詰問

(暗い)

 

(ここはどこだろう……)


 気づくと奈緒なおは薄暗いところにいた。


 だんだんと目が慣れて視界が少しずつはっきりし始める。


(教室……?)


 見慣れた机と椅子が見える。


 そのとき、誰か自分の肩を叩いた。


 振り返るとそこには、頭から血を流し首がややおかしな方向に曲がった――、有村ありむらがいた。


「か……えして……」


「うわぁぁぁぁぁ!」


 ガバッと身を起こす。

 カーテンのすき間から朝日が差し込んでいる。時計を見ると七時を過ぎていた。


「夢か……」

 ホッとしたが、心臓はまだバクバクしている。


「奈緒ー、起きてるー?ご飯できてるよー」

 廊下の方から母の呼ぶ声が聞こえた。


「嫌な目覚め……」

 ベッドから体を起こし、ダイニングへのろのろと向かった。

 

 ☆

「奈緒!化学のテストどうだった?」

 休み時間。由香里ゆかりが明るく声をかけたが、返事が出来なかった。

「え、何、ちょっと」

「あのね、由香里……」

 友美ともみがコソっと由香里に話す。


「あちゃ~、赤点だったんだ……」

 気の毒そうに由香里が言う。

 奈緒はコクンと頷いた。

ふじセン云々うんぬんじゃなくて、マジでもう化学自体が苦手なんだね」

 友美が言った。

「ごめんね、いろいろ教えてもらったのに……」


 こればっかりは、もう仕方がない。

「再試が終わったら、思っ切り遊ぼう!」

「……ありがとう」


 ☆

「は?再試?」

「ごめん、あずさ、もう少しだけ、勉強させてほしい……」

「はぁー」

「呆れてる?」

「いや、ついに来るべき時が来たかって感じ」

「ひどい」

「再試はいつ?」

「確か一週間後」

「まぁ、頑張りな」

「うん」


「そういや、あれから有村はどう?」

「何も。こっちからは声かけることないし」


 閉じ込められてからは、特に学校の方でも、奈緒自身にも何も被害はなかった。


「こちらから何かしなければ、向こうからも何もしないってことなのかな?」

「とりあえず、再試が終わったら有村ね!」

「……うん!」


 ☆

「ふぅー」

 終了のチャイムが鳴り、再試もついに終わった。

 

(再試はなんとかいけるかも。これでやばかったら……、おしまいだ)


桐本きりもとさんも再試組だったんだ〜、意外〜」

 クラスメイトが声をかけてきた。

「あー、今回はね……」

「あはは、分かる〜。うちは藤井じゃないからって油断したわ〜」

「あはは……」

「もう、帰んの?」

「うん、再試はこの教科だけ」

「そうなんだー、じゃあね〜」

「うん、じゃあ」


(夏休み前に持って帰らないといけないものってあったっけ……?)


 ふと気になり、教室へと戻った。


 再試は別教室で実施していたため、自分の教室は誰もいないはず、そう思っていた。


 教室の扉を開けると有村がいた。


「「あ」」

 有村もこっちに気づき同時に声をあげた。


「有村君、まだ残っていたんだ……」


 変な緊張が入る。もちろんがあったからだ。


「うん、たまたま真壁まかべ先生に呼び止められてさ。桐本さんは?」

「……再試」

「あー、残念だったね」


「終わったんでしょ?じゃあまた、明日――」

「待って!」

 奈緒は最後の言葉を遮るように言った。


(聞くなら今だ。もう、どうなったっていい……!)


「あ、あの、有村君に聞きたいことがあって……」

「え、何?」

「えっと……、有村君がきてさ、暫くした頃に生徒が階段から転落する事件があったじゃない?」

「あー、あった。あったね」

 有村は思い出したかのように言った。

 

「でもあれって、事件っていうか、いまいちはっきりしなかったような……」

仁科にしな君が—―、三人目に転落した生徒が、突き落とされた犯人が白い仮面つけてたって話があって」

「白い……」


 心臓がバクバクしている。

 

(いよいよだ)

 

「……ねぇ、なんで有村君、それを持ってたの?焼却炉に捨ててたの、私見たんだけど」


 そう言った途端、有村の顔つきが変わった。


(やっぱり……!そうなんだ、有村君が――)


