誤解

「“有村ありむら 由紀雄ゆきお”は僕の叔父さんだ」


「……え?なんでお父さん自分の兄弟の名前を子供につけたの?」

「それはよく分からない。でも、叔父さんももうとっくに死んでるし」

 

(死んでる……?それってもしや――)


 奈緒なおが言う前にあずさが聞いた。

「……その人って二十年くらい前に事故で死んでる人?」

「なんで知ってるの?」


 そこでバタンと音がして例のスタッフが入って来た。

「お話し中ごめんなさい!有村君とその友達も、今日はありがとう!もうちょっとで施設長が来るからお礼を――」

「あぁ、いいですよ。大丈夫です。なんか忙しいみたいなんで」

「ほんっとごめんなさい!」

「誰かを四六時中見守るってすごく難しいですよ。さすがに僕でも無理です」

「……対策はしっかり考えておくわ」

「お願いします」


「僕たち今日はもう帰ります」

「じゃあ私たちも」

「そうだね」


 そうして奈緒達は老人ホームを後にした。


「もう五時か〜」

 あずさの声を合図に「ぐうぅ〜」と腹の虫が鳴った。

「奈緒ちゃーん……」

 呆れ顔であずさが見る。

「えへへ、お腹空いちゃった」

「どっか寄る?」

「え、行く行く!」

「どこ行く?」

「んーと……グラッド!」

「だよね〜」

 

「あ、じゃあ僕これで――」

「「待て待て待て待て」」

 立ち去ろうとする有村を二人で引き止めた。


「まだいろいろ聞きたいことがあるんだけど!」

「なんか今うやむやにしようとしただろ!」

「いや、別に……」

「誤解が全て解けたわけじゃないんだからね!」

「今夜は返さないぞ、有村君!」

「はぁ……」


「さぁ、グラッドでじっくり聞こうじゃない。これまでのことをね」

 あずさがニヤリと笑って言った。


 ☆

「あのー、これ……」

 目の前に出されたオムライス、ハンバーグ、ステーキ、スパゲティ諸々を見て有村は戸惑う。


「今夜はおごりだから!」

 声高らかにあずさが言う。

「いやいや、払うよ」

「まぁまぁ、せっかくなんだし」

 なだめるように奈緒が言った。


「――で、早速だけどなんで生徒を次々に突き落としたの?」

 オムライスにスプーンでブッ指しながらあずさが聞いてきた。

 

「僕は突き落としてなんかいない。……本当に何もやってない!」

 急に声を上げた有村に周りの客の視線が集まる。

「有村君、その、声……」

「あ……、ごめん。でも僕はしない」

「じゃあなんで仮面を持ってたの?」

「……鞄に入っていた」

「え?」

「移動教室から帰った後、鞄に入ってた」


「いたずらにしては気味が悪いし、先生に言おうかと思ったけど……」

「けど?」

「相談しようと職員室に向かったとき、生徒を突き落とした人が仮面をつけてたって話を耳にして、このままだと自分が犯人にされると思って」


「早く処分したくてさっさと捨てようと思った。購買でパン買うついでに袋をもらって、その中に仮面を入れて。焼却炉の場所は学校案内された時に聞いてたし、でも昼休みは時間なくて、適当に近くの茂みに隠すまでしかできなかった」


「それで放課後、誰もいないことを確認して捨てたんだ……」


 有村は静かに頷いた。


「先生に正直に言えばよかったじゃん」

「言えばよかったかもしれない。……けど誰が信じてくれる?来たばかりで僕のことなんてみんな大して知らないだろ?そんなやつのこと、どこまで信用するんだよ」


「じゃあ火事は?」

 あずさがさらに聞いた。


「火事?火事だって何もしてないし、朝来て知ったよ。でもあれは学校側の責任って月乃つきの先生が——」

「実はね、火事とき同時に薬品が盗まれたの。そして、科学同好会以外で最後にあの教室を使用したのはうちのクラスだったの。有村君は最後に薬品を片付けてたでしょ?」

「それで僕を疑ったってわけか……」

「薬品のことは科学同好会しか知らされてないからね」

「薬品の片付けは藤井先生から頼まれてやったけど、薬品棚の整理と残り少ない薬品を確認して先生に報告したくらいだよ」

「盗まれた薬品が火を起こせるものって聞いて、てっきり化学が得意な有村君の仕業かと……」

「桐本さん、とことん僕に“怪しいフィルター”かけてるね」

「……ごめん」


「……じゃあ、私を閉じ込めたのは?」

「それもあの時、桐本さんから聞かされて初めて知ったし、悪いけど本当に僕じゃない」

「用具室の前でうろついていなかった?」

「なんで用具室のところにいたの知ってるの?」

「ちょっと尾行を……」

「……」

 有村は完全に呆れた顔で奈緒を見た。


(だって、怪しいと思ってたんだもん!)


