第1話 清華小学校四年生は今日も賑やか

「だから、お化けもUFOもUMAもいるんだって」

 給食後の昼休み。この私、白時陽菜の演説を聴くため、周りにクラスメートが集まっていた。四年生の教室は今日も賑やか。ここはすっごい田舎だから、どの学年も一クラスしかないのが残念。

 右隣に座る男の子、植木草太郎こと草くんは、横から茶々を入れてくる。

「ま~たそんなこと言ってんのかよ。お化けとかUFOとか、いるわけねぇって」

 草くんの後に続いて、強田くんと小山内くんも野次を飛ばす。

 強田武くんは学年で一番背が高く、大会で優勝するほど空手が強いんだって。小山内長介くんは学年で一番背が低く、いつも強田くんの後ろに隠れてる。

「植木の言う通りだぞ。俺、姉ちゃんに聞いたことあるぜ。そういうのって、『非科学的』って言うんだろ~」

「さっすが武くん! 頭いい~。白時もその非科学的ってやつを信じない方がいいよ~」

 強田くんと小山内くんの大きな笑い声が聞こえる。明らかに私の話をバカにしてる。ひどい! だってさ、自分が信じられなくても人の好きなものを否定することないじゃん。

「いるったらいるんだからね。そもそも、話の邪魔をしないでよ」

「話の邪魔をしたんじゃなくて、変なこと言わないように教えてやったんだよ」

「変なこと言ってないし」

「言ってるだろ」

 いっつも否定してくる草くんに対して、怒らずにはいられない。私達がケンカムードになり始めたことで、強田くんと小山内くんは黙っちゃった。

 右後ろに座っている女の子、栗林友子こと友ちゃんが、席から立ち上がる。

「はいはい。二人ともストップ」

 私と草くんが睨み合ってる間に入り、友ちゃんは両手を広げる。そのお陰でケンカの勢いが止まった。

 私、草くん、友ちゃんは家が近いこともあって、一緒に遊ぶことが多い。そのせいか、私と草くんがケンカをして友ちゃんが止める、という流れがいつの間にか定着していた。

 板挟みにされたままでも、友ちゃんは言葉の勢いを落とさない。

「今日のケンカは草太郎が悪い。陽菜がオカルト趣味なの知ってるでしょ」

「だって・・・・・・」

「だってじゃない!」

 友ちゃんは三人の中で一番のしっかりものだ。ケンカの仲裁だってお手の物。草くんを叱る姿はお母さんみたいでとっても頼りになる。

 せっかく友ちゃんが注意してくれたのに、草くんは全く反省してくれない。それどころか、とんでもないことを言い出した。

「そ、そうだ。証拠! お化けがいるっていう、証拠を見せろよ」

「え、ええっ!?」

 思わず大声を出しちゃった。だって、証拠を出せって言われるとは思わなかったんだもん。周りに集まってる人達も乗り気だし。証拠を持って来るのは私なのに・・・・・・。

 やるなんて一言も言ってないのに、草くんはどんどん話を進める。

「丁度いいじゃん。昔から清華小に伝わる『校舎裏の話』。あれの検証してこいよ」

「何言ってるの!? 陽菜に何かあったら責任取れないでしょ」

「はは~ん。さては、友子もお化けを信じてないなぁ」

「そ、それは」

 私のために怒ってくれた友ちゃんが、ここにきて言葉を詰まらせる。それもそのはず。友ちゃんは優しいから言わないだけで、お化けの存在を信じてない。気を遣わせちゃってることが申し訳なくなる。よし、決めた! 友ちゃんのためにも『校舎裏の話』の証拠をばっちり見つけちゃうんだから。

「分かった。私に任せて。明日には『校舎裏の話』の証拠を持ってくるから」

「危ないって、やめときなよ」

「ありがとう。でも、絶対に証拠を掴んでみせるから、待っててほしい」

 心配そうな顔で私を見つめる友ちゃんに、大きなグーサインを出す。やると決めたらやる女だもんね。それに、証拠を見せることで皆も信じてくれるかもしれない。

「一人で夜の学校に行くって危なくない?」

 会話を聞いていたクラス委員長、朝良実玖ちゃんが声をかけてくれた。実玖ちゃんはリーダーシップがあって、いつもクラスを引っ張ってくれる。

「私の家、学校から近いし大丈夫。心配してくれてありがとう」

「それなら良いんだけど、無理しないでね」

 大丈夫って伝えても心配してくれる実玖ちゃん。優しい。

 昼休憩終了のチャイムが鳴り響く。皆が席に着く中、一席だけ空いてることに気づいた。

 ガラッ

 教室の前、教壇の横にある扉が開く。入ってきたのは先生・・・・・・ではなく、学校一の美少女である黒夢月世ちゃん。

 黒夢さんは美しい。腰まで伸ばした紫色の髪は、サラサラでつやつや。釣り目で無表情なところはキツい印象を与えるけど、私にとってはそこも推しポイント。スラっとして背が高く、同じ四年生だとは思えない。はぁ、一度でいいから喋ってみたいなぁ。

