第三部
蓬莱家
『今日は家に来て』
結局部室はあれ以来、使い難くなってしまった。そのため、「別の場所で話そう」という蓬莱の意見にはみんな賛成した。
メッセージを見て、蓬莱の家を知らない
放課後、メッセージ通り、校門近くに用意された車で蓬莱家に行くことになった。
「あ、あの人が
あずさがそう紹介すると、黒の高級車の前にいたサングラスをかけた長身の男性が深々とお辞儀をした。
『蓬莱先輩には田中さんいるじゃないっすか〜』
『田中は今日は車検なの』
(彼が例の田中さんか……)
以前、蓬莱と
しかし、そのことを全く知らない
「初めまして。蓬莱様の運転手をしております、田中と申します。お二人とも、お嬢様からお話は伺っておりますよ」
黒いサングラスのせいで表情は読み取り辛いが、低めの落ち着いた声とゆっくりとした話し方は奈緒達を安心させた。
「よ、よろしくお願いします……」
自分よりいくつも歳の離れた人からの丁寧な対応に慣れておらず、奈緒は緊張しながらお礼を言った。
「うわぁ……」
早速乗り込むと、その広々とした車内と豪華な内装に奈緒は思わず声をあげた。
窓には厚めのカーテン、シートの中央部分にはシャンパン。後部座席にスピーカー。高級そうな革のシートはリクライニング使用になっていた。
(この車一体いくらくらいするんだろう……)
「あ、先輩も食べます?」
袋に入ったミックスピーナッツをボリボリとつまみながら山辺が差し出した。
「い、いや、いいよ……」
(どうしてそう、平常でいられるの!?)
「
奈緒の隣にいる有村も、なんとなく奈緒と同じことを思ったのか、前の席のあずさに聞いた。
「うん、何度か行ったことあるよ。この車も乗ったことあるし」
「そうなんだ……」
「あ、でも家の方はもっと驚くっすよ〜」
「「?」」
奈緒と有村は顔を見合わせた。
車は門を通り玄関の前で止まった。
壁面が白のスタイリッシュでモダンな三階建ての家。
家だけで三〇〇坪はくだらないだろう。庭を含めた敷地面積を考えたらさらに広いが。
「「でっか〜」」
人生で初めて生で見る豪邸に圧倒され、有村と奈緒は思わず声を揃えた。
「中もすげえっすよ」
そんな二人を見てウインクしながら山辺が言った。
「田中です。ただいま戻りました」
車から降りた田中が玄関前のインターホンを押す。
「はーい、どうぞ〜」という聞き慣れた蓬莱の明るい返事が返ってきた。
奈緒は玄関を見て違和感を感じた。
この家の玄関のドアにはドアノブはあるが鍵穴がない。
(どうやって鍵を閉めてるんだろう……)
それの答えを示すように、田中が自身の親指をドアノブにそっと触れると
「認証完了」
と機械音と共にガチャリと解錠の音がした。
「えっ、どうなってるの?」
奈緒が驚いてそう言うと、
「指紋認証ですよ」
と田中がさらりと答えた。
「蓬莱先輩の家はセキュリティー関連に強いんだよ」
中に入りながらあずさが説明した。
「
「ハーミット……?なんか聞いたことある……」
「君の安心〜、明日の安心〜、セキュリティはハーミット♪」
山辺が軽快に歌い出す。それは物心ついたときから奈緒がテレビで聞いてきたCMの曲だった。
「えっ!ハーミットって、あのハーミット!?」
「蓬莱とは中国で仙人が住む山という意味がありまして、仙人
田中が会社の由来を説明する。
「知らなかったんですか〜。桐本先輩って結構世間知らずぅ〜」
「うぅ……」
(でも、あんな有名な会社のお嬢様なら、この家もなんか納得できる……)
田中に誘導され、階段を上がり長い廊下を抜けて木製調の重厚そうなドアの前にきた。
しかし今度のドアはドアノブすらない。
「千聖様、入りますよー」
そう言い、ドアの前から田中が少し下がると
「認証完了、解除します」
玄関同様、機械音が鳴った。
「家ですらこんなにセキュリティがガッツリなんだ……」
奈緒の心を読むように有村がポツリと言った。
目の前のドアが横にスライドすると、二十畳ほどの洋室につながっていた。
「ようこそ〜」
淡い緑のワンピースを着た蓬莱が笑顔で出迎えた。
私服姿の蓬莱を見るのは二回目。例の怪談大会以来だ。
向きを少し変えただけでフワリと綺麗に広がるワンピースの裾を見て、それがたいそう質の良いものであると奈緒はすぐに感じ取った。
「きょ、今日はお招きいただき、ありがとうございます!」
部屋に入るや否や、有村は緊張しながら挨拶した。
“お金持ち”の家に上がるのが初めてなのが明らかだった。
「ちょっと〜!そんなかしこまらないでいいわよ〜。勝手に呼んだのは私なんだから」
ね、と言って、クスクス笑いながら蓬莱は田中の方を見た。それに応えるように田中も微笑みながら頷いた。
「せっかくなんだし、お茶しながら話しましょ!」
☆
運ばれてきたお茶を各自が一口ほど飲んだ頃だった。
「あずちゃんたちはもう知ってるけど、私の家はこの通り、セキュリティーの会社を経営しているの」
「家にあるセキュリティーは、その精度を確認するために試作段階のものも取り入れたりしているの」
「それってまだ世に出てないものってことですか?」
有村が興味深々に質問する。
「そうね。システムが複雑過ぎるのか、エラーが出るセキュリティーなんかは見直しが必要なの」
「いざってとき、使えないとダメですもんね」
「私もね、昔トイレから出られなくなったことがあってね」
クスクスと笑いながら蓬莱は話す。
「ト、トイレにもセキュリティーが仕掛けてあるんですか??」
有村は驚いて言った。
「いやいや。もう
もうということは昔はあったということになる。
(恐ろしい……。まるで忍者屋敷だ)
奈緒はごくりと唾を飲んだ。
「でも家の中でかくれんぼするのはなかなかスリルがあって楽しかったわ、ね、田中?」
「えぇ、お嬢様は隠れるのが実に上手く、セキュリティの仕組みも把握してましたから、なかなかに大変でしたよ」
親しげに話す様子から、歳こそ離れているものの、二人の関係は深いように見えた。
「――で、本題に入るわ」
先程までの微笑みを仕舞い、真面目な顔で蓬莱は仕切り直した。
「今、ハーミットが力を入れているのは、顔認証なの」
「顔認証?」
奈緒が聞き返した。
「そう、でもただの顔認証じゃないの」
「その人の過去や未来も予測できる精度の高い顔認証」
(過去も未来も――?)
「それって――」
「そう、よほどの整形をしてない限り、それを使えば誰がどの人かが高い確率で推測できる。例えば、過去に犯罪を犯して逃げた人も、顔さえ分かれば洗い出すことができるの」
蓬莱が話す内容が、会社の重大機密であることをその場にいた全員が察した。
「つまり、その顔認証のシステムが完成すれば、おそらく警察や国が使うことになるんですね」
あずさが言った。
「もし、成功すればね」
「もしかして、この間のアルバム――」
有村が思い出したように言った。
「そう。この顔認証のシステムを使わせてもらったの。結局、君の過去に直接関係する人は身近はいなかったけどね」
「だから一気に調べることが出来たんですね……」
有村はようやっと蓬莱の調べる早さと「秘密」と言った意味に納得した。
「んで、ここからなんすよ」
今度は山辺が言った。
「これはまだ仮説なんですけど――」
口元に手を当て、少し声を潜めて彼は言った。
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