密室

「開けて!お願い!誰か……!」


 いくら声を上げても何も返ってこなかった。

 

 (暑い……)


 飲み物は既に空の状態。

 頭も少しぼんやりとし始めてきた。


「誰かー」

 声がだんだん小さくなっていく。


有村ありむら君の仕業?尾行がバレた?)


「やっぱりあずさと一緒に行動すればよかったのかな……」


 尾行をすると決めたとき、あずさもついていこうかと言ってくれた。だけど二人だと気づかれる可能性が高いから断った。


 頭を垂れてがっくりとしていると、視界の隅で何かが素早く動いた。


(何……?)


 それはそれは口に出すのも恐ろしい黒々しいだった。


「ヒィィィィィ‼︎」


 奈緒なおの叫びを無視し、黒いそれは飛ぶ。


「うそうそうそ、ムリムリムリムリ〜」


「開けてぇ〜!」


(こんなのと一緒なんて死んでも嫌!)


 そう思ったとき、ガチャっと音がして扉が開いた。


(やった!今のうちに……!)


 急いで扉の向こうへと飛び出す。

 それと同時にドンっと何かぶつかった。


「うわっ」

「ごめんなさいぃぃぃぃ〜」

 

 全速力でそのまま走り去る。

 耳の中にカサカサという音が残っている。

 まだ後ろにいるんじゃないかと思うと、何としてても用具室から距離を取りたかった。


「いってー。……つーか何だ、今の?…おい、大丈夫か?輪島わじま?」

 サッカーのゼッケンをつけた二人組のうち一人が言った。

 尻餅をついた姿勢から輪島はゆっくりと立った。

「別に平気だけど……」

 輪島は奈緒が去った方向を見る。

「なんで桐本きりもとさん、用具室にいたんだ?」


 ☆

「閉じ込められたぁ⁉︎」

 風呂上がり、早速電話で今日のことをあずさに伝えた。

「うん……」

「も〜、やっぱり私いた方がよかったじゃん」

「あたしが決めたことだもん、あずさはいいの」

「そんなところに閉じ込められてさ、熱中症なったんじゃない?大丈夫??」

「……なんとか大丈夫だったよ」


 本当はあの後、校舎に入って力尽き、保健室に運ばれてたのだが、あずさにこれ以上の心配はかけたくなかった。


 ハァーとため息をつくと

「本当に大丈夫?」

「思い出しただけでも、恐ろしい……」

「そうだよね…。閉所恐怖症にでもなっちゃうんじゃない?」

「いや、Gのほうだよ」

「そっちかよ」


「……しかし、今回も有村が関係してるね」

「そう、そうなの!やっぱり尾行がバレたのかな?」

「んー、それはどうか分からないね。でも暫く距離をとった方がいいかも」

「そうする」

「期末始まるしね」

「あ、そうじゃん!期末もうすぐだった」

「とりあえず、期末終わるまでは下手に何かするより様子みとこう」

「うん」


「ねぇ、あずさ」

「うん?」

「ありがと、心配してくれて」

「いいよ、お互い様。それより気をつけなよ?」

「うん、期末終わったらまた、作戦を練ろう」

「そね!」


 電話を切る。


 生徒を無作為むさくいに突き落とし、

 火事を起こし、

 用具室に閉じ込める。


 (彼は一体何がしたいんだろう……)


 ☆

「っしゃー!」

 由香里ゆかりは朝からテンションが高かった。

「どうしたの?」

「今度の化学のテストは田野崎たのざき先生が作ることになったの」

 友美ともみが言った。

「なるほど」


 化学のもう一人の教師―—、田野崎ならそんなに難しい問題は出さないはずだ。


「あーあ、有村君に化学教えてもらう機会無くなっちゃったね〜」

「もー」


 二人は知らない。言ってもいない。仮面のことも用具室のことも。


 変わらず有村は何事もなかったように過ごしている。


(期末が終わったら、証拠を掴んでやるんだから……!)


 ☆

「あれ、珍しいな。桐本が来るなんて」

 職員室で数学の高山たかやまは言った。


「これ、先生のですよね」

 奈緒は高山に複合式のボールペンを渡す。ボールペンには「TAKAYAMA」とテプラで作ったシールが貼られている。

「あー、これこれ。そうだ、無いなーって思ってたんだ」

「教室に忘れてましたよ」

「ありがとな」

「ついでに、分からないとこも聞いていいですか?」

「おー、いいよ」

 ちょっと待ってて、と教科書を探し始めた。


 ふと、隣の席を見る。きれいに片付けられていてー、というよりかは暫く誰も使っていないような感じだった。


「そこの席?」

 高山に言われてハッとする。

「え、あ……、きれいに片付けられているなーって思って」

藤井ふじい先生の席だよ」

「そうなんですか?」

「普段からきれいにしているから、今もあんま変わらないけど」

「へぇ〜」

「早く復帰できるといいんだけどねー」

「そう、ですね……」

「それより、ほれ、分かんないとこはどこ?」

 教科書をめくりながら高山が聞いてきた。

「あ、えーと……」

 

「先生〜!その人終わったら私も!」

 急に後ろから声が聞こえた。見ると明るい髪にメイクをバッチリとキメた女子生徒がいた。

「あーはいはい、順番ね」

 

「桐本、悪いけど、パパっと説明するわ」

 高山は申し訳なさそうに手を合わせてから奈緒にそう言った。


「ありがとうございましたー」

 

 職員室を出ると入り口近くに十数名の生徒が並んでいた。

 

「え〜、サキも高ちゃん?」

「私も私もー」

 列の一番後ろの人は「高山先生最後尾さいこうび」と書かれた紙を持っている。


「アイドルかよ……」


 呆気あっけに取られながらその光景を通り過ぎた。


 気づいたら蝉の声がしていた。


 梅雨が明けた。

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