炸裂、◯◯チ! その三

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





 伊藤と澄が中央広場へ辿り着くと、そこは酒池肉林のうたげと化していた。


「何であたしを食べるの⁉」


「美味しく食べてねええええェェ……」


「い、いただきマンモ……ズッ!」


 ウィッカーマン内部の囚人達には、成人男性の腕ほどの太さを有する触手が巻き付いていた。

 その触手の先は囚人達の肉体と癒着し、うねうねと狂おしく脈打っている。


 伊藤と澄が触手の源泉を辿ると、巨大鬼胸部に収まっている大女へと行き着いた。

 うららである。


 うららは着物を脱ぎ捨て全裸になっており、肥え太った肢体を堂々とさらしていた。


 そのワガママボディーを拝見した伊藤が一言。


「うへー。

 ボン・キュッ・ボン!

 じゃなくてボン・ボン・ボン‼

 じゃねーか……」


 伊藤の呟きを賛辞とみなしたのか、うららの伸ばす触手は益々力強く脈打つ。

 ちゅーちゅーと触手が波打つ度に囚人達が痩せ細るので、溶解した肉体組織が彼女へと運ばれているのが判った。


「……っぷは~。

 やっぱり人間はおいしいね~。

 ごくらくごくらく~」


「ちっ、まるで祝いの席みてーに人食いを楽しみやがって……」


 嬉々とした表情で囚人達をすすうららに、伊藤は強い嫌悪感を示した。

 人生の大半を飢えで占領されて来た彼にとって、許されざる蛮行ばんこうに思えたのかも知れない。


 一方、澄はうららに対し毛色の違う違和感を覚える。


⦅今までの幻魔が放っていた霊質とは明らかに違う。

 本当に幻魔なの?⦆


 ある意味幻魔に慣れ親しんだ澄でさえ、うららに対しては確信が持てないようだ。

 どうやら彼女の違和感にこそ、幻魔召喚の秘密を解き明かす鍵が含まれているらしい。


 筋肉や内臓を吸い尽くされ限界まで干からびると、囚人達は絶命を迎えた。

 それと同時に、見世物小屋近辺でたおれた〈ノフ゠ケー〉、〈ヴーアミ族〉、〈食屍鬼グール〉、象男、蛇女、鼠男らの遺骸が忽然こつぜんと姿を消す。


 この場に居る伊藤と澄にその様子は視えていないが、見世物小屋の屋根上に居座っている三人には丸見えだ。


 当然、橋姫の質問タイムが始まる。


「ねーセミマルー。

 やられたげんまたちはなんできえちゃったのー?」


「幻魔は人間のはくに取り憑く存在。

 取り憑いている人間が死ねば、おのずと消滅します」


「そっかー!

 じゃあ、げんまがきえたらほんたいはしんじゃってるってことなんだねー」


「死亡時だけ消滅する訳じゃないんですけど、おおむねその考え方でいいでしょう」


 一方の気狐は根本的な問題を考えている。


「なあ蝉丸、幻魔は幻夢界(二次元)からいっさい出れねーはずだ。

 それが何で物質界(三次元)に出てこれる?