 黒夢さんが席に着くまでの動きを追ってたら、お叱りの言葉が飛んできた。

「白時さん、起立だよ。ちゃんと挨拶しようね」

「え」

 周りを見渡してビックリ。黒夢さんをぼーっと見ていたら、担任の和久井先生が教壇に立っていた。しかも、実玖ちゃんの号令で授業前の挨拶も始まってたし。

 私の顔が真っ青になる。勢いよく立ち上がったせいで、後ろの席、暮杉優花ちゃんの机に椅子が当たる。優花ちゃんはとにかく優しい女の子で、お花が大好き。誰よりも早く登校しては、教室のお花に水やりをしてくれてる。あと、花言葉に凄く詳しい。

「わっ、ごめんね」

「ううん。大丈夫だよ」

 後ろを向いて慌てて謝る。天使の生まれ変わりなのか、にっこり笑顔ですぐに許してくれた。恥ずかしいことに、教室中から笑い声が聞こえる。チラッと黒夢さんを見ると、いつも通りの無表情で黒板を見つめていた。私の方を一度も振り返らない。ある意味良かったかも。黒夢さんに笑われたら生きていけない。

「は~い、静かに。そろそろ授業を始めるぞ~」

 和久井先生は手を叩いて注目を集める。いつもと同じように授業は始まったが、頭の中はそれどころではない。どうやって証拠を見つけるか、今の内に考えておかないと。お父さんのカメラを持っていって、写真を撮るのが一番良いかな。校舎に入る必要はないから、校門さえ乗り越えられれば問題なし。ここは田舎だから、誰かに会う心配もない。夜の学校に忍び込んでミッションをこなす私。かっこいい!

 ここは田舎も田舎の清華村。村にある清華小学校には、創立から百五十年経った今でも語り継がれる噂がある。百五十年経った今でも、と言ったけど、いつから語られてるのかは分からない。いつの間にか、清華小で広まってたらしい。それが、『校舎裏の話』。オカルト話が大好きな私のために、友ちゃんがわざわざ教えてくれた。

 話の内容は至ってシンプル。どこの小学校にもありそうな噂話。

「清華小学校の校舎裏にはお化けが出る」

 深夜の清華小学校校舎裏には、時々真っ白な光が浮かび上がる。光の中からは、お年寄り、おじいちゃんのような声が聞こえるらしい。そして、その声に導かれるように光の中へ入っていくと、異世界に行くことができる。

 緩みそうになる顔を引き締め、手元のノートに計画を書き綴る。・・・・・・な~んて上の空で話を聞いていたら、学芸会で木の役にされてた。いつ授業が終わって、いつから学芸会の役決めが始まっていたかも分からない。

「良い? 木の役も大切だよ。木の役だからって手を抜かない! 適当にやらない! 欠けていい役なんて一つもないんだからね」

 実玖ちゃんが私との距離を縮めて念を押す。熱のこもった口調で、身振り手振りを加えて意気込んでいる。あ、あれ、実玖ちゃんってこんな感じだっけ? もしかして、演劇とか好きなのかな。

 実玖ちゃんが熱くなったことで、盛り上がるクラスメートが二人。

「木の役、いいじゃないか! 俺はかぼちゃの馬車の役だ! 物体同士頑張ろう!」

「私は二番目の義理の姉よ! これから毎日シンデレラに意地悪するような口調で過ごそうかしら! 役作りは大切だよね!」

「う、うん。それは分かったんだけど、別に木の役に文句は言ってないからね!?」

 両方向からの強い圧。

 私と一緒に物体を演じるのは、育住光くん。体育の授業を生きがいにしてると言っても過言じゃないほどの運動が好き。クラスの熱血男子。っていうか、物体同士って・・・・・・。

