新たな謎
「ごめんね〜、鍵借りるの遅くなっちゃって〜」
「いいですよ。鍵、ありがとうございます」
「あ、そうだ!
「えっ、もうですか!?」
蓬莱にアルバムを渡してからわずか三日しか経っていなかった。
「何か分かりましたか……?」
「あー、……そうね、とりあえず、君の知り合いはここの学校にいないってことは分かったわ」
「……そうですか。でも、一体どうやって調べたんですか?」
「それは企業秘密〜♪」
「はあ……」
(この人一体何者なんだろう……)
「でも、また振り出しに戻っちゃったかしら……って、ん?あれ?」
「どうしました?」
「スイッチが入らない……」
蓬莱は室内にある扉の横のスイッチを押すが、カチカチとした音が鳴るだけだった。
「あー、切れちゃったんですね」
天井を見上げる。部室は狭いため、元々一つしか蛍光灯がなかった。それが何も反応しなかった。
「蓬莱先輩……?」
ちょうどそのとき後ろの方から聞きなれた声がした。
「あ、
「
「ちょうどよかった??」
「電気切れちゃったから、先生にお願いしてきて!」
☆
「
職員室を覗く。高山の机を見るが当の本人はいなかった。
「ダメだ、いない」
「他の人に頼む?」
有村が聞いた。
「そうだね。えーと、こういうときって用務員さんがいいんだっけ?」
「用務室は分かんないな。桐本さん知ってる?」
「えっと、たしか――」
「桐本……と、有村か?どうした?」
悩んでいると運良く高山が後ろから声をかけてきた。
「あ、高山先生!実は部室の電気が切れちゃって……」
「部室?あれ、桐本って部活入ってたっけ?」
そう言われて奈緒はしまった、と思った。高山は顔が広い。生徒とも良く話をしているため、どの生徒がどの部活に入っているか把握していることが多い。
「えっと、科学同好会のー、
「ふーん、なるほど。だから最近良く同好会のやつらといるのか……」
「で、有村もか?」
「え?」
「有村も同好会の助っ人か?最近桐本とよく一緒にいるだろ?」
「えぇ、まぁ、そんな感じです」
「……学校は慣れたか?」
「え……」
「先生、なんでも知ってるから、何かあればすぐに相談しろよな」
高山はさりげなく聞いてきた。けれど、こういうところがきっと生徒からも親しまれる理由の一つだろう。担任でなくとも、こうして気にかけてくれる先生がいると生徒たちは安心するのだ。
「まぁ、……えっと、その、ありがとうございます」
「かたい、かたい」
高山は苦笑いしたあとで二人に言った。
「お前らもし、正式に同好会入るんだったら言ってくれよな。五人以上なら部になるんだし、
「部室の電気切れたって話でした」
「あぁ、そうだった、そうだった。悪いけど、先生忙しいから用務員さんに頼んでもらって」
高山はそう言うと抱えていたプリントやノートをドンと机の上に置いた。その量はざっと三クラス分はあった。
「……ですよね〜」
(誰に頼もうかな……)
「おっ、
高山は奈緒達の後ろに向かって手招きした。
「島本さん?」
「ほれ、あの人に頼みな」
高山に呼ばれて近くに来たのは、グレーの作業服を着た用務員だった。
「あ、あの部室――」
「あぁ、はいはい。今行くから。とりあえず下で待ってて」
島本という用務員は、少しぶっきらぼうに言い放ってその場を去った。
(なんか嫌な感じ……)
奈緒たちが言われた通り部室で待っていると、しばらくして蛍光灯を抱えた島本がやってきた。
「うーん。ちょっと机の上乗ってやるか……。悪いけど君達一旦、部屋の外に出てくれる?」
部屋の中を一通り見た後で、島本は言った。
言われた通り廊下に出る。廊下を通る生徒がチロチロと奈緒たちを見ていた。
「ちょっと別の場所に移動したほうがいいですかね」
視線が気になった有村に対し
「何もそんなに時間かかんないわよ」
と蓬莱が返した。
「そうですか……」
蓬莱の言った通り作業はおよそ五分程度で終わった。
部屋を出た島本にお礼を言うと、軽いおじきをしてさっさと行ってしまった。
☆
「おっ、あっかるーい!」
作業後にやってきたあずさが部室に入るなり言った。
「電気切れちゃって、さっき取り換えてもらったの」
「へぇ〜」
「でも、換えてくれた人ちょっと嫌な感じだった……」
彼にとっては余計な仕事だったのかもしれないが、自分たちへのぶっきらぼうな態度に、奈緒は少し苛立ちを感じていた。
「そうなんだ??」
あずさは不思議そうな顔をした。
「……あれ、そういや
彼は今日、ここに来る予定だったはずだ。