 比星のジジイ(播衛門)や陰気野郎(痩男)はどんな術使ってやがるんだよ?」


「幻魔召喚は比星 家の秘伝ですからね。

 流石に教えては貰えませんよ。

 只、痩男はこうも言っていました。

『上位次元をも飲み込む幻夢界……。だから曲馬団一座の名は、なのだ』と……」





 蝉丸の講義はいち段落するも、宴の方はまだまだ盛況である。


 生贄の肉を粗方あらかた吸い尽くしたうらら

 今度は彼女の方から触手を通じて消化液を送り込み、遺骸内部に残っている骨を残らず融かす。

 最後は、しぼみ切った風船の如き人皮をその身に取り込んだ。


 ひとり、またひとりと囚人達が犠牲になって行く中、伊藤と澄も黙ってはいない。


 ウィンチェスターM1912で射撃を試みる伊藤。

 彼の得物は標準タイプなので、その場からでも充分標的に届く。


 一方の澄は、巨大鬼背部に据え付けられた階段からうららの巣食う胸部へと走った。

 彼女が装備するウィンチェスターM1912は射程の短いソードオフタイプ

 その射程を補う為なのか、あるいは……。


『ダン!』


 ウィンチェスターM1912用の散弾は魔術師用に調合された特別製。

 伊藤の放った爆裂弾で、うららの肉体前面はポン菓子の如く飛び散る。

 しかし彼女の肉体はずたずたになった直後から再生を始め、弾丸をも取り込み膨張を続けた。


「ちっ、流石にこっからじゃ仕留めきれねーか。

 澄さん、頼んます!」


 澄は巨大鬼背後の階段から胸部へとおどり出る……事が出来ない。

 何故ならうららの膨張が進んでしまい、胸部はおろか腹部や頸部にも彼女の肉が詰まっているからだ。


「やはりあの石を取り込んでいるようです!」


 澄の発言に有るあの石とは、〈ムンバの化木人〉との会話に登場した〈ゴーツウッドのノーム〉の事。

〈ゴーツウッドのノーム〉をうららが取り込んでいる所為で、撃破が困難になっているようだ。


 澄は当初ウィンチェスターM1912ソードオフタイプで爆裂弾を叩き込もうと思っていたようだが、伊藤の攻撃が失敗したのを受けコルトM1911での銃撃に切り替える。

 コルトM1911に装填されているのは、生物に対して絶大な効力を発揮する細胞融解弾だ。


「この弾丸に含まれる細胞融解素なら!」


 籠網かごあみで縛られた骨なし塩漬け肉ボンレスハム状態のうららへ全弾撃ち込む澄。

 彼女の霊力で活性化した細胞融解素がうららの肉体を食い尽くすかに思えたが、そうは問屋とんやおろさなかった。


 細胞融解素の効力で一旦は細胞破壊に成功するも、うららの体細胞は直ぐさま細胞融解素に対する耐性を備え復活してしまう。

 折角せっかくの細胞融解素も無力に成り果ててしまった。


「駄目みたいね……」


 伊藤と澄の攻撃をその身に受けている間にも、うららは生贄達を吸い続ける。

 彼女の体躯は巨大鬼の腹部分からもはみ出し始め、脚部や腕部、頭部にまで到達し始めた。

 更には各部に裂け目が出現し、そこから熱い蒸気を大量に噴き出す。


⦅あ、熱いっ⁈⦆


 生物は体積が大きくなる程に身体の表面積が小さくなり、体内で発生した熱が逃げにくくなるのだ。


 うららから噴き出す蒸気が澄に向け放たれる。


⦅このまま熱気を浴び続けると装甲がもたない……。

 ならば!⦆


 状況を理解した澄の行動は素早い。

 彼女は階段から飛び降り、伊藤の許へと戻った。

 但し、置き土産としてマークI手榴弾 改を残すのも忘れない。


『バゴーーーーーーーーーッン!』


 マークI手榴弾 改の爆発により、うららの驚くべき姿が明らかとなる。


 爆風で分厚い肉の鎧を剥がされうらら本体が露わになると思われたが、そこに覗いたのは人間ヒトをとうに辞めた存在。


 胴体には辛うじて人間ヒトの面影が残っているものの、うらら本人の手足や頭部形状は複数の触手へと姿を変えている。

 そして幾本かの触手は枝分かれし、それぞれが点滅しうごめいていた。

 まるで、生体信号を伝達する末梢まっしょう神経先端部のように。


 爆発の衝撃により丸裸になったうららを狙い、射撃を敢行する伊藤。


「うへー。

 グッチャグチャだなーオイ。

 んでもって、食らえ!」


『ダン!』

『バチイィーーン……』


 ウィンチェスターM1912標準タイプから飛び出した散弾の多くが命中したものの、うらら 中心部には損傷が見受けられなかった。

 触手は相変わらずうねり続けているので生体組織が硬化しているのではないし、魔術障壁マジックバリアが張られている訳でもない。


 今ではうらら 中心部の他も再生を続け、しまいには爆風の名残なごりを完全に消し去る。


 うららの肉体が完全修復した事で自身の射撃が無駄撃ちだったと判明し、伊藤は地団駄じだんだを踏んだ。


「くっそ!

 やっぱかてーなー。

 澄さん、どうします?」


「仕方ありません。

 伊藤さんは宮森さんの様子を確認して来て下さい」


「わっかりましたー」


 伊藤はきびすを返し、宮森との合流を図る。





 炸裂、◯◯チ! その三 了

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