訪問

「――で、あんたはどこまで知ってるの?」

 カラオケ屋のファミリールーム。

 長椅子のソファーに座り、腕組みしながらあずさは仁科にしなに聞いた。


「突き落とすよう命令されただけで、他は――」

「じゃあ化学実験室の火事は?あたしを倉庫に閉じ込めたのも、部室に盗聴器を仕掛けたのは?」

 おいうちをかけるように奈緒なおは言った。

「待てまてまて、今なんか物騒なワードが出てきたんだけど。……え、ってか桐本きりもとさん、倉庫に閉じ込められたの!?」

「一学期のとき。あの時は、輪島わじま君が開けてくれたから助かったの。……今更だけど、ありがとう」

「あっ!あぁ〜、あんときか〜!」

 奈緒の言葉で輪島は思い出した。


(どっちかって言うとGから助けてくれたほうに感謝……!)

 

「しかも本当はね、その倉庫に有村ありむら君が閉じ込められるはずだったみたいなの」

「はぁ!?」

「仁科君と同じ。Wordで書かれた紙で誘導されたんだって」

 あずさも蓬莱ほうらいに続けて言う。

「有村はその……、無事だったのか?」

「うん」

「じゃあなんで、桐本さんが代わりに閉じ込められるんだ?」

「うっ、それは――」


(尾行してたって言うのは気まずい……)

 

「――すみません、倉庫のこともそうですけど、盗聴器の話も初耳です。何があったんですか?」

 今度は仁科が聞いてきた。


(ナイス、仁科君!)

 

「うちの部室に――、教材室に、盗聴器が仕掛けられてたの」

「でもそれ、今日気づいたんすよね〜」

「マジかよ……。ヤバいじゃん、それ」

 輪島は頭を抱えた。

 

「二世の――、有村の誤解は夏休み中には一応解けてたんだ。それにうちらしか仮面のこととかは知らなかった」

「二学期が始まってから、有村君含めて、一連の事件の真相を、つまりは犯人を探していたところだったの」

 蓬莱も続けて説明した。

「じゃあ今こうして、動画が拡散されたり、盗聴されたりしてるってことは――」

 仁科が言いかけると

「おそらく、真相を知られたくない犯人が、私たちの活動に勘付いたってこと」

 蓬莱が答えた。

「今聞いた話だと、動画を撮って流したやつと、盗聴器を仕掛けたやつはタイミング的にも一緒かもな。火事や倉庫のことはよく分からんけど」

 輪島は眉間に皺を寄せた。


「ってか俺、桐本さんと有村君が最近仲良さそうだったからさ、どうにか連絡取れないかなって思ったんだ。仁科のことも知ったから、二人でちゃんと謝りたくってさ……」


『あ、いたいた!桐本さん!』


(あのとき輪島君はずっと私を探していたんだ……)


「俺さ、有村君の連絡先、実は知らないんだよね」

 少し気まずそうに輪島は言った。


(そういえば、クラスのグループLUINEに有村君はまだ入ってなかったな……)


「輪島君、ごめんね。実は――」

 奈緒は輪島に有村と連絡が取れないことを話した。

 

「……そうか。じゃあ、学校来るの待つしか――」

「あぁ!」

 そこであずさが声を上げた。

「ちょっと、何!?急にびっくりするじゃない〜。あずちゃん、どうしたの?」

「奈緒、二世の家知ってんじゃん!」

「あ……」

 

(そういえば、尾行したとき、有村君の家の前まで行ったんだった……)


「え、そうなの?何で?」

 驚いた顔で輪島が聞いた。

「前に奈緒が、び――」

「おっと」

 奈緒は急いであずさの口を塞いだ。

 

(まずい、まずいまずい。その先を言っちゃ‼︎)

 

「「び??」」

 輪島と仁科が同時に首を傾げた。


 輪島たちから少し離れて声を潜めて話す。

「尾行で家まで行ったなんて、ストーカーだと思われちゃうじゃん‼︎」

「は?尾行したのは本当のことじゃん」


「じ、実は、前に有村君家に行って、勉強教えてもらったことがあるだよね〜」

「あぁ、そういうこと。桐本さん、本当に有村君と仲良いんだな。羨ましいわ〜」

「あ、あはははは……」


 こいつ……、という目であずさは奈緒を見た。


(ごめんて。……というか有村君にもいつかちゃんと言わないとだ)


「とりあえず、桐本さんは有村君の家を知ってんだな」

「うん、まぁ……」

「じゃ、行くか。有村ん家」

「え!?」

「だって、どうせ電話出ねぇし、メッセージもスルーしてるんだろ?」

「急に行って、入れてくれるかな……」

「いざって時は、無理やりにでも入ってやるよ」


(大丈夫かなぁ……)