「わ、私のこと、用具室に閉じ込めたのも有村君なんでしょ?どうして?ねぇ、どうしてそんなことするの?」

「ごめん、ちょっと訳が分からない」


 有村は慌てて去ろうとしたため、奈緒は急いで有村の鞄を掴み引き止めようとした。


 その拍子だった。空いていた鞄の口から何かが出た。

 金属の落ちる音がした。


 有村よりも先に拾ったそれは、折りたたみ式の小型ナイフだった。


「なんで、ナイフ……?」

「……護身用」


 奈緒の手から素早くナイフを奪うやいなや教室を出た。


 翌日の終業式、有村は学校に来なかった。


 ☆

「あーあ、お疲れ様の会に有村君も誘おうかと思ったのに、残念……」

 由香里が有村の席を見ながら言った。


(昨日あんなことを言ったからだろうか……)


(いやいや、今日来ないってことはやっぱり何かやってるに違いない、うん!)


 あずさには有村を問い詰めたことを電話で言った。


「え!?もう言っちゃったの!?」

「……うん」

「も~!一人のときの行動は危ないって言ったじゃん。言う前に私にも教えてよ〜」

「ごめん……。もう、あのタイミングしかないと思っちゃって」

「それで?有村は?」

「今日は学校に来なかったよ」

「それもう、クロ確定じゃん……」


「——ってか護身用ったって、よくナイフ持ってて持ち物検査引っ掛からなかったよね」

 あずさにはナイフを持っていたことも言った。

「本当、それなのよ」

「……ねえ、先生に言う?」

「え?」

「だって、本当かどうかは分からないけど、これまでのこと考えるとさ、さすがに先生に相談してもいいんじゃないかなって」

「まぁ……、そうかな?」

「夏休み期間は学校行くの?」

「うん。再試の結果出るし、行くよ」

「じゃあ、そんときかな」

「……そうだね」


 ☆

 再試の結果は担任から直接聞くシステムらしい。

「らしい」と言うのは、これまで再試を受けたことがないからだ。これは再試を受けたクラスメイトから聞いた情報だ。


 結果が出るのは終業式から一週間後だった。


 八月二日。今日がまさしくその一週間後だった。

 久しぶりに制服に袖を通した。


「……暑い!」

 最高予想気温は三十六度だった。

 駅を出て学校までの道。太陽が激しく照りつける。

「ねー、本当困るわ」

 手持ちの小型扇風機を当てながらあずさが言った。


 再試の結果を教えてもらうついでに、一緒に先生に相談することにした。


「これで冷房付いてなかったらマジで最悪なんだけど」

「さすがについてるっしょ……」


 学校下の坂に差し掛かったときだった。


「あ、あのっ!すみません、ここらへんで黄色の服を着たおばあさん見かけませんでしたか?」


 紺色のワイシャツに眼鏡をかけた、若い男の人が息を切らしながら必死そうに聞いてきた。


「え、いえ……」

「そうでしたか……。すみません」


 その場を離れた眼鏡姿の男性を見て、奈緒は既視感を覚えた。

 

(なんかどこかで聞いたような声……。それに顔もなんだか……)


幸恵さちえさーん!どこぉー」

 眼鏡の人の後に続いて、薄ピンクのポロシャツを着た女の人が走ってきた。

「いた?」

 ポロシャツの人が眼鏡の人に聞いた。

「いえ……」

「ごめんね、有村君。私たちが目を離したすきにこんなことになってしまって」

「謝ることはないです。他の方の対応されていたんですし……」


“有村”と言うワードを聞いて奈緒は立ち止まった。

「奈緒?」

 それに気づいたあずさが声をかける。


「有村……って、まさか有村君!?」


 声に気づいて、向こうもこちらを見た。


「え、あ……、桐本さん……」

「あれ?有村君のお友達?」

「……クラスメイトです」


「あれが噂の有村か〜」

 隣であずさが目を細めながら言った。


 有村は気まずそうに奈緒にお辞儀をした後、直ぐさま人探しを再開し始めた。


「待って!」

 再び走り出した有村を奈緒は呼び止めた。

 施設のスタッフらしき人物と有村がこちらを見る。


 たとえ疑いがある人物だとしても、気まずい関係だったとしても、彼にとって大切な人が行方知らずになっているのは事実だ。

 

(怪しい人だからって見過ごしていいわけなんてない!)


「私も……、私も探す!」

「でも……」

 戸惑う有村の肩をポンと叩きながらあずさが言った。

「人手は多い方がいいでしょ?」


「お願いします!」

 スタッフが頭を下げた。


 こうして、真夏の捜索が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る