炸裂、◯◯チ! その五

 一九二〇年六月二三日 帝都中久保町 夢幻座公演会場





 蝉丸 達の会話中にも、〈ザイトル・クァエ〉の花粉霞とその身から放出する蒸気を纏い歩みを進める〈巨大うらら〉。

 彼女はおもむろに頭を仰け反らせ、「カアァーーーッ……」と咽喉を鳴らし……


「ベエェェーーーッ!」


 何かを吐き出した。

 あからさまなたん吐き動作モーションを見切り難なく躱した宮森 達だったが、一部とばっちりを食った者がいたようである。


「あっつい上にきったね⁈

 あのデカブツオバン、こっちに痰ぶっかけて来やがって!」


 伊藤の杞憂きゆう余所よそに、〈巨大うらら〉は熱痰ねったんを吐き続けた。


 周囲の気温と湿度が急上昇する中、精査スキャンを続けていた宮森が結論を述べる。


「伊藤 君、澄さん。

 奴の頸椎けいついから六本の触手が伸びています。

 恐らくは触手が川に繋がっていて、そこから吸い出した水で体内を冷却しているのでしょう。

 そして冷却水が熱湯と呼べる程に温まったら、細胞の老廃物と共に吐き出しているようです」


「うへー、排熱と排泄行動がそのまま攻撃になってやがんのかよ!」


「ベエェェーーーッ!」


 宮森 達の会話など御構いなしに飛んで来る熱痰。

 彼らは仕方なく思念での会話に切り替える。


『ちっくしょー!

 お熱いのバンバン吐き出しやがって……。

 これじゃ手が付けられねーぜ』


『宮森さん、あの大女は排熱が不可欠な様子。

 なら、わたしの兵装が有効なのではありませんか?』


『後の闘いの為に取って置きたかったんですけどね。

 仕方ありません、澄さんの特殊兵装を使いましょう』


 冷却水と老廃物を熱痰として吐き出す〈巨大うらら〉の戦法は、聖杯から聖杯へと水を移し替える天使の如く無駄が無い。

 その姿勢はまさに【節制テンパランス】だ。


 熱痰攻撃を躱しつつ、澄と伊藤は〈巨大うらら〉中心部の破壊に失敗した時の情景イメージに加え、〈ムンバの化木人〉との会話内容も宮森へと送る。


 宮森は思案の後、ふたりに問うた。


『自分は手榴弾を使い切っているのですが、伊藤 君と澄さんはどうです?』


『俺は一発残ってますけど』


『わたしも残り一発ですね』


 状況を把握した宮森が伊藤に指示を出す。

 その際は思念で具体的な情景イメージを付加し、円滑な理解を促すのも忘れない。


『では伊藤 君。

 君は天幕の中に入り、人間大砲の砲台を持って来てくれ』


『人間大砲?

 ああ、曲馬に使う仕掛けっすね』


『ふじ さんの話だと天幕の中に在る筈だ。

 外法衆は手を出さないだろうけど、他の幻魔が居るかも知れない。

 くれぐれも気を付けて』


『わっかりましたー』


 伊藤が大天幕テントへ向かうのを見届けた宮森は澄にも指示を出す。


『澄さんは特殊兵装の準備を。

 自分が大女の足止めを試みます』


『はい』


 澄はスプリングフィールドM1903を宮森に返すと、どこかへと走り去った。


 ふたりの離脱と〈巨大うらら〉の精査スキャンを終えた宮森は、三じょうしゃく(約一〇メートル)以上も有る標的めがけ射撃開始。


『バスーーーーン!』


 素早い槓桿操作ボルトアクションで二射目。


『バスーーーーン!』


 弾丸は二つとも〈巨大うらら〉の両膝を正確に撃ち抜いていた。


「肉体組織は修復できても、籠細工の方はどうかな?」


 宮森の質問に対する回答は直ぐに出る。

〈巨大うらら〉は体勢を崩し、つんのめって前倒ぜんとうした。


『ドスーーーーーーーーン……』


 地響きと共に倒れた〈巨大うらら〉。

 いま彼女周囲の気温は摂氏一〇〇度を超えており、周囲には陽炎かげろうが立っている。


「だ……だでないイイイイイイィィ~」


〈巨大うらら〉は破壊された膝蓋骨しつがいこつに当たる部分をしきりに再生させようとしているが、中々に難しいようだ。


 先ず、カーボンナノチューブ製の内骨格はうらら自身が作った物ではない。

 また自身の肉体組織で補おうにも、宮森に撃ち込まれた細胞融解素の効果が上回りそれを許さないからだ。


 宮森がウィンチェスターM1912ではなくスプリングフィールドM1903を使ったのは、細胞融解素の効果で再生を阻害する為だったのである。


 立ち上がれない〈巨大うらら〉は、その身をよじ長座位ちょうざいの姿勢になった。

 只、前に投げ出した格好の両脚は曲がり背筋も立っていない。

 詰まり赤ちゃん座りである。


 巨大な赤ん坊に変化が有った。

 頸筋から伸びている給水触手群が一気に縮み始めたのである。


 給水触手群が〈巨大うらら〉内部に全て収納されると、彼女は両腕を使い身体の向きを変えた。

 今までは退場門方向を向いていたが、今度は大天幕テント正面右寄りにその巨体を向ける。


〈巨大うらら〉はその両手を地面にまで伸ばすと、赤ん坊よろしく前方にでんぐり返しをした。

 巨大赤ちゃんがでんぐり返しをする度、『ドズゥーーーーン……』と地響きが鳴り振動が地面を伝わる。





 炸裂、◯◯チ! その五 了

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