「今日はクラスの仕事で急に行けなくなったって、さっきLUINEきたけど……」
「残念。私ここ一週間会ってないや」
「つーかさ、なんかあいつ、最近コソコソしてるんだよね〜」
「そうなの?」
有村が聞き返した。
「なーんか、変なの企んでるような……」
「気のせい、気のせい。山辺君がちょっと変なのは前からでしょ〜。……それよりも、あずちゃんが気になっていること早く教えて!」
蓬莱が急かすようにあずさに言った。
「気になっていることって?」
奈緒がそう聞くと、あずさは話し始めた。
「えと、実験室の火事のこと、いろいろ考えていたんだけど—―」
「……だけど?」
「藤井先生がなんだか怪しいっていうか、思えばちょっと変だなってところにたどり着いてて」
「え?藤井先生が犯人だとして、自作自演は流石に無いよねって、前そんな話になったと思うけど……」
薬品に詳しい誰かが犯人、という話の流れの中で、藤井の自作自演では、と発言したのは有村だった。
「だってさ、一応流れの中では最後に薬品に触れることが出来たのは二世でしょ?」
「まぁ、時系列的にはそうかもしれないけどさ……」
再び自分が疑われたようで、気まずそうに有村が言った。
「じゃあ、藤井先生はなんで二世のこと疑わないの?わざわざ薬品を片付ける仕事まで頼んでおいてさ」
「あ……」
(確かに、有村君が薬品に触ったことを知っていて、疑わないのはおかしい……)
本来なら有村も疑われるべき生徒で、同好会同様に呼び出しをくらっているはずだ。それがはなかったということは、有村へ向けられるべき疑いについて、藤井は他の教師達に言わなかったということになる。
「藤井先生、火事のことについて何か隠しているんじゃないかなって」
「……有村君は火事の前、藤井先生と何かあったかしら?」
蓬莱は少し考えてから有村に聞いた。
「いえ、別に。薬品を片付けた後、それを報告したくらいでその後は何も……」
「ごめんね。そうよね。転校してきたばかりで、藤井先生とだってそんな関わりはないよね」
俯く有村に蓬莱は慌てて言った。
「これは、藤井先生本人に聞かないと分からないわね……」
結局、火事についても謎を残したまま、その日は解散することになった。
☆
「ねー、今日、
部室の鍵を閉めたあと、あずさが言った。
「いいよ、何か買うの?」
「ノート五冊セットのやつ」
菊池商店とは学校御用達の文房具店だ。
学生証を見せれば安く買えるので、大抵文房具が切れたとき、生徒たちは真っ先に菊池商店に買いに行く。
「じゃあグランドまわりだね」
「あたし鍵返して来るから、奈緒先行ってて」
「はーい」
そのままあずさは職員室に向かった。
昇降口を出てそのままグランドにまわる。菊池商店は学校の裏側の方にあって、グランドから行ったほうが早いのだ。
手洗い場近くで待っていると、足元にサッカーボールが転がってきた。
「おー、桐本さん、ごめんね」
ボールを取りに走ってきたのは
「あ、輪島君。お疲れ様〜」
「いやいや、どうも」
大して息は切らしていないが、首筋からは大量の汗が流れていた。
「みんな大変そうだね」
グランドで練習しているサッカー部を見る。
青と緑のゼッケンをつけた生徒が声を出し合いながら練習に励んでいる。
この高校は決して強豪校ではないが、朝練もありサッカー部は忙しいことはみんな知っている。
「あ、
ボールを蹴る部員の中に仁科がいるのが見えた。
「仁科がどうかした?」
「……あ、ううん。仁科くんってほら、怪我したって聞いてたから。こうやってもう普通に皆と練習できてるんだなぁって思って」
松葉杖をついていた遠藤を思い出す。彼はもう杖なしで歩けるが、部活には少し制限があるようだ。
(仁科君は怪我が軽くて良かった……)
「……なぁ、桐本さん」
「うん?」
「あいつの怪我、本当だと思う?」
「へ?」
思わぬ問いかけに奈緒は間抜けな声を出した。
そう尋ねる輪島の顔は、いつもクラスで見かける顔とは違う。真剣そのものだ。
それってどういう——、と聞こうとしたところであずさがちょうどやってきた。
「お待たせ!!」
「……ごめん、今の気にしないで」
「えっ?あの、ちょっと—―」
「じゃあ俺、戻るね。ボールありがと」
輪島は奈緒に背中を向けると、練習場所に戻って行った。
「どした?つーか、今の人誰??」
「……いや、なんでもない」
(仁科君は怪我をしてないってこと?なんで輪島君は疑ってるの??)
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