炸裂、◯◯チ! その四

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





 伊藤が退場門付近へ向かうと、〈ブアク〉をほふった宮森と行き会う。


「あ、宮森さん!

 怪我ないっすか?」


「ふた口ほど装甲をかじられたけど、じきに修復すると思う。

 ふたりには心配をかけたね」


「俺たち大女を相手にしてんすけど、ちょっとお手上げ状態っす」


「そのようだね」


 状況を把握した宮森は澄の許へ急行し、中央広場前で彼女と合流を果たした。


 慌てた様子の澄が進言する。


「宮森さん、伊藤さん。

 ヤツの進路から離れて!」


『……ズン……ズン……』


〈ザイトル・クァエ〉の花粉霞をくぐり抜け地響きと共に姿を現したのは、歩く巨大鬼。

 但しその姿は、当初の物とは大違いだ。

 来場者を楽しませる精緻せいちな籠細工は、貪欲どんよくに膨張を求める醜怪しゅうかいな肉人形へと成り下がっていた。


 その威容に、覇気の抜けた感想を漏らす伊藤。


「はは……。

 あんなデカブツが立って……しかも歩いてやがるぜ……」


「ウララがたってる!」


〈巨大うらら〉の自立歩行に歓声を上げているのは、相変わらず見世物小屋の屋根上で観覧を続けている橋姫。

 車椅子の少女が歩行訓練の末に立ち上がった名場面シーンの如く、感激の眼差しで〈巨大うらら〉に拍手喝采はくしゅかっさいを浴びせている。


 一方の気狐は、〈巨大うらら〉の自立について蝉丸に問うた。


「なー蝉丸。

 どうーやって立ってんの、アレ?」


うららさんは巨大鬼の籠細工を取り込み、骨組みとしているのですよ。

 あれ程の大質量を支えるには木材や竹材では強度不足ですし、鋼材では柔軟性が無さ過ぎます。

 ですから、【猩々しょうじょう】に頼んですごいの作って貰いました」


「あー、工作専門の爺さんね。

 オレらの着てる軍服も猩々が作ったんだっけ?」


「耐熱装備の技術自体は西蔵仙境チベットせんきょうからもたらされたものですが、その技術を応用し製品として仕上げたのは猩々の腕ですね」


 どうやら外法衆は、工業知識に秀でている顔触かおぶれもようしているらしい。


〈巨大うらら〉の骨格について気狐と蝉丸が続けるかたわら、宮森もその秘密に辿り着く。


⦅あれ程の肉塊がどうやって直立できるのか不思議だったけど、秘密は籠細工の方だったか。

 なるほど、骨格を形成している格子こうし形状物質があの強度を生み出している……⦆


 いま宮森の脳内には、炭素原子が網目状に結び付いて筒状になった物質……所謂いわゆるカーボンナノチューブが映し出されていた。

 そのカーボンナノチューブで造られた籠細工が内骨格となり、〈巨大うらら〉の有り余る質量を支えていたのである。


「ウララがあるいてるよー!」


 進撃を始めた〈巨大うらら〉の雄姿に歓声を送り続ける橋姫。


 その隣では、気狐が蝉丸を質問攻めにしている。


「ヤツらの銃弾、あの大女に効かなかったよな。

 ありゃどーなってんだ蝉丸?」


うららさんが食べた〈ゴーツウッドのノーム〉の主成分は炭。

 彼女はその炭を体内に取り込んで、銃弾を防げるほど体細胞を強靭きょうじんにしたのです」


「でもよー、オレが炭食っても銃弾防げる身体にゃならねーよな。

 どーなってんの?」


「気狐には言ってませんでしたね。

 うららさんは、幻魔や〈ミ゠ゴ幻魔〉ではありません」


 うららは幻魔や〈ミ゠ゴ幻魔〉ではない。

 その答えに気狐は仰天ぎょうてんした。


「はあー⁈

 普通の人間じゃあんな巨大化できる訳……。

 いや……〈ダゴンとハイドラ権田 夫婦〉は巨大化できる。

 その理由は、〈ショゴス〉!」


「大当たり。

 そう、〈ショゴス〉との融合に成功した実験体がうららさんなんです。

 この前、帝都の地下競艇場に僕らが潜入したのは知ってますね。

 その際に〈深き者共〉の死骸を入手したんですよ。

〈深き者共〉の体細胞には、当然〈ショゴス〉が含まれています。

 翁の研究の一つに、〈ショゴス〉の単離たんりがあるのですが……」


「あー蝉丸、長くなりそうだから理屈はもういいぜ。

 要点だけ頼むわ」


「では要点だけ。

 うららさんは〈ショゴス〉との融合に成功はしましたが、〈ショゴス〉の能力全ては引き出せなかったのです。

 彼女は云うなれば、〈くずショゴス〉ですね。

ダゴンとハイドラ権田 夫婦〉を除いた殆どの〈深き者共〉が特定の姿形にしか変身できないように、〈ショゴス〉の能力すべてを解放できない事は別段珍しい事ではありません。

 で、彼女が解放できた能力はと云うと、身体の再生と……」


ジャンクショゴス〉との呼び名が出はしたが、気狐の求める要点にはまだ届いていないらしい。


「再生は知ってるっつーの。

 その他にも何かあんだよな?」


「はいはい。

 気狐にも解るように説明すると、炭を分解できるのです。

 それもかなり微細に。

 その微細な炭をんだ物質……猩々は炭素膜たんそまく(カーボンナノチューブ)と呼んでいました。

 実は、猩々が作った巨大籠細工も同じ物質です。

 しかし、それを工業的に作るには高温での加工が必須との事でした」


「へー。

 大女はその炭素膜とやらを高温加工なしで作れると」


「ええ。

 但し、炭素膜はそのままでは液体に溶けてくれません。

 液体に溶けて貰わないと柔軟な加工は出来ませんからね。

 もうひと工夫必要になります」


 科学的説明で頭がぱんぱんだろう気狐に、蝉丸が最後の追い込みを掛ける。


「その工夫とは……お茶です」


「お茶って……飲むお茶⁈」


「そう、そのお茶ですよ。

 お茶に含まれるある物質が、炭素膜を可溶化かようか……溶かす事が解ったのです。

 この発見で炭素膜の研究が進み、今回の巨大籠細工が製作されました。

 そのお蔭で、うららさんの巨大化が実現したわけですね」


「あんな大飯おおめしぐらいの大女でも役に立つもんだ。

 あ、もしかしてそのお茶って……」


 蝉丸が親指立てサムズアップで応える。


「カミトリー 播衛門 濃いめ!」


 表の歴史では、一九二九年に日本の女性研究者が茶カテキンの分離を成功させたとしている。

 又、緑茶によるカーボンナノチューブの可溶化実証は二〇〇〇年代を過ぎてからだ。


 詰まり一般公開される科学研究の成果は、九頭竜会を始めとする魔術結社の手垢てあかが付いたものが大半である――。





 炸裂、◯◯チ! その四 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る