 相運明ちゃんも同じく運動が大好き。球技全般を習ってるらしい。クラスの熱血女子で、いつも明るい。でも、普段の生活から意地悪な口調で話すのはやめて欲しいかな。

「次はこの演劇の主役、シンデレラを決めるわよ。もちろん、演劇をする上ではどんな役でも大切。でも、シンデレラは特に大切。美しく優雅でありながら、灰被りの名のように、貧しい姿も演じなければいけない」

 実玖ちゃんは自作の企画書を丸め、それを持って天井に突き挙げる。

 四年生は学芸会でシンデレラの劇をやる。年に一回の行事も今年で四回目。因みに、先生が主体となって二人の委員長と一緒にまとめる、というのが恒例。しかし、実玖ちゃんの血が騒いだらしく、和久井先生ともう一人の委員長、静口真人くんを置いてきぼりにしてまとめている。

 静口くんは静かで大人しく、真面目だから男子の委員長に任命された。実玖ちゃんが一人でまとめられるならこのままでもいい、という感じで黒板の前に立っている。

 実玖ちゃんは丸めた企画書で黒板をバンッと叩く。実際は紙で黒板を叩いてもそんな大きな音は出ないけど、それほどの勢いを感じた。うん、勢いというか、圧。

「さっ、シンデレラ役っ! 立候補でも推薦でも良いわよ。じゃんじゃん名乗り出て」

 シ~ン

 誰も立候補しないし、誰も推薦しない。いや、正確には言葉にしてないだけで、クラスの意見は一致しているようなものだった。当の本人、黒夢さんはクラス中の視線に気づく。

「え、何」

「黒夢さん。あなたにシンデレラ役をやって欲しいの!」

「嫌」

 私に言った時と同じテンションで話しかけ、見事に断られている。いつもクールで静かな黒夢さんが、過去一最速意志強めで返事をしたんだから、相当嫌なんだろうなぁ。でも、黒夢さんの演じるシンデレラが見てみたい。

 実玖ちゃんの圧というか説得の甲斐あって、黒夢さんがシンデレラ役を引き受けてくれた。これは、後ろからじっくり見られる木の役になって良かったかもしれない。

「一回の話し合いで役割が決まって良かったわ。もっと時間がかかるかと思ってた。早速、明日の授業後からシンデレラの練習を始めましょ」

「え、もう!?」

 友ちゃんが目を丸くする。クラスの中がざわつき始めた。学芸会までは時間があるし、そこまで慌てる必要はない気がするけどなぁ。

「言いたことは分かる。でも、早めに役割が決まったから、その分の時間を練習に回したいの」

「実玖ちゃんが練習したくても、他の人はどうかな。予定がある人もいると思う」

 どうしよう。友ちゃんと実玖ちゃんの雰囲気が悪くなってきた。他の子も不安そうにしてる。和久井先生は、間に入るか入らないかで迷ってる様子。大きなケンカを始めたっていうよりかは、ちょっとした意見のぶつけ合いっぽいし。

 私が心配しても仕方ないのに。でも、仲良しな友ちゃんと頑張ってくれてる実玖ちゃんがケンカをするのは嫌だな。

「今日から本練習期間に入るまでは、やりたい人、時間がある人だけ参加するっていうのはどうかな」

 そう考えてたはずなのに、勝手に口が動いていた。しまった! 授業後に演劇の練習をする・しないはクラスの問題。でも、今は友ちゃんと実玖ちゃんの問題だったと思う。

 空気読まずに間に入っちゃった。何を言われるのかと焦り、ぎゅっと目を閉じる。

「良いじゃん、それ」

「そうね。そっちの方が自由に参加できて良いかも。ありがとう」

 友ちゃんと実玖ちゃんに声をかけられ、片方ずつまぶたを開ける。良かったっぽい?

「友子もありがとう。一人で突っ走っちゃったみたい」

「ううん。あたしもごめん。言い方きつかったかも」

 二人は顔を見合わせて小さく笑い合う。一件落着かな。クラスの温かい雰囲気は戻ってきたし、和久井先生もほっとしたみたい。

「ごめんね、自分のことだけ考えてた。でも、シンデレラを良いものにしたいって気持ちは本当なの。だから、授業後の練習は明日から始めたい。そこで、陽菜の提案通り、学校で練習の授業が始まるまでは、任意参加にしようと思う。どうかな」

 クラス一同から拍手。賛成みたい。これで一安心。安心したら、肩の力が抜けてきちゃった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る