第2話
夏休みも後半。
今までよりも声の調子に感情が乗るようになってきたし、演劇部員としての自分が日々少しずつ成長しているのを、自分自身が一番強く感じていた。
しかし、それはあくまで演劇部員としての自分であって。
凪本人としては成長している実感があまりなかった。詰まる所、夏休みの部活でも
最初の内はいつものようにチャンスを伺っていたのだが、途中美織が夏風邪を引いたこともあって、そもそも彼女と会える機会自体がなってしまった。見舞い、という風邪イベントもあったが、凪は早々に戦線から離脱したのは言うまでもない。
(先輩と話せない運命にでもなってるのかな……)
最近ではそんなことまで考え始める始末。
しかしそんな日々が続いていた中、凪にビッグチャンスが到来した。
こっそり灯里に尋ねると、噂通り彼女はそういったことにてんで興味がないらしく去年も参加したということだった。
これはまたとないチャンス。
そもそも美織先輩の浴衣姿が見られる、というだけで眼福なのに一緒に金魚すくいをしたり、綿菓子を食べたりする中で先輩と話すことができるかもしれないのだ。
そうして前日からワクワクが抑えられずに迎えた当日。
凪は自分はバカであったと認めた。
だって4カ月間も話せていないのに、花火大会だからって何か変わる訳ないんだから。
「美織っち、金魚すくいやろ~」
グイッと彼女の浴衣の袖を掴む一人の少女。
その隣では、別の女子がクイクイっとさりげなく袖を引っ張って美織を射的に誘おうとしている。
そして、それを遠目に見つめる凪。
相変わらず、出遅れてしまっている。
「どう、凪は楽しんでる?」
「ま、まぁ……」
ペロペロとりんご飴を舐めつつ、両側から引っ張られる人気者の先輩を眺める。
平静を装っているものの、内心では「なんで浮かれてたんだよ、私⁉ 浴衣姿の先輩なんて絶対取り合いになって、いつも以上に話すチャンスなんてある訳ないじゃん⁉」と絶賛悶絶中である。
そんな心の隙間を埋めるように、りんご飴は今舐めているもので3本目。
小さな口でカリカリとりんごを噛み、着実に4個目を目指して進行中である。
「美織と話せた?」
人気過ぎる幼馴染を楽し気に眺めつつ、灯里が訊ねる。
一か月前から何も進展していない。
その事実を、りんご飴を齧りながら彼女に伝える。
「そっか~」
難しいねー、と部長は凪の隣でたこ焼きを頬張った。
「やっふぁりさ、いっほふみふぁしてみるのふぁ――」
「あの、すみません。 食べてもらってからで……」
アツアツのたこ焼きをハフハフしながらしゃべるので、何を言っているのか全然聞き取れない。後輩からの指摘に、部長はやけどをしないようにたこ焼きをしっかりと味わってから、先ほど言おうとしていたことをもう一度言った。
「やっぱりさ、一歩踏み出してみるのが大事だと思うんだよね」
「……それが難しいんですよね」
出来ていれば、とっくに話しかけている。
はぁ……とあからさまに肩を落として落ち込む凪の頭を、部長がポンポンと叩いた。
「前言ったでしょ? 困ったときは相談してって」
「部長……」
ねっ、とウインクする部長のポニーテールが屋台の光に照らされる。
凪はしばらく考えた後、部長にお願いすることにした。
「あ、あの……直接的に、ではなくて、ちょっとこう……援護射撃?的なものをしてもらえると嬉しいなぁ~なんて――ってすみませんっ、変な頼みで……」
灯里は優し気に首を振る。
「ううん、頼ってもらえると私も嬉しいよ」
そして、そうだな~……と顎に人指し指をあてて何かを思案し始める。
「……うーんと、凪が欲しいのは私からの援護射撃、だよね?」
「え、えっと……そうなんですけど」
「アドバイス的なものでも大丈夫? 美織と話すときの心構え、とか」
「は、はいっ、そういう感じの!」
「じゃあ……早速一つ凪にアドバイス。 言いたいことは全部言う、これだね」
「言いたいことは全部言う、ですか?」
部長の言葉を反芻する。
あまりアドバイスになっているように思えず、凪は軽く首を傾げる。
そんな彼女に、灯里は分かりやすく説明した。
「そ。 話すチャンスが来ても緊張して何も言えなかったら、せっかくのチャンスが台無しになっちゃうでしょ? だからさ、言いたいことがあったら、思ったその時にいうのが大事だよ」
「そういうものですか」
「そんなもんだよ。 ――あと、話すチャンスは絶対に回ってくるから」
そう言って意味深に笑うと、部長は再びたこ焼きを頬張った。
美味しそうにハフハフしている。
「私もたこ焼き買おうかな……」
さすがに3個りんご飴を食べて口の中も甘々になってしまっている。
4個目を目指す手もあったが、ここらへんで味変するのもいいだろう。
凪は取り合いになっている憧れの先輩を横目に、たこ焼きを買いに出かけた。
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