うまくいくこと
世の中、うまくいかないことがたくさんあると思う。
勉強や運動、友人関係、それに恋愛も。
でも、うまくいったら、嬉しいし、うまくいかなくても、そのために頑張った分は、別の何かに活きるかもしれない。
活きない分がほとんどかもしれないけど。
公園のベンチに座って、空をボーッと眺めていると、そんな情緒のない考えが、ぽろぽろと頭に浮かぶ。
つい先ほど、俺は恋愛でうまくいかなかった。
別に告白してふられた訳でも、相手に彼氏がいた訳でも、絶交されたとか嫌われたとかそういう訳でもない。
ただ、「あぁ、無理だな」と突然、頭に浮かんだんだ。
「そういうとこだよなぁ・・・」
俺はそういうことがよくある。
試す前にやる気を失ってやらなかったり、自分勝手な考えで物事を終了させたりすることが。
今回の恋愛も、告白していれば、うまくいっていたかもしれない。
でも、こっぴどくふられて、うまくいかなかったかもしれない。
結果は分からない。
多分、告白しなかったのは、結果を知ることを恐れたからだ。
「なんかなぁ・・・」
徐々にどうでもよくなってきて、だんだんまぶたが重くなってくる。
今日は快晴だから、冬にもかかわらず、ちょっと暖かい。
少し厚着をしていたのもあってか、なんだか心地のよい暖かさだった。
「・・・」
そして、俺はそのまま、公園のベンチに座ったまま、眠りに落ちた。
――――――――――――――――――――
「ん・・・ふわぁ・・・」
どれくらい寝たのかは分からないが、太陽の位置を見る限り、そんなに時間は経っていないとは思う。
欠伸をしたせいで、視界が涙でうるうるする。
昔は、欠伸をしたことで出る涙が少し恥ずかしかった記憶がある。
理由は全然覚えてないけど。
「あ・・・起きました?」
隣からなぜか声がする。
俺は声がした方を向くと、なぜか女子が1人、俺の隣に座っていた。
しかも、俺が好きだった相手、1個年下の後輩が。
「夢か・・・」
後輩が俺の隣にいるはずがないのだ。
後輩の家は俺が今いる公園から遠いし、そもそも一緒にここに来たのは一度だけ。
既に昼にもかかわらず、ここに人がいないのは、遊具もほとんどない、ただの休憩スペースのような公園だからだ。
「いえ、夢じゃないですよ、先輩。」
そう呼びかけられて、俺は閉じかけていた目を開ける。
視界に映った後輩の姿は、俺が覚えている後輩と少し雰囲気が違う気がする。
もしかしたら、人違いかも、と思ったけど、今、『先輩』と呼ばれたから間違いないだろう。
「ねぼすけなのは、いつになっても変わりませんね、先輩は。」
「俺はどれくらい寝てた・・・?」
「さぁ?そもそも先輩がいつから寝ていたのかを知らないので。」
今、俺の目の前にいる後輩は首をかしげて、戻した後、目をぱちぱちと瞬かせた。
「そうか・・・さてと、時間は・・・分かんねぇな。」
ごそごそとポケットを漁ったはいいが、スマホも時計もない。
変だな、時計はともかく、スマホを持ち歩かないなんてことは滅多にないはずだが・・・まぁいいか。
しょうがない。
後輩に聞くことにしよう。
「今、何時か分かるか?」
「えぇ、分かりますよ。ただ、その前に1つ聞いてくれませんか?」
「別にいいけど、どうした?」
突然、真面目な顔をした後輩が俺の顔をじっと見つめる。
後輩は気持ちを落ち着けるように深呼吸をした後、口を開いた。
「・・・先輩、好きです。」
「そうか・・・俺もお前が好きだぞ。」
後輩に告白されると、俺はすんなりとその言葉が出てきた。
ついさっきまでは、勝手に「あぁ、無理だな」と思っていたのに。
「そう・・・ですか・・・先輩、ありがとうございます・・・」
「急にどうした?って、おいおい・・・なんで泣いてるんだ・・・?」
後輩はなぜか告白をした後、悲涙を流した。
「い・・・いえ、なんか嬉しくって・・・」
嬉しいと言う割には後輩の表情には悲しみが見え隠れしているように見える。
言葉と表情があっていない。
俺は後輩の涙をぬぐおうと手を伸ばした。
「だ、大丈夫ですから・・・」
俺が後輩の顔に手を伸ばすと、後輩はビクッとなって、俺から離れた。
怯えられたかのようで、少しショックだ。
「どうしたんだよ・・・まじで。」
「先輩、もう1ついいですか・・・?」
「いいぞ。」
「私とこれからずっと一緒にいてくれますか・・・?」
不安そうな表情で後輩は俺を見る。
告白し合ったんだから、付き合うってことだよな?