「これ……」

 有村はため息をつくと、鞄の中から薄型の手帳を取り出した。そして挟んでいた一枚のメモ用紙を見せた。


『仮面を渡した理由が知りたいなら用具室に来い』


 Wordで作って印刷したのだろうか、筆跡がないから誰が書いたのか分からない。


「これが靴箱に入ってた」

「こんなの完璧罠じゃん……」

 メモを手に取り、文をにらみながらあずさが言った。


「用具室のところで待ったけど誰も来る気配が無かったし、これも結局いたずらかと思って校舎に戻った」

「で、たまたま用具室に入った奈緒が閉じ込められたと」

「もし有村君が用具室の中に入ってたら、有村君が閉じ込められていたってこと?」

「その可能性はあるね」


桐本きりもとさんから仮面の話を聞かされて正直焦ったよ。誰にも見られてないと思ったから。……どうせ学校行ったら僕が犯人だって噂されるだろうと思って次の日は行くのやめたけど」


「……まだ、疑ってる?」

 有村は向かい合う二人に静かに聞いた。


 奈緒は首を横に振った。

「疑ってごめん。……いや、ごめんなさい」

 

 有村が犯人ではないという確かな証拠はない。

 けれど、わざわざ特別枠まで利用してせっかく入った高校で生徒を襲ったり、被害を与える必要がどこにあるのだろうか。


 やっていないと言う彼のこの証言がきっと何よりも証拠だ。

 

「私は今の話も、有村君のことも信じるよ」

「あたしも」

 奈緒に続いてあずさが言った。


 はぁーとひと息ついて有村が言った。

「この店来るまで、ずっと犯人だと決めつけられているかと思った」

「老人ホームで話聞いた時から、そんなことしそうな人じゃないなって思い始めてはいたんだけど……」


(……なんだろう。私が今更何を言っても疑ったことの言い訳みたいになるな)

 

「うちらは本当のことが知りたかっただけ。……無理に誘ってごめん」

 あずさが言った。

「これ、お詫びにもならないけど、食べてほしい」

 テーブルいっぱいに並べられた料理を一瞥いちべつしてから有村に言う。

「……うん。ありがとう、いただきます」


 ☆

「――そういえば叔父さんのことだけど」

 スパゲティを皿によそいながら気になったので聞いてみた。

「あぁ、なんでとっくに亡くなってること知ってたの?」

「これ」

 あずさが有村にスマホで撮った例の新聞記事の写真を見せる。

「たまたまみんなで集まって怪談話してて、後輩が見つけたものなんだけど……」

 スマホを手に取りまじまじと見た後で有村は言った。

「……うん、多分そう。これは叔父さんのことだね」

「叔父さん、残念だったね」

「まぁでも、実際会ったことないし、正直悲しいとかは思ったことないな。父さんからはこれまでも事故で亡くなったとしか聞かされてなかったし、そもそも家であまり話題にすることなんてなかった」

「そっか……」


「なーんか、結局振り出しに戻ったね〜」

 あずさが言った。

「確かに……」


 結局、生徒を突き落とした人物も、有村の鞄に仮面を入れた人物も、化学実験室の薬品盗んだ人物も、用具室に呼び出した人物も、全てが謎に包まれたままだ。


「……有村君」

「うん?」

「有村君も協力してくれる?」

「……え?」

「だって君も、っていうか、この一連の、むしろ一番の被害者じゃないか」

 腕を組みながらあずさも言う。

「また、有村君に何か起こるかもしれないじゃない?」

 追い討ちをかけるように奈緒も言う。

「ま、まぁ……」

 

「この一連の出来事を謎を解いて、犯人を見つけて、決着をつけよう!」

 立ち上がったあずさが言った。

「オー!」

 それに続くように拳を突き上げて奈緒が言った。

「お、おー……」

 奈緒の向かいで、周囲の目を気にしながら弱々しく有村が言った。



 ――こうして、“狙われた転校生”と“疑われた科学同好会”と“なんか巻き込まれた奈緒”の犯人探しの日々が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る