第3話 昨日別れた君に逢いに行く


 僕は昨日、彼女と別れた。


 今、この部屋には僕一人だ。

 彼女の荷物はまだ残っている。

 面倒臭いので、僕が片付けることはない。


 時計を見ると、十時を過ぎていた。


 戸締まりをして部屋を出る。

 最近、通っている場所があって、そこへ行くためだ。


 電車に乗ると、キャハハハと大きな声で笑う男女数人がいた。

 冷たい目で一瞥すると、彼女のことを考えて何だか納得できない気持ちになって溜め息をつく。


 数十分して目的地に着いた。


 大きな場所で、駐車場に無数の車が停まっている。

 駐車場を歩いている人の中には、明るい表情の人や暗い表情の人がいた。

 今の僕はどっちの顔をしているだろうか?


 自動ドアが開き中に入ると、独特な臭いが鼻先に漂ってきた。

 僕はこの臭いが好きになれない。


 エレベーターに乗って上へ昇る。

 九階に止まって受付をした後、一番奥の部屋に向かった。

 どこの部屋も静かで僕の足音が響いている。

 コツ、コツ、コツ、そして、止まった。


 ドアをコンコンとノックしたけど、僕は返事を待たずに入室した。


 僕は一言。


「今日も来たよ」


 と笑顔で言うと、


 彼女は「は!?」と声を出して驚いた。


 そして、直ぐに部屋の外まで聞こえるような怒号を僕にぶつける。


「どうして来たの! あなたとは昨日別れたでしょ!!」

「ん? ああ、そうだね」

「そうだねって、何にもない風に言わないで。私…… あなたと会いたくないの!」


 彼女は涙声になりながら言った。


 僕は彼女が僕に会いたくない理由を知っている。

 つい先日、余命を宣告され、彼女はこれからずっと病院で過ごすことになるからだ。


 彼女は百万人に一人という難病におかされている。

 治療法は対処療法のみ。

 この病が進行すると、体の色んな部位に症状が出る。

 最近は、脚の筋力が急激に弱まって、少し歩くだけでも肉離れをしてしまう。

 最終的には、脳が萎縮し、体の免疫細胞が死滅してしまう。

 ―― 僕は見ているだけで何もできない。


 流石、国指定の難病だ。

 付き合った当初は軽い症状が出る度に笑っていたっけ。

 お互いに現実逃避をしていただけなのかもしれない。

 でも、病気が進行して酷くなると、そんな冗談も言えなくなってしまった。

 僕たちは浅はかだった。


 僕は自然な動作でベッドの隅に座る。


「脚の調子はどう?」

「どうって最悪に決まってる。だから、ベッドにいるのに」

「それもそっか。でも、今日は顔色が良いね」

「そうかな? 確かに今日は調子が…… って、違う!」


 僕はとぼけた顔で言う。


「何が?」

「私たち昨日別れたんだよ。どうして来たの? 私といても意味ないよ」


 と言って、君はグスグスと泣き始めた。


 その泣く姿を見て、僕は微笑む。

 気は強いくせに昔から何かあると直ぐに泣く。何も変わらないじゃないか。

 いつも自分勝手で泣き虫な面倒臭い女。


 どうして、こんな君を好きになったんだろう?


 ああ、違うか。

 こんな面倒臭い君だから、僕は好きになったんだ。


 僕は君の手を優しく握った。


「僕は意味があるよ。好きな人に逢えてる」

「私も…… あなたのことが好き。でも、私は……」


 君はこの先のことを考えているんだろう。

 でも、そんなこと僕には関係ない。


「君が何度僕と別れても、僕は君に逢いに行くよ」

「どうして?」


 スボンのポケットの中で小さな箱を掴みながら、僕は笑顔で言う。


「君のことをお嫁さんにしたいからじゃないかな?」









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