それなら一緒にいるのが普通・・・だよな。
「あぁ。」
俺はしっかりと頷く。
それを聞いて、後輩は安心したような表情をすると、ポケットから何かを出した。
俺は最初、スマホか何かだと思ったが、全然違った。
「おまっ!?いったい何を!?」
「先輩・・・愛してます。」
後輩はポケットから出したナイフを首元につきつける。
そして、プルプルと震えながら、自分の首に突き刺そうとした。
俺は慌てて、後輩の手を掴もうとした。
「あ・・・?」
が、なぜか、後輩の手を俺の手がすりぬける。
まさか、後輩が幽霊だとでも言うのか・・・?
いや、そんなことはどうでもいい。
「やめろ!やめるんだ!なんで死のうとする!」
俺は後輩の首に徐々に近づいていくナイフを止めようと、懸命に手を振るうが、全部すり抜けて触れない。
「くそっ!どうしてっ!どうして、触れない!」
ぷつっと後輩の首にナイフの先が刺さり、血がたらっと垂れる。
そんな状況でも、後輩は涙を流しつつも、笑顔だった。
「くそっ!やめろぉぉぉっ!」
何回すり抜けたか、分からないが、ようやく、パシッと後輩のナイフを持っている方の手首をつかむことができた。
そのまま無理矢理引っ張って、グイッと腕を下ろさせると、後輩はナイフをそのまま地面に落とした。
「どうして、こんなことをした!」
俺はまだ涙を流している後輩を問い詰める。
そして、肩に触れようとすると、そのままするっとすり抜け、そしてベンチすらもすり抜けて、俺は地面に倒れこんだ。
「あっ・・・?痛くねぇ・・・。」
ベンチをすり抜けたし、地面に倒れたのに全く痛みがない。
俺が不思議がっていると、後輩は口を開いた。
「先輩・・・どうして・・・どうして死んじゃったんですか!」
後輩のその一言で俺は全てを思い出した。
――――――――――――――
冬のある日、俺は中学の時から仲良くしていた後輩に告白しようとしていた。
俺は来年から大学に入学し、後輩は高校3年生となる。
後輩は昔から可愛かったが、高校生になって格段に綺麗になった。
それこそ、毎週、告白されるぐらいには。
ただ、男子である俺と一緒にいることが多かったこともあって、これでも、男子のアプローチはかなり控えめだったと思う。
「あぁ・・・うまくいくといいなぁ・・・」
大学になれば、後輩とはある程度、離れ離れとなる。
そしたら、男子のアプローチも増えるだろうし、後輩が付き合いたいと思うような男子も出てくるかもしれない。
だけど・・・今なら、まだ、俺でも可能性はある。
俺はそう考えていた。
だから、今日、後輩を初詣に誘い、告白しようと考えていた。
「遅いなぁ・・・」
待ち合わせ場所は神社がある小山の途中にある寂れた公園だ。
後輩とは一度だけ、花火大会の時にここに来たことがある。
友達に、花火が綺麗に見えるスポットがあると教えてもらったのだ。
そもそも、その花火大会の時に、告白しようと考えていたのだが、なんかかんやあって、うまくいかなかった。
「あ・・・来た来た。お~・・・」
遅いので、公園の外に出て、道を見ると、ちょっと遠いが、後輩の姿が見えた。
俺は声をかけようとして、途中で固まった。
後輩は俺へとかけよってくると、少し息を荒くしながら、ほほ笑んだ。
「どうしたんですか?」
「い、いや・・・その・・・」
俺はいつもと違う恰好、初詣にふさわしい格好をした後輩を見て、少し動揺した。
遠回しに表現したが、振袖姿である。
「こんな寒いのに、よくそんな恰好するな。」と茶化して誤魔化そうと思ったが、口から出たのは別の言葉だった。
「に、似合ってるぞ。」
「そ、そうですか?」
後輩は少し乱れている髪を整え、垂れていた髪を手でかきあげて、耳の後ろに流す。
