約束
庭が見える居間で、座卓を囲むように
「まずはあの時、疑って悪かった」
「……うん」
「動画も、秘密が漏れたのも私じゃないの」
「……うん」
「ほ、本当に、ごめんなさいっ!」
「……ごめん、誰?」
「あ、こちら
奈緒は自分の左隣りに座る仁科を
「あ、あぁ〜!君が仁科君なんだ。――って、あれ?確か君、突き落とされた人だよね??」
「その、あれは嘘なんです……」
「なんで、嘘なんか……」
「それがね――」
奈緒は仁科のこれまでと盗聴器の件を説明した。
「――Wordで書かれた文書?」
「バレたくなくて、怖くなって、誰でもいいのならとその二人を――」
それを聞いた有村は険しい顔つきになった。
「――
事実、仁科が有村にしたことといえば、仮面を忍ばせたことだけで、二人にしたことの方がはるかに重い。
「実行犯は確かに仁科だ。だからもちろん二人に謝らせる。だけど、問題は指示を出した方だ」
「有村君を追い詰めたり、仁科君を脅した人が一緒なら、きっとこれから先も何かを企んでると思う。今回の動画を流した人も、盗聴器を仕掛けた人もきっと同じ」
奈緒も
「桐本さんたちに話を聞いたよ。同好会メンバーで、犯人を探しているんだろ?……俺にも何か出来ないか?」
「僕からも、お願いします‼︎」
仁科も頭を下げた。
「……しなくていい」
「なんでだよ。お前の疑いを皆に晴らさないと――」
「いいよ。もうこれ以上、誰も巻き込みたくない」
「でも……」
「なんだかんだで、最初からターゲットは俺なんだ。だから—―」
真剣な目で見つめられ、輪島はそれ以上言えなくなった。
「……分かったよ。けど、あんまり自分を追い詰めんなよ」
「うん。……ありがとう」
「あ、あとさ……」
「何?」
「……もう有村君じゃなくて、有村って呼んでいい?」
輪島は少し気恥ずかしそうな顔をした。
「……うん、いいよ。俺も輪島って呼ぶ」
☆
「
玄関を出ようとした時、有村は奈緒を呼び止めた。
「うん?」
「朝、嘘つきって言って、ごめん……」
「ううん、あんな状況だったんだもん。私が疑われたって仕方ないよ」
「……ほんとにごめん」
「俺、ショックで、その……、桐本さんを信じきれなかった。桐本さんは俺のこと信じてくれたのに……」
「もう、いいよ。謝らなくて」
「私は大丈夫」
頭を下げたまま必死で謝る有村に奈緒は言った。
「桐本さんは、優しいんだね」
その言葉を聞いて、奈緒は戸惑った。
「……優しくなんかないよ」
(昨日、あの時、みんなが有村君を疑っていた。けれど、少し前の私もみんなと同じだった。勝手な思い込みで、有村君を犯人だと決めつけて—―)
「私は優しくなんか、ない」
「桐本さん……」
「本当に優しいのは、輪島君みたいな人のことを言うんだよ」
輪島は普段は教室でヘラっと笑っている姿しか見なかった。けれど今、こうして彼といると、人一倍周りを大事にする人なのだと確信する。お節介と言われればそうかもしれないが、自ら誰かを助けようとしたり、本当のことを確かめに行く勇気は自分には持っていない。
「でも、私は――」
(私は、決めたんだ――)
初めてちゃんと話をしたグラッドで。
初めて泣き顔を見た部室で。
初めて「本当」を知ったあの場所で。
「――私は、有村君の味方でいるから」
奈緒は小指を立てて有村に向けた。
「約束」
有村もそっと小指を出した。小指と小指を絡めて強く結んだ。
「……うん、約束」
「おーい!もう帰るぞー」
玄関の外から輪島の声がした。
「はーい!」
返事をして急いで靴を履く。
「有村君、また、明日学校でね」
「……うん、また学校で」
★
翌日、教室に向かう足どりは重かった。
昨日の今日だ。クラスメイトの誤解が解けているはずもない。登校時もすれ違う生徒すべてが自分を疑いの目で見ているような気がして、気が気でなかった。
昇降口を通って教室に向かう。心臓の鼓動が強く速くなる。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫……)
自分を守るように、必死に心の中でつぶやく。
でもその奥ではずっと悲鳴を上げている。
“怖い”
ついに教室の扉の前まで来た。
けれど、一歩が出ない。
扉を開くことが出来ない。
手が動かない。
(大丈夫、大丈夫、大丈夫……)
目を閉じて深呼吸する。
「早く開けてくんねぇ?」
突如頭の上から声が聞こえた。見ると、輪島がニッと笑って自分の後ろに立っていた。そのすぐそばには奈緒もいた。
「おはよう!」
「おはよう……」
「きょ、今日は私、寝坊しなかったからね!」
少し照れくさそうに言う奈緒を見て、有村はなんだか少し緊張がほぐれた。
「出来たら、いつも寝坊しないでほしい」
「……ごめん」
扉を開ける。皆の目線が一斉に自分に向けられる。
(そうだよな……)
「おい、輪島、そいつとあまり――」
クラスの一人が三人を見て言い出した。
「有村はやってない」
輪島はキッパリと言い放った。
「え、いや、でもさ――」
他の生徒も輪島の態度に困惑している。
「有村はやってない。転落事件の犯人じゃない」
「証拠は?やってないって証拠あんの?」
今度は遠藤が聞いた。
「本人がやっていないって言ってるんだ、それが証拠だろ」
「はぁ!?」
本当の犯人は別にいる――。
突き落とした犯人は仁科だ。それは確かなのだが、事情を知らない彼らにとっては、輪島は急に
「……私も有村君を信じてる」
奈緒も輪島に続いて言った。
「え、ちょ、ちょっと、奈緒も?」
「……有村、お前、本当にやってないんだよな?」
今度は輪島が有村の方を見て言った。
「う、うん……」
「うん。じゃ、そういうことで!――この話は終わり!」
輪島に一方的に話を終わらされて、三人以外はみなポカンとしていた。
丁度そこでチャイムが鳴り、すぐに
「大丈夫だ、俺らがいる」
輪島は席に着く前に有村の肩を叩いてボソっと言った。
『私は有村君の味方だから』
『約束』
(大丈夫、大丈夫……)
心の中でつぶやく。
先ほどよりか、自分が落ち着いていることに気がつく。
(二人もいる。大丈夫、大丈夫……)
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