「報告、待ってるね」

 あずさはカラオケ屋の出入り口で奈緒を見送った。

「うん……」


(会って、ちゃんと話せるといいけど……)


 ☆

「――遠くね?」

「意外と距離あるんだよねー」

 

 学校から有村の家までは歩いて約三十分ほど。

 奈緒は二回目なので見知った道だが、初めて行くとなると、やはり遠いと思うのが普通だと思う。

 尾行したのはまだ暑い時だった。暑さに加え、尾行に神経を使って、奈緒は有村に着いていくのもやっとだったのを思い出した。

 

「これだったらチャリ通も認められんのによー」

「確かに」


「――輪島君はどうして仁科君が嘘をついてるって分かったの?」

 奈緒がそう聞くと輪島はちらりと仁科を見た。仁科は気まずそうに目を逸らした。

「……俺ね、小学校のときからサッカーやってんの」

「え、そうなんだ。結構長くやってるだね」


 この学校は、決してサッカーの強豪校ではない。けれど十年近くサッカーを続けているってことは、彼は純粋にサッカーが好きなのだろう。


「で、スポーツを長くやっていると、絶対どこかで怪我をするんだよな。……まぁ、俺でなくても仲間がよく怪我をするわけだ。スポーツに怪我はつきものってよく言うだろ?」

「そうだね」


「だからさ、怪我をしているかしてないかは、わりと直ぐ分かるんだ」

「それで、仁科君の怪我が実は嘘って気づいたんだ」

「普通は軽い怪我でもかばったりするのに、仁科にはそれがなかったからな」

 

「今日の昼休み――」

 今度はずっと口を閉ざしていた仁科が話し出した。

「昼休みに、輪島君に呼び出されて、怪我は嘘だよなって言われて、もしかして、突き落としたのは本当はお前なんじゃないのかって言われて……」


 彼に同情なんてしたくは無い。けれど、いつ自分のしたことがバレるのかと、ずっと不安を抱えて過ごしていたのだと思うと、なんとも言えない気持ちにもなる。


「――もう、これ以上、嘘を突き通せないと思った。自分が悪いのはもう分かってる。自分の弱さに負けてしまったことも……」


「……それ、有村君に直接ちゃんと伝えて」

「……うん」


 ☆

 そうこうしているうちに有村の家の前に着いた。

 相変わらず、有村家は近隣の家に比べると古くて置いてけぼりにされているような家だった。


「ここ?」

「うん」

「すげーな。俺んちより古い……」


 表札が掲げてある門を通り、玄関前のインターホンを押す。

「……出ない」

「留守かな」

 仁科が言った。

「いや、居留守かもしれねぇ」

 そう言うと輪島はインターホンを続けて押した。

「ちょっと!流石に近所迷惑だって!」


 そう言った直後だった。

「しつこいな、誰なんだよ!」

 中からTシャツ姿の有村が出てきた。


「……!」

 有村は奈緒たちを見るなり、すぐさまドアを閉めようとした。

「待って!」

 奈緒が止めると

「……帰ってほしい」

 有村は冷たく言った。

「……ちょっとだけ、話を聞いてほしいの」

「裏切ったくせに……」


 有村がドアを閉める寸前で、輪島は隙間に足を入れた。

「いててて……」

「あ……」

「悪かった……。お前のこと、強く責めたこと、本当に悪いと思っている。……俺、本当のことが知りたかったんだ」

「私たち、有村君に謝りに来たの」

 輪島のあとに続けて奈緒が言った。


「――あと、転落事件の犯人も今ここにいるから」

「えっ?」

 有村が拍子抜けしたその隙を狙って輪島がドアをこじ開けて中に入った。

「今だー!」


 そう言うと輪島はすぐさま有村の腕を掴んだ。

「え、えっ、何!なに!?」

「確保ーーー!」

「……輪島君、それは犯人を捕まえる時に言う言葉だよ」

 呆れた顔で奈緒は言った。

「こうでもしねぇと、逃げられると思ってさ」

「逃げないし。ここ俺ん家だし」

「少し話がしたい。いいか……?」

「……分かった、いいよ」

 諦めたように有村は言った。


「……ねぇ、腕そろそろ離して」

 輪島は玄関を上がっても、まだ有村の腕を掴んでいた。

「……有村君、おトイレ、ドコデスカ?」

「廊下突き当たって右!」

 そう言って有村は輪島の腕を振り払った。


(輪島君、ずっとトイレ我慢してたんだ……)


「「おじゃましまーす」」

 奈緒と仁科は輪島のあとに続いて家に上がった。

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