なんだか、いつもと違う恰好も相まって、非常にエロかった。
「い、行くか?」
「は、はい。」
そうして、俺と後輩は初詣に向かおうとしたのだが、まぁ・・・多分、運が悪かったのだろう。
1つの不運は、後輩が時間に遅れてしまうと焦って来たことで、後輩が履いていた下駄の鼻緒に負荷がかかっていたこと。
もう1つの不運は、滅多に車が通らない道であるにもかかわらず、初詣ということもあってなのか、車が来ていたことだった。
歩き出すと同時にプチッと後輩の下駄の鼻緒が切れて、後輩は車道に倒れ込む。
俺はとっさに後輩を歩道へと引っ張ろうとしたが、間に合わない、と思ったので、後輩を車から庇うように抱きしめた。
「せんっ・・・」
ドゴンッという衝撃が俺の全身を襲う。
俺は腕の中にいる後輩を守ることだけを考えて、必死に後輩を抱きとめた。
「■■■、だい・・・じょうぶ・・・か・・・?」
衝突して吹き飛んだ俺は動きがとまった後、ぼんやりとした意識の中、抱きしめていた後輩を確認する。
どうやら、気絶しているだけで、外傷は特にないように見えた。
ただ、体内が怪我している可能性はあるので、一概には言えないが。
その後、俺は・・・後輩を抱えて、公園に移動した後、ベンチに後輩を寝かせて・・・そのまま倒れて、死んだ。
――――――――――――――――――――
「そうか・・・俺、死んでたのか・・・」
「はい・・・」
俺は立ち上がった後、呆然と呟くと、後輩は涙を流しながらうなずいた。
「俺が、死んでから、どれくらい経ったんだ?」
「3年・・・です・・・」
「3年か・・・長いなぁ・・・」
通りで後輩の見た目に違和感を覚えた訳だ。
今更だが、後輩は昔よりも身長も高くなって、随分と大人びた容姿になっていた。
「お前は昔から綺麗だったけど、もっと綺麗になったな・・・」
「先輩・・・」
3年の月日が経って成長した後輩を見て、思う。
本当に綺麗になったな・・・と。
それに変かもしれないが、そんな後輩が俺のために泣いてくれるというのは、なんだか嬉しかった。
「先輩・・・私と一緒にいてくれませんか・・・?」
「・・・悪いな。」
さっきはうなずいたが、今度は首を横に振って、後輩のお願いを断った。
「どう・・・して・・・どうしてですか!先輩!」
「さっきはうなずいたけどさ、どうやって一緒にいるつもりだよ。死ぬ気か?」
「そうです!先輩と一緒にいられるならっ!私はっ!私はっ・・・」
涙を流しながら、俺に手を伸ばす後輩の手を取ろうとしたが、またすり抜けた。
目の前にいるのに触れられないというのが、こんなにつらいことだとは思わなかった。
「お前が死んで、俺が喜ぶとでも思うのか?」
「いいえ!それでも!私には・・・先輩しかいないんです・・・」
後輩は震えている自分の体を抱きしめる。
「先輩が死んだ後、より強く、私は実感しました・・・先輩がどれだけ、私に笑顔をくれていたのか・・・家庭の環境で困っていた私をどれだけ励ましてくれていたのか・・・ピンチに陥った私をどれだけ助けてくれていたのか・・・そして、私が先輩のことをどれだけ好きだったのかを。」
「そんなことない。お前は自分で・・・」
「そんなことありますっ!私は・・・先輩、あなたを愛しています!」
「っ!」
その告白に、俺はピシッと硬直した。
そして、不謹慎かもしれないが、泣きながら叫ぶ後輩が世界一美しく見えた。
「あなたがいれば、私は笑顔でいられます!でもあなたがいないなら・・・私にとって、生きることそのものがつらい・・・」
後輩は落としたナイフを拾うと、再び首に突き付けた。
「これから、一緒にいましょう!先輩!」
「やめろっ!」
先程とは違って、震えることはなく、グイッと力を込めて、後輩は首にナイフを差し込む。
このまま行けば、後輩の首にナイフが刺さり、死ぬ。
そうなるはずだった。
「つっ!」
だが、突然、後輩はナイフを落とし、ナイフを持っていた方の手首を押さえた。
俺はどうにかナイフをどこかへ捨てようとしたが、結局触ることができない。
とりあえず、ナイフのことは諦めて、後輩のすぐそばへと移動した。
「これ・・・」
後輩は押さえていた手をどかすと、目を見開いた。
後輩が押さえていた部分には、俺がプレゼントしたブレスレットが巻き付けられていた。
よくよく考えれば、さっき、俺が後輩の手首をつかんだ時の位置もブレスレットが巻き付けてあった場所だった。
「それ・・・まだつけてくれていたんだな。」
そのブレスレットは俺が後輩に高校祝いに渡したブレスレットだ。
あの時からしたら高い物だったけど、今の後輩がつけるには少々貧相なものだろう。
だが、それでもつけてくれているということに、俺は喜びを感じていた。
「先輩・・・私は・・・どうすればいいんですか・・・」
後輩は再び涙を流しながら、そのブレスレットを撫でる。
「生きろ。幸せになってくれ。」
今の俺の願いはただ1つ、後輩に幸せな人生を歩んでほしい・・・それだけだ。
「でもっ!」
「俺が助けたことで、お前は幸せになれたんだ、と胸を張らしてくれ。俺は自分の愛した女性の命を幸せを守れたんだ、と誇りに思わせてくれ。」
「先輩・・・」
うつむいていた後輩が俺のことを見上げる。
「今、お前が死んだら、俺がお前を助けたのはどうなるんだよ。無駄死にじゃねぇか。」
「でも・・・私は・・・先輩がいない・・・と・・・」
「お前なら、大丈夫だって。安心しろよ。家族を除けば・・・いや、家族を含めても、お前と過ごした時間が一番長い俺が言うんだ。間違いない。」
俺は明るくふるまい、後輩に向かって笑いかける。
「幸せになってくれよ。そして、寿命で死んだ後、お前の話を聞かせてくれ。」
「それが先輩の・・・願いですか?」
「あぁ、それが俺の願いだ。他にお願いがあったら、お前が死んだ後にでも言うさ。どうせ、時間はたっぷりあるだろうよ。」
「そうですか・・・」
後輩はうつむいて、黙り込む。
しばらく俺はそのまま待っていると、後輩は立ち上がり、俺に視線を合わせた。
「先輩・・・待っていてください。私、幸せになって・・・先輩にい~っぱいお土産話を用意しますから!」
「あぁ、待ってるぞ。あ・・・できれば、男と付き合った話はカットで頼むぞ。血の涙を流しかねないからな。」
「大丈夫です!私の彼氏は・・・夫は・・・先輩、あなただけですから!」
「まぁ・・・それはそれでどうかと思うがな・・・っと、これは時間切れって奴か?」
スゥッと俺の体が徐々に透けていくのが分かる。
どこか体が別の場所に引っ張られるような感覚がしていた。
「先輩・・・最後に1ついいですか?」
「あぁ。」
「抱きしめて・・・名前を・・・名前を呼んでください、先輩。」
パッと手を広げ、抱きしめられる態勢になる後輩。
少し恥ずかしいと思いながらも、後輩を抱きしめた。
「愛してるぞ、■■。」
「はい・・・はい!愛してます!先輩・・・いえ、●●●さん!」
抱きしめていた俺の腕がふっと消える。
俺は少しだけ後輩から離れて見えた光景を一生忘れないだろう。
後輩の・・・世界一綺麗な笑顔を。
「先輩・・・また会いましょう!」
「あぁ、またいつか。」
「はい!またいつか!」
後輩の別れの挨拶と同時に俺の体は完全に透けて、その後、俺は現世から消えた。
消える時は、俺は満足していた。
俺の人生は『うまくいった』のだと。
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