水たまりの哀舞曲(タンゴ) その四
一九二〇年六月二三日 帝都丸の内 帝都劇場屋上
◇
夜明け前。
朝の早い一部の民間人がぽつぽつと通りに出始めるも、彼らは出たそばから屋内へと戻って行く。
ふたりの邪魔をさせない為、瑠璃家宮 派の魔術師達が催眠暗示を掛け
最後に選んだ
ふたりの
◇
コルトM1911を取り出し射撃を続ける宮森だったが、拳銃一丁では牽制にもならず〈イ婦人〉に反撃の機会を与えてしまった。
〈イ婦人〉が女王白蟻様胴体を
今迄〈イ婦人〉を支えていた触脚達は変容を開始し、一瞬で触手となった。
変容した触手は長い胴体の両側に沿って左腕、右腕、左腕……と、交互に並ぶ。
触手が出揃うと胴体がぶるぶると
杭は三日月形に湾曲しており、その両端を細い繊維が繋いでいる。
この形状を観れば一目瞭然だろう。
「私も貴方のように学習してみました。
その成果を御覧ください」
⦅弓矢だとっ⁉⦆
準備が完了しだい次々と射られる骨質の杭。
宮森は払い落とすのに精一杯で、冷や汗をかく暇も無かった。
しかし、幻魔の攻撃を無効化する
只、展開していた左後背部の
それに
おまけに、〈イ婦人〉の鉤爪攻撃で
それだけでは終わらない。
彼女は念には念を入れ、
だが宮森も負けてはいない。
対する〈イ婦人〉は保留していた触手を展開。
迫る
潰された
〈イ婦人〉に命中こそしなかったものの、
「銃器が使えなくともっ!」
元より、幻魔誅滅の権能を持つ斬撃は防御不能。
それに加え、体躯の大きい〈イ婦人〉は回避も不能。
〈イ婦人〉は
宮森も彼女の動きを観察し、触手や血管針が生える
霊力を消費し触手の急速再生を図る〈イ婦人〉だったが、生やした
それが可能なのも、〈イ婦人〉が触脚を触手弓に変容させていたからだ。
〈イ婦人〉としては、敏捷性を犠牲にして武装の充実を図った事が裏目に出た形。
宮森はそれに乗じ、〈イ婦人〉周囲を走り回り乍ら攻撃の
その最中も宮森は
一方で宮森の動きに付いて行けない〈イ婦人〉は、着物の
両者が互いの動きを注視する中、事態は動いた。
〈イ婦人〉の左側面から猛然と間合いを詰める宮森。
反応した〈イ婦人〉は、触手による
一条の
しかし、宮森は何故か走る事を止めない……。
疑問を感じた〈イ婦人〉は、女王白蟻様胴体を不気味に
⦅手応えが無い。
という事は……⦆
宮森は頭部を貫かれたままで走り続け、遂に〈イ婦人〉へと接触する。
接触していなかった。
〈イ婦人〉に迫るかに見えた
仕掛けた宮森 本体は、光学迷彩機能で
既に跳躍している。
⦅いま狙える最も効果的な攻撃可能箇所は……奴の真上!⦆
上空からの攻撃を読んでいた〈イ婦人〉。
彼女は前もって女王白蟻様胴体内に準備していた矢……
直上からの急襲を迎撃しに掛かる。
案の定、跳躍した
無惨にも串刺しになった宮森……
⦅これで奴は武装を出し尽くした……⦆
は二体目の虚像で、当の本人は正面から奇襲を掛ける。
⦅接近できさえすれば自分に
あと二、三回
「甘いですね」
〈イ婦人〉の
そう、宮森の奇襲は読まれていたのだ。
光学迷彩で景色とほぼ同化している宮森を、自慢の目玉探知器で正確に把握した〈イ婦人〉。
彼女は何を思ったのか、女形部分の両腕を宮森の
これでは蜘蛛糸を発射できず、宮森は
宮森の機動力と攻撃手札を大きく削ぐ事に成功した〈イ婦人〉。
彼女は目前の宮森を見詰め、してやったりと
「あんな単調な動きで私を出し抜こうなんて、見込み違いにも程があるのでは?」
〈イ婦人〉は両腕を
彼女自身は
「くそっ、このままでは動けない……。
しまった⁉」
〈イ婦人〉からの締め付けが強まった事で、宮森は剣を取り落としてしまう。
勝ちを確信した〈イ婦人〉は、着物の裾下に覗く巨大な
[註*
男女が密着に近い状態で正対する基本的な組み方。
〘クローズド・ポジション〙とも呼ばれる。
「シュアアアアァグルルウゥ……」
宮森の悪寒を余所に、〈イ婦人〉は獣口から熱い吐息を漏らした。
彼女に定着した〈イドラ〉とって、
獣口が
その凶暴な
「これは何?……ヰェルクェニッキ…………思考が乗っとられる……ヰェルクェニッキ……早く対処しないと。
取り返しの……つかない、ヰェルクェニッキ……事に」
〈ミ゠ゴ〉菌糸が急成長。
瞬く間に〈イ婦人〉を覆い尽くす。
〈ミ゠ゴ〉による精神侵食が効力を発揮したようで、宮森の四肢を縛り上げている妖髪と血管針の締め付けが緩んだ。
後は、
⦅良し!
これで逃げられ……ぐあああぁっ⁈⦆
叶わなかった。
宮森への締め付けは今まで以上に強まり、自力での解放は絶望的となる。
何故〈ミ゠ゴ〉による精神侵食が破られたのか、〈イ夫人〉を
⦅まさか、喰っているのか?
〈ミ゠ゴ〉の胞子を……細胞ごと!⦆
宮森の脳裏には、〈イ夫人〉の細胞一つ一つが〈ミ゠ゴ〉胞子を捕食する姿が映し出されていた。
〈イ夫人〉は細胞レベルで〈ミ゠ゴ〉を喰い散らかし、精神侵食から脱したのである。
「くそ……」
光学迷彩に〈ミ゠ゴ〉による精神侵食。
全ての策を封じられた宮森は万事休す。
「残念でしたね。
では、頂きます」
「シュアアアアァグルルウゥ……」と
その唸りが咆哮に変わらんとしたまさにその時……
◆
よそ見もせずに互いと向き合う。
前へ前へと水の輪をくぐる。
しなやかに手を取り合う。
目と眼で強く描き出す――。
◇
水たまりの哀舞曲(タンゴ) その四 了
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