事情

幸恵さちえさーん」

「幸恵さんー!」


 名前を呼ぶが黄色の服を着た高齢女性などすぐには見つからない。


「……真木彦まきひこ〜、由紀雄ゆきお〜」


 細くて寂しそうな声がどこからか聞こえた。


(由紀雄……?)


「二人ともー、どこにいるの〜。ご飯できてるよー」


 声の方向を探り向かうと、近くの公園で彷徨う人がいた。黄色のシャツにグレーのズボン。


「いたー!」

 奈緒なおがそう叫ぶと、有村ありむらとスタッフ、あずさも急いで来た。


「幸恵さん!」

 スタッフが幸恵に声をかけた。

「あら、あなた私を知ってるの?」

 幸恵はスタッフを初めて見たかのように言った。

「えぇ、知っていますよ。どうされました?」

「息子がね、いないの」

「息子さん?」

「そう、真木彦と由紀雄って言うの」


 奈緒は違和感を感じた。

 

(由紀雄は息子じゃなくて孫じゃないの?)


 スタッフは幸恵の顔を見て笑顔で言った。

「息子さんなら、もうお家に帰られたそうですよ」

「あら、そうなの。よかった〜」

「ここは暑いですから、少し涼しいところでお話ししましょう」

 そう言って幸恵の手を取りそのまま公園を出た。


「——本当にありがとう。あなたたちも一緒に来てくれるかしら」

 歩きながらスタッフが奈緒たちに声をかけた。

「あ、えっと……、はい!」

 あずさと顔を見合わせて頷いた。


(再試の結果はまた明日聞こう…)

 

「有村君、悪いけど案内して」

「……はい」


 ☆

「本当にありがとう。いや、ありがとうございました……」

 幸恵が入居する老人ホーム「ほんのり」の応接室。

 テーブルの向かい側で有村は深く頭を下げながら言った。

「い、いや、いいよ。何もそこまで……」

 必死に謝る有村を見て奈緒は少し戸惑った。

「熱中症になる前におばあさん見つかってよかったね」

 あずさが言った。

「うん、倒れなくてよかった」


「幸恵さんと……、いや、ばあちゃんと少し前まで一緒に暮らしていたんだ」

 有村は言った。

「でも、認知症が悪化してずっとみることも難しくなって、最近ここに入居したんだ。でも時々あんな風に徘徊が……」

「おばあちゃんと一緒に住んでたの?お父さんとかお母さんは?」

「父さんはいないし、母さんは海外にいて帰ってこれないんだ」

「はぁ……」

 

(中々複雑な家庭環境だな…)


「じゃあ、おばあちゃんとずっと住んでいたんだ」

「うーん、ずっとって言うか、父さんが亡くなってからだから、……1年くらい前かな」

「お母さんいつ帰って来るの?」

 あずさが聞いた。

「それが……、中々目処めどがたってなくて。紛争地域で医療支援みたいなことしてるんだけど…」

「マジかよ」

 頭を抱えながらあずさが言った。

「でも状況が状況だし、もう向こうでの仕事は辞めて、これからは日本にずっと住むことにするって」

「あとは帰ってくるのを待つだけってことね」

「じゃあ有村君、ここ最近は一人で暮らしてたってこと?」

「まぁ、そうだね」

「学校も事情知ってるの?」

「校長と、月乃つきの先生と……、知ってるのはそう多くないけど。クラスで知ってる人はいない」

 

「……桐本きりもとさんには知られちゃったけど」

 チラッと奈緒の顔を見て有村は言った。

 

(なんか、すいませんね)


「高校……、通うかどうか迷ってた」

 ぽつりと有村は言った。

 

「父さんが病気って知って、行かなくてもいいかなって思った。父さんは別に気にするなって言ってくれた。高校行かないって決めたときは、働くときに困るからせめて高卒認定でもとったほうがいいって言われて勉強はしてたけど」


「高卒認定って?」

 奈緒はコソっとあずさに聞いた。

「高校に行かなくても試験さえ合格すれば、卒業した人と同程度の学力を認められて、就職とかもしやすくなるの」

「なるほど~」


「でも父さんが死んで、ばあちゃんと住むことになって勉強もするの難しくなって止めて、ばあちゃんがここに入ることになって、佐羽山さわやま高校勧められて—―」

「ん?え、あれ?なんでうちの高校?」

「も〜!」

 あずさが痺れを切らしたように言った。

「この老人ホームを運営しているのはうちの高校なんだよ。知らないの?」

「え、そうなの??」

「この少子高齢化のご時世、私立高校が黒字経営でやっていけると思う〜?こういう事業にも関わっていかないと!」

「詳しいな……」

「当たり前でしょ。受験の面接試験のときに言ったんだもん、覚えてるよ」

「じゃあ、有村君はここでうちの高校知ったんだ」

「うん。ここのスタッフの人に学校は?って聞かれて、行ってないこと言ったら勧められた」

「でも、お母さんはいいって言ったの?それに通うにはお金も必要だよね?」

「母さんとなんとか連絡とれたときにそれは伝えた。お金は父さんが遺してくれたお金と特別枠を利用してる」

「うちの高校に特別枠なんかあったっけ?」

「二年前くらいに新しく導入されたシステムみたいで、金銭的に厳しくても試験である水準以上の成績なら、授業料を大幅に下げてくれるみたい。たまたま気にかけてくれたここの人がパンフレット見せて教えてくれた」

「へぇー」


(うちの学校のこと何にも知らなかったな……)


「……なんか人生ウルトラハードモード過ぎない??」

「大変だねってよく言われる」


「高校は行ってほしいって父さんの遺言でもあるから、合格したら通おうって決めたんだ」


 有村が高校ここに来た理由は分かった。

 急いで帰るのも、必要なものを買ったり等きっと彼の祖母のことが絡んでいるのだろう。


「……そういえば、有村君のおばあさん、由紀雄が息子の名前って言ってたけど、孫だよね?あのとき混乱しちゃってたのかなぁ」

「いや、間違ってないよ」

「え?」

「“有村 由紀雄”は僕の叔父さんだ」

 

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