第11話 月世ちゃんのお父さんが登場

 目の前にそびえ立つ、アーチ状の門。校門より何倍も高い。全面黄色に塗られているのは『月ノ国』だからかな。

 月世ちゃんが門の中央に手をあてる。門は音を立てることなく静かに開いた。

「扉も魔法で開けるの?」

「人間からしたら、何でも手や足を使うのが当たり前でしょうけどね。逆に、魔法使いからしたら、何でも魔法を使うのが当たり前。あなた達とは常識や価値観が違うのよ」

「そっか~。人間と魔法使いじゃ、常識とか価値観が違うのは当たり前だよね。『できること』が違うんだもん。でも、月世ちゃんが教えてくれたから、人間の私も魔法使いの常識や価値観を知ることができたよ。理解するには『知る』ことから始めないとね」

 魔法を使えるか使えないかで、常識や価値観が大きく変わるのは当然だよね。これでまた、月世ちゃんを知ることができた。

 魔法で開いたアーチ状の門。そこを通れば、ドールハウスのような、可愛らしい景色が広がっていた。幼稚園児だった頃、お人形遊びに使っていた小さなお家。

 崖上や門の外では砂利だった地面が、一歩国の中に入れば、真っ黒なレンガへと早変わり。テレビで観た、ヨーロッパの街並みにあるオシャレなレンガ。あれに似てる。所狭しと並んだ星形の建物。それが、縦に二つ、三つ積まれている。二階、三階建ての建物ってことかな。建物と建物の間には、黒い街灯が置かれている。街灯にともる薄い光は、雲の隙間から差し込む月の光みたい。

 月世ちゃんは真っ直ぐ奥を指差す。

「街の中央には、雑貨や家具、食料品や服屋がある。そこは、〈表の世界〉と同じ」

「魔法使いのお店。行ってみたい! 行ってみたいよ、月世ちゃん」

「案内するから騒がないで」

 やれやれと肩を竦める月世ちゃん。その顔にはもう慣れた、と書いてある。

 並んで街中を歩いていく。星に囲まれた道を歩くって新鮮だなぁ。不審な人物に間違えられそうなくらい、辺りを見回して街並みを確認する。お城の近くまで来ると、周辺の星型には様々な看板が掛けられていた。

「これが、〈裏の世界〉のお店屋さん」

 順番に看板を見ていく。服屋に食べ物、雑貨や家具、などなど。看板の絵を見れば、どんなお店か予想がつく。

「月世? 月世じゃないか。ここで何をしてるんだ」

 後ろから声をかけられたせいで、飛び上がりそうなほど驚いた。このおじさん誰!?

「お父様、ただ今帰りました。今日はこの子を案内するため、街を歩いております」

「お、お父様!?」

 うわぁ、「このおじさん」とか思っちゃったよ。まさか、月世ちゃんのお父さんだったとは。そう思ってみると、似てる気がする。髪や瞳の色は違うけど、目の形とか雰囲気とかが似てるのかな。

「あの、初めまして。月世ちゃんのお友達の白時陽菜って言います」

「ああ、君が。お~い、聞いたか。月世の友達だってさ」

 最初の印象が大事と思ってすかさず挨拶。月世ちゃんのお父さんは、「友達」という言葉に感動してハンカチを出していた。

 お城から出てきた二人の人物が、風の速さで私達の元まで走ってくる。・・・・・・のは良いのだが、顔を見比べて混乱した。

「人間? 人間だぁ。月世様のお友達は人間だぁ」

「月世様にお友達ができたぁ。人間の子だぁ」

「え、え、え???」

 顔が同じ。全く同じなのだ。どっちが喋ってるのかも分からない。

「ルナ、ナル、やめなさい。困っているでしょう」

「月世様が人間を気遣ってる」

「月世様が友達を気遣ってる」

 無表情のまま、二人してばんざいと両手を上げる。私よりも小さい。小学二年生くらいの身長に見える。お人形さんみたいで可愛い。

「双子なの。短い髪の男の子がルナ。長い髪の女の子がナル。『月ノ城』で補佐官の仕事をしているわ」

「子どもなのにお城で働いてるの!? 凄いね」

 私が笑顔を向けると、二人は子どもみたいに頬を膨らませる。そんな様子も息ピッタリで、鏡映しのよう。

「子どもじゃない。お前より年上だ」

「子どもじゃない。立派に仕事をこなしてる」

「ご、ごめんなさい」

 両方向から責められて、肩身が狭くなる。後ろに立っていた月世ちゃんのお父さんは、二人の頭にポンッと手を置く。

「こらこら。陽菜さんをからかうのはやめなさい。すみませんね。二人ともからかってるだけで、怒っていませんから」

「そ、そうなんですか。ルナくん、ナルちゃん、ごめんね」

 二人の顔の高さに合わせてしゃがみ込む。そっくり同じ顔をしているから、どっちがどっちか分からなくなりそう。髪の短い男の子がルナくんで、髪の長い女の子がナルちゃん。よし、ちゃんと覚えた!

 ルナくんとナルちゃんは顔を見合わせて、くすくすと笑い出した。

「夜彦様の言う通り、からかっただけ」

「夜彦様の言う通り、怒ってない」

「夜彦様? 月世ちゃんのお父さんのことかな」

 立ち上がって月世ちゃんのお父さんを見る。日常で聞きなれない「様」呼びで気づいた。月世ちゃんは『月ノ国』のお姫様で、お母さんは女王様。それなら、お父さんも偉い人に決まってる。

 月世ちゃんのお父さんは申し訳なさそうに眉を下げる。

「自己紹介がまだでしたね。月世の父で、『月ノ国』の大臣をしております。黒夢夜彦です。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

 王様じゃなくて、大臣なんだ。女王様と結婚してるから、てっきり王様かと思ってた。確かトワ様は、「どの国にも、女王様か王様がいて」って言ってたよね。「女王様と王様」ではなく、「女王さまか王様」ってことは、どっちか一人しかいないってことなのかな。

 挨拶が一段落したところで、月世ちゃんは自分のお父さんに声をかける。

「お父様達はこれからどうなさるのですか」

「女王様に頼まれておつかいをしに行くんだよ」

「え? メイドさんとか執事さんとかじゃなくて、月世ちゃんのお父さんがおつかいに行くんですか」

 意外。お城の高貴な人って、メイドさんとか執事さんに何でもしてもらうイメージだった。本で読むお城の事情と現実のお城の事情って違うのかなぁ。大臣って言ってたし、高貴な人にもお仕事があるんだろうなぁ。

 私の質問がよくなかったのか、月世ちゃんが居心地の悪そうな顔で横を向いた。

「私が〈表の世界〉で修業しているからよ」

「それは違うぞ。『月ノ国』を継ぐためには必要なことだ。お母さんも同じような経験をしいてるんだよ」

「でも・・・・・・」

 二人の空気が重くなる。これ、聞いちゃいけないことだったのかな!?

 髪の毛がぐちゃぐちゃになるのも構わずに、何度も頭を下げる。私のせいで月世ちゃんにあんな顔させるなんて、友達失格だよ。

「ご、ごめんね。聞いちゃいけないことだって知らなくて。答えなくても大丈夫だから! 私、口や体が先に動いちゃうことがあって、これもそのせいっていうかなんというか。とにかく悪い癖で・・・・・・えっとえっと、その、う、う~ん。どうやって謝れば良いのかな!?」

 一人で騒ぎながら必死に頭を悩ませる。最近は毎日のように国語の勉強しておくんだったって後悔してる。どうして私って、こんなに落ち着きがないんだろう。

「はっはっは。聞いていた通り、陽菜さんはおもしろい人ですね」

「聞いてた通り!? おもしろい人?」

 頭を抱えて悩んでただけなのに、おもしろい人扱いされた。しかも、聞いてた通りってどういうこと? そもそも誰に?? いや、そんなの決まってる。

「月世ちゃん! 私のこと、おもしろい人って話してるの!?」

「間違ってないでしょう」

 ふふっと笑う月世ちゃんは楽しそう。でも、ここは引けない。だって、月世ちゃんのお父さんには良い子だって思われたいもん。

「もっと他にも言うことあるよね? クラスの友達ですっごく良い子なんだよ~とか」

「良い子は深夜の学校に忍び込んだりしない」

「うっ。ま、真面目で頑張り屋子なんだよ~とか」

「真面目な子は起立せずにボーっとして注意されたりしない」

 撃沈。これ以上、自分の良いところが思いつかないよ。テストで毎回良い点数が取れるわけでもないし、運動神経が良くて体育で活躍できるわけでもないし。

 一方的に負かされた私がかわいそうに見えたのか、月世ちゃんのお父さんが間に入ってくれる。それも、予想外の言葉で。

「またそんなことを言って。あれだけ陽菜さんのことを褒めていたではないか」

「月世様、お前のこと褒めてた」

「月世様、お前のこと気に入ってる」

 月世ちゃんのお父さんに続いて、ルナくんとナルちゃんも間に入ってくる。二人に関しては、私のためというより明らかに面白がってる様子。

「お、お父様、余計なことを仰らないでください。ルナ、ナル、あなた達は黙りなさい」

「私のこと褒めてたっていうのは・・・・・・ひっ」

 過去最大級の鋭さで睨まれた。美人だから、睨んだ時の怖さが大きすぎる。

「とにかく、お父様がわざわざ買い物に出る必要があるのは私のせいなの」

「それは違うぞ。何度も言っているだろう。仕方のないことだって。その分〈表の世界〉で勉強してくれれば良い」

「・・・・・・はい」

 肩を落として落ち込む月世ちゃんは辛そう。どうしてそんなに辛そうなんだろう。これって、聞かない方がいいのかな。

 聞きづらいことを察してくれて、月世ちゃんのお父さんは説明してくれる。

「『月ノ国』をよりよくするためのお仕事はいろいろあります。しかし、それを全て手作業でやっていては終わらない仕事もでてきます。そこで、お城での仕事を効率よく進めるために道具を使います」

「それも魔法の道具なんですか」

 こっちの世界では、何でも魔法を使うのが当たり前らしい。扉を開けるのだって魔法を使ってた。楽に仕事を進めるための道具となれば、魔力が込められてるはず。

「その通りです。受け取るお店がお城のすぐ近くにありましてね。その道具は国の政治を行うための物なので、女王様しか使いません。そして、とても大切な道具です。だから、黒夢家の人間しか受け取りに行けないのです」

「女王様はお城でのお仕事がたくさんある。お父様だって、女王様の手伝いや全体を管理する仕事で忙しい。だから、清華小に通うまでは私が道具の受け取りをしていたの。今は『試練』に集中するため、女王様とお父様が私の手伝っていた仕事もしている。他にお城で働いている人だって、私のために動いてくれている。ルナとナルだって」

 ルナくんとナルちゃんが無表情ながらも嬉しそうに月世ちゃんの周りを飛び跳ねている。きっと、感謝の気持ちは皆に伝わってる。

 もしかして、月世ちゃんが『試練』のクリアを焦っていたのって、このため? 早く『試練』をクリアして、お父さんとお母さんの仕事を手伝いたいから。『試練』が全員受けるものなら、月世ちゃんのせいでも何でもないのに。

「月世ちゃんは偉いなぁ」

「は、はぁ??」

「『試練』をクリアしたいのは『月ノ国』やお父さん、女王様を思ってのことでしょ。いっぱいお手伝いもしてるし。私なんて、休日とか寝っ転がりながらゲームしてるだけだよ。家の手伝いなんて、ぜ~んぜんっ、してない! 月世ちゃんのこと、本当の本当に尊敬する。それに、女王様や大臣だとしても、お母さんとお父さんなんでしょ。月世ちゃんは私と同い年なんだから、私と同じように頼っちゃえば良いのに~」

 月世ちゃんの方を向いてにこっと笑う。

 同い年なのに、月世ちゃんはこんなにも頑張ってる。家の手伝いをして、育った環境と別の場所で勉強をして、更には国のことも考えてる。ただ学校に行って、言われるままに宿題をして、手伝いもせずに遊んでばかりの私とは大違い。

 明日からは、学校が終わったら家のお手伝いをちゃんとしよう。宿題だって、ただ問題を解くだけじゃなくて、覚えるつもりで真剣にやろう。月世ちゃんは日々努力して、何でもできるようにしている。得意なことがないって落ち込むんじゃなくて、努力するところから始めなきゃね。

「あなたの休日を基準に私のことを褒められても。寝ているだけの人から見れば、私が偉く見えるのは当たり前」

「それは言わないでよ~」

 決まったと思ったのに、月世ちゃんの一言で台無しだよ。偉そうなことを言った自分が恥ずかしくなる。

 月世ちゃんのお父さんは嬉しそうに私達を眺めていた。

「陽菜さんの言う通りだよ。この国を背負っていくといっても、月世はまだまだ子どもなんだ。いや、何歳になってもわしと女王様のこどもだ。何でも頼りなさい」

「月世様のこと大好き。ルナ、お手伝い頑張る」

「月世様のこと大好き。ナル、お手伝い頑張る」

 月世ちゃんのお父さんに続いて、ルナくんとナルちゃんが宣言する。月世ちゃんはその場に立ち尽くしてじっとしている。何か言いたげな瞳は目の前の三人を映していた。

「嬉しいなら、素直に『ありがとう』って言えばいいのに~」

 私は月世ちゃんを肘でつつきながら茶化す。「うるさいな」って呟きながらも、その顔を見れば喜んでるのは明らかだった。

「お父様、ルナ、ナル、ありがとう。私、〈表の世界〉での勉強を頑張って、この国をもっともっと良い場所にしていくわ。それと、一応あなたにも。ありがとう」

「月世ちゃんっっっ!!」

 嬉しさのあまり、泣きそうになりながら月世ちゃんに抱きつく。飛びついたといった方が正しいかもしれない。文句を言いながらも受け止めてくれる月世ちゃんは温かい。

 不思議。言葉って魔法みたい。月世ちゃんに「ありがとう」って言われたことが、箒で空を飛べたことよりも嬉しい。

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