仮説

「――有村ありむら先輩に罪を着させようとして、または直接狙うようなことをして、それってつまり犯人にとって有村先輩が学校にいると都合が良くないってことっすよね?」

 声を潜めても山辺やまのべの声は部屋中に響いた。

 

「まぁ、自分としては悲しいけど、そういう人が学校内にいるってことだと思うよ」

 有村は言った。

 

 有村をターゲットにして犯人は動いているようのだから、きっとそれは間違いない。

 

「ただ、有村先輩は来たばかりっす。昔からの知り合いも学校内にいなかった。でも、有村先輩の存在が邪魔。なんかおかしいっすよね?」

「確かに。知らない人を邪魔に思うってのは、不自然かも。そんなに嫌なら、やっぱり何か理由がないと……」

 奈緒なおも山辺の意見に賛同した。

「そう!理由っす!」

 山辺はすかさず奈緒の方向に人差し指を向けた。

 

「……ねぇ、有村先輩。叔父さんのことどこまで知ってます?」

「えっ?」

 突然叔父の話になり、有村は戸惑った。

「叔父さんの話、お父さんに聞かなかったんすか?」

 

 彼が叔父と同じ名前だということ、ある程度の年齢になれば気づくはずだ。なぜ、死んだ兄弟の名前を自分の息子につけるのか――。


「……父さんは、叔父さんのことを話題に出すと、いつも決まって悲しい顔をした。もちろん父さんから、話を振ることはなかった。だから物心ついたときには、叔父さんの話はしちゃいけないんだって思ってずっと避けてた」


 事故でも自殺でも、彼の叔父の死は突然だった。彼の父親はその死に複雑な思いを抱いていたはずだ。


「そうっすか……」

 山辺は少し残念そうな顔をした。

 

「――で、叔父さんが何?」

「……もし、その叔父さんの死が、どうします?」

「……え?」


 予想外の答えに有村、奈緒、あずさは固まった。


「それって……、誰かにってこと?」

 あずさが聞き返すと

「そういうことっす。……まぁ、自殺の線もなくはないっすけどね」

「でも、新聞記事だと警察が最終的に事故だと判断したって――」

 そう奈緒が返すと、

「その方が都合がいいとしたらどうなんすか?」

「……」

「そもそもあの事故、生徒が登校する前の時間帯に起きてるみたいだし、死んだ場所も人気のないところっす。考えてみれば不自然なところ結構あるじゃないすか」

 

 返す言葉もなかった。

 確かに、自殺や事件となるより、事故と片付けた方が学校側としても下手に騒がれずに済むのかもしれない。


「そういえば――」

 有村が思い出したように口を開いた。


「日記……。父さんの日記に書いてあったんだけど――」

「日記?」

 奈緒は聞き返した。


「うん、アルバム探してたら、押し入れから父さんが昔書いてた日記が出てきたんだ」


「日記には、叔父さんのことも書いてあって、死ぬ前日に会ってて、叔父さんがいつもと違うだったことに気付いていたって」

「そうなんだ……」


「それで、叔父さんが死んだあとに、叔父さんの死についてに落ちないって書いてあった気がする」


「腑に落ちない……?」

 今度はあずさが聞き返した。

「うん。なんか叔父さんは元々朝が苦手なタイプなんだけど、その日だけは、ばあちゃんも起きない時間に家を出て行ったらしくて……」

「それは、確かにおかしいわね……」

 蓬莱ほうらいも頷いた。

「わざわざそうしてまで学校に行かないといけない理由があったってことよね?」


 やはり山辺の言う通り、単に事故として片付けてしまうのは不自然だ。

 

「多分そう、なんだけど—―」

「何?まだ何か気になることがあんの?」

 言いかけた有村にあずさが聞いた。

典孝のりたか君って当時叔父さんの友達が、亡くなる直前に叔父さんと喧嘩したらしくて」

「それは残念ね……」

 蓬莱は気の毒そうな顔をした。

 

「それで、その典孝君が叔父さんが亡くなってから、あれは自殺だ、自分のせいなんだって、父さん達に謝りに来たみたいなんだ」

「典孝って人は今、どうしてるの?」

 あずさが聞いた。

「……分からない。日記にはそれ以上のことは書いて無かったし、僕もその人とは会ったことない」

「うーん、自殺もなくはないってことっすか……」

 山辺はため息をつきながら腕を組んだ。

 

「……ねぇ、もしかして、典孝君って人が殺したんじゃない?」

 沈黙を破るようにあずさが言った。

 

「いや、まさか」

「どうしてよ」

「日記では、典孝君は相当自分のことを追い詰めていたみたいだし、殺すまで恨むとかは流石になさそう」

「じゃあ、そうすると他の誰かってことね」

「まだ、他殺だとは――」


「と・に・か・く!僕が言いたいのは、んじゃないかってことっす!」

 山辺は有村とあずさの間に割り込んだ。

 

「……叔父さんの死が?」

「そうっす。不自然な叔父さんの死の真相を知っている誰かが、裏で糸を引いているかもしれないっす」


「それってつまり、狙われるのは僕自身がどうこうしたかじゃなくて、僕の叔父さんの死が原因で、僕が叔父さんの死について何か知ってるかもって、犯人は思ってるってこと?」


「その考えには私も納得できると思ってるの」

 蓬莱が言った。

「死んだ少年と同姓同名の人物が再び同じ町に戻ってきた。しかも君は顔も似ているんだっけ?――もし、犯人がまだこの町に住んでいて、君のことを何かしらの形で知ったとしたら、放っておかないんじゃないかしら。それどころか犯人にとって君は恐怖の対象かもしれないわ」


 奈緒は蓬莱と山辺の仮説を聞いて、なんとなく今まで見えなかったものが、うっすらと繋がってきたような気がした。――これまで全ての辻褄つじつまが合うような、そんな気が。


(自分が殺した相手が戻ってきたら、自分が昔人を殺したことがバレるとしたら――、犯人は知られる前に手を打とうするはずだ)


「その仮説でいくなら……、犯人は二十年ほど前に叔父さんが通っていた生徒、もしくは学校関係者って感じ?」

 少し考えてからあずさが言った。


「でも、当時のことを知っている人が、今どうしているかなんて分からないよ……。それを探すのはまた、すごく時間がかかるんじゃないかな?」

 有村が言った。


 新学期が明けて二ヶ月近く経っている。これ以上犯人探しに時間は割けない。


「ふっふっふ。先輩いいところに気づきましたね……!」

「?」

「そこで、コレっす!」

 山辺は自分のスマホを有村達に見せた。


「これ、何……?」

 画面をまじまじと見ながら、有村が言った。

 ホーム画面と思われるページには「〇〇が好きな人」、「◯◯な人集まれ〜」などという言葉がズラリと並んでいた。


「nixiっす!」

「ニ、ニクシィ?」


「――先輩、俺とマイニクになりませんか?」

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