさった。


「なに今更びびってんの?」

 高山は鼻で笑った。

 

「あぁ、ついでにあの動画撮ったの俺だから。島本じゃないよ。っていうか持ち物検査でバレるかと思ったのにさ、ホント運良く逃れたよね〜。……でもあの動画残しておいて良かったわ。なんだかんだで使えたし」


(仮面を被害者からの情報という理由にして、一斉に持ち物検査をさせることも、この人ならきっと—―)


「藤井もさ、馬鹿だよな。俺があんだけ思い当たる生徒はいないのかって散々聞いたのに、お前のこと疑いもしなくて」

「……」


 そこまでして、彼が言わなかった理由は今の自分なら分かる。彼もまた自分に対して複雑な感情を抱いていたはずだ。


「俺んちはね、そこそこ裕福で名の通った家なんだよ。親父は優秀な議員でね、だから政界にも通じている。でも、子は俺一人でさ、親父が亡くなった後、同じように政治家になるように言われた。だけど俺は、そんな未来もなさそうなクソな仕事やりたくもなかった。だから、仕方なく持っていた教免で教師になった」


「教師になったらなったで、認めさせるのに苦労したよ。学校から求められるようなそんな人材でないと、家を継いでもらうなんて言うからさ。だから生徒からの信頼を得るために、今の地位を築くために、なんでもしてやった。利用できるものはなんでも利用した」


「……裏で僕を陥れたり、情報交換を行っていたことは分かりました。けれど、そこに叔父との関係はないですよね。一体叔父はあなたに何をしたんですか……?」


「――俺はね、学生時代から多数の生徒から好意をもたれていた。けど、言い寄ってくる奴なんかみんな、ただのガキにしか思えなかった。少し顔が良いだけの男に近寄ってくるただのガキ」


「だけど、あの人は……、彼女は違った」


 ちょうどそのころ、高山は大学を卒業したばかりの若い英語教師と出会った。彼女は顔や地位などで高山を見たりすることはなかった。そしてそんな彼女に高山は次第に惹かれていった。


「だけど――、彼女と関係を持っているところを校内で見られた……。あいつ――、有村 由紀雄ゆきおに……」

 

 高山は当時、誰がどう見ても優秀で非の打ち所がない生徒だった。生徒会に所属し、大学も推薦で行けると話も出ていた。しかし、教師と生徒以上となったその関係が周囲にバレてしまったら――、ただでは済まない。


「だから……、だから、あいつを呼び出した。あいつがいつも時間があれば書いていた原稿用紙。奴が大事にそうにしていたそれを持ち出して。返してもらう代わりに見たことを黙ってもらうと約束してもらうつもりだった。……殺すつもりなんて最初から無かった」


「なのに……、それなのに、俺が手に持っていた原稿用紙、無理にあいつが取ろうとして、そのまま――」

 高山の体は微かに震えていた。


「……一瞬だった。鈍い音がして、気が付いたら死んでた……」

「……」

「……言わなかった。言えるはずもなかった。持ってた原稿用紙は直ぐに焼却炉にいれて処分した。幸い、目撃者はいなかった。あの出来事は事故として片付けられて、時が過ぎた。……もう二十年以上も昔の話だ。周りも自分も忘れかけていた。なのに――、そんなところにお前が来た。ようやっと穏やかに過ごせるようになった俺の生活を、人生を、地位をお前が脅かしたんだ……!」


 そう言うと高山は有村の両腕を強く掴んだ。


「は、放してくださいって!」


「全て、全て計画通りだったのに……!」

 

 しかし強く掴まれた腕の力は直ぐに緩んだ。

 

「――いや、計画はまだ続いているんだった……」

「え……?」


 狂気に満ちた目で高山は有村に言った。


「君はここから飛び降りるんだ